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王弟殿下と公爵令嬢

しばし休息の時

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 婚約発表の夜会の後、ナディアの家族達は数日間ザクセンに滞在した後帰国した。
 そしてナディアはと言えば、現在エラディオの邸で滞在している。
 実質もう結婚していると言ってもいい程に二人の仲は良く、そして日々楽しそうに過ごしていた。


「エディ、またお茶会のお誘いが来たわ」

「またかよ。ったく、懲りねえな」


 シルバーバーク公爵家からのお茶会のお誘いの手紙を手に、ナディアはエラディオの執務室に顔を出した。
 前日にはミナージュ伯爵家からも届いている。


「断れよ」

「勿論」


 この二家からだけでなく、ナディアはどの家からのお誘いも全て断っている。
 それを失礼だとか無作法だとか言う輩はいるが、それも全て無視だ。


「…それにしても、本当にいいの?」

「何が?」

「だって、エディったら王弟なのにザクセンから出るって言うから」

「いいじゃねぇか、別に」


 ニヤリと笑うエラディオにナディアも困ったように苦笑する。


「やるべき事を終わらせたら、ナディと二人で新天地だ」

「それは楽しそうだけど、陛下は本当にいいと言ってるの?」

「兄上は好きにすればいいと言ってるぜ。それに、ちゃんとザクセンと交易はするつもりだしな」

「利害が一致してるから何も言わないって事?」

「ま、そういうこった。ナディもドルフィーニに行った方が両親と会いやすいだろ?」

「それはそうだけど…私のせいかなと思ったら何だか悪いわ」

「ばーか、だろ」


 そう言ってナディアの頭をポンポンと優しく触る。

 エラディオはナディアとの結婚で、ザクセンを出るつもりだそうだ。
 そして、ジョバンニとの婚約破棄騒動の慰謝料でナディアがもらい受けた、元カサレス公爵家所有だったマルモンテル領で住む事にしたのだ。

 マルモンテル領は現在サルトレッティ公爵家の家令が領地経営を代行している。
 勿論名義はナディアなので、収入はナディアの懐だ。
 ナディア自身はレイナードの子供に譲り渡すつもりだったのだが、両親も弟も首を縦に振らず。
 その事を婚約式の後にザクセンの王宮で滞在していた両親の客室で話していると、そこにやってきたエラディオとエーベルハルトが嬉々として話に入って来たのだ。


「マルモンテル領と言えばダイヤモンド鉱山がある領地じゃないか。交易も盛んな港町だろう?ならエラディオとナディア嬢二人で治めればいいんじゃないか?その代わり我が国との取引も増やしてもらいたいが」


 エーベルハルトの一声で、サルトレッティ家一同が顔を見合わせ、即座に頷いたのだ。


「それはいいですな」

「ええ、とても!」

「姉上はそもそも子爵位も持ってるんだから、そうすればいいですよ」

「え、でも…」

「ああ、だがザクセンの王弟殿下がナディアの夫になるのだから、子爵位はいただけないな。よし、早速陛下に爵位を上げていただくよう申し上げよう」

「え!?」

「なら俺からも進言しよう。なに、ザクセンの国王からの申し出を無下にできないだろう」

「ええ!?」


 …と、いう具合に話が進み、結果ナディアとエラディオは当面ドルフィーニのマルモンテル領に住む事になったのだった。


「…何だかエディに婿入りしてもらうみたいで気が引けるわ」

「別に婿入りでも良かったんだがな」


 これでも王弟だからなぁ、と続けるエラディオにナディアは呆れたような目を向ける。


「そんな事できる訳ないでしょう?それに、うちにはレイナードがいますから、婿は必要ありません」

「連れない事言うなって。それにマルモンテル領には永住する訳でもねぇんだ。俺がどこで住もうが俺の勝手だろ」

「でもザクセンの議会にも通してないでしょ?またみんなに睨まれると思うのだけど」

「別に構わねぇよ。それこそザクセンとの交易を盛んにするつもりだし、国益を兼ねた移住だ」

「それはそうだけど…」


 実際ザクセンの王都にあるこの邸はそのままにするのだ。
 ゾーラの街のはずれにある別邸もだが、エラディオの所有する邸はかなりの数がザクセンに点在している。

 そこへ来てナディアと結婚する事によって、ドルフィーニのマルモンテル領が手中に入る。
 表向きはドルフィーニの領地だが、ナディアはモンテル子爵の名を持つ。
 ナディアが所有する領地として、ナディアが運営する分には何も文句は言えないだろう。


「公正な取引を行えば文句を言う奴はいないだろ?それに、ドルフィーニ王家はお前に随分と負い目があるんだ。これを利用しない手はないね」

「…悪い人」


 ナディアが苦笑を漏らす。

 どちらにしても最終的に移住するのは結婚式を挙げてからになる。
 それまではザクセンでやるべき仕事をこなし、社交をこなしていく必要があるのだが。


「茶会は参加しなくていいが、王家主催の夜会やら公爵家の夜会なんかは無視はできねぇな」

「それは参加するつもりだけど、勿論エディも一緒でしょう?」

「当然だ。お前ひとりだけ参加なんてさせねぇよ」

「エディだけが参加するのもダメよ」

「わかってるさ」

「ならいいわ」


 すっかり砕けた口調になったナディアがふわりと微笑むと、エラディオがその体を引き寄せ、頬に唇を落とす。
 いつまでも慣れない触れ合いにナディアが顔を赤くさせると、エラディオは満足したように笑みを浮かべた。


「ナディはいつまでも初々しいな」

「な、慣れてないだけです!」

「そろそろ慣れてもいい頃だろ?」

「それは…エディが…」


 ポツリと小さな声でナディアが呟きながら、恥ずかしそうに視線を逸らす。
 その様子をエラディオがどんな表情で見つめてるのかも知らず、言葉を続けた。


「エディと触れ合うのは…いつまでたってもドキドキするもの…」

「…っ、ナディ…!」

「きゃっ!?」


 ガバッと抱きしめられ、ナディアが思わず声を上げる。
 けれどエラディオの腕はぎゅうぎゅうとナディアを抱きしめ、離そうとしない。


「エ、エディったら!苦しいわ!」

「…すまん、もう少し」

「…もう」


 ナディアが諦めてエラディオの背に手を回したその時、ドアをノックする音が聞こえた。


「エラディオ、ちょっとい――…あぁ、悪い」

「バルテル…、お前返事する前に入ってくるな!」

「何だよ、いつもの事だろ?」

「ナディがいる時は気を使えっての!」

「あーはいはい。あ、ナディア嬢、お邪魔してすみません」

「い、いえ…あの、私はこれで失礼しますので」

「あ、おいナディア」

「エラディオは仕事しろ。で、この書類なんだが…」

「チッ、くそっ。ナディ、また後で部屋に行く」

「…はい」


 バルテルに邪魔をされたが、仕事が立て込んでいるのも本当で。
 仕方なく机に向かうエラディオを見てナディアは苦笑した。

 エラディオが仕事をしだし、ナディアも自室に戻る。
 エラディオの屋敷には一応ナディアの部屋が用意されていた。
 執事のセルゲイが随分と早い段階で部屋の用意をしてくれていたので、ナディアも快適に過ごせている。
 屋敷の使用人達もナディアには好意的で、家族の元から離れて暮らしているが寂しさは感じる事がなかった。


「オルガ」

「はい、お嬢様」


 輿入れに着いて来たオルガに声をかける。


「エルシオン領の特産品の売り上げはどう?」

「とてもいいですよ!お嬢様が発案した蜂蜜製品は飛ぶように売れてるみたいです!中でもやはり『女王蜂の秘蜜』は貴族女性に人気ですが、何分量産できないので余計に価格が上がってるそうです」

「そう言えば以前クエントの報告でもそう書いてあったわね」

「『女王蜂シリーズ』は今や王都の貴族女性の殆どが使う化粧品ですから!」


 女王蜂シリーズは随分と好評のようで、エルシオンも潤っていると聞いている。
 自分は携わったと言うよりも、中間報告を受けたくらいの認識だが、フィリップは売り上げの一部をナディア名義にして貯めているらしい。
 そんな事をしなくてもいいのに、とは思ったが、お金はあって邪魔になるものでもない。


「道でも整備しようかしら」


 ポツリとナディアが呟くと、オルガがきょとんとした顔でナディアを見つめた。


「道…ですか?急にまたどうして」

「うん、エルシオン領へ行く道がちょっと悪かったでしょう?田舎だし仕方ないと思ってたんだけど、他領への商品の運搬の時に苦労してるんじゃないかって思って」

「ああ、それはあるかもしれませんね」

「お父様が私名義で貯めてくれてるお金があるから、それを使って道路整備をしようかと思ったのよ。人を雇うから民間人の収入アップにもなるでしょう?」

「素晴らしい考えですが…そんなにお嬢様のお金を使っていいんですか?」

「私のお金って言うけど実感ないし。まあ、どこまで整備できるか分からないけど、エルシオンから延びる街道から始めてみるつもり」


 街道の整備は人の往来の助けになる。
 エルシオン領での商品開発は蜂蜜シリーズだけではないので、今後役立つのは目に見えている。
 そこに利益がなくても別の利益を生み出すはずだ。


「クエントに手紙を書くわ」

「分かりました」


 ナディアは自室の机に向かうと、クエントに向けて手紙を書いた。





 
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