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王弟殿下と公爵令嬢

婚約したけど納得できないようです

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 ナディアとエラディオの調印式には、ナディアの両親と弟も参加した。
 調印はドルフィーニ国でも行ったが、エラディオは王族と言う事もあり、ザクセンでもする必要があった。

 そんな過程もあって、かなり慌ただしいスケジュールだったにも関わらず、サルトレッティ公爵家はしっかりと予定を合わせてザクセンにやってきた。
 だが家族との再会もそれほど久しぶりと言う訳でもなく、のんびりしたものだったが。


「ナディア、おめでとう」

「お母様、ありがとうございます」

「姉上、お疲れ様です」

「遅くなって悪かったな、ナディア」

「レイナードもお父様も、到着早々でしたのにお疲れでしょう?」

「いや、こちらこそお前の婚約パーティーに間に合わなくてすまない」

「大丈夫ですよ。知り合いがいる訳でもありませんから」


 クスリとナディアが笑う。
 そこへエラディオもやってきた。


「来てくださってありがとうございます」

「娘の婚約なんだ、当然だろう。それよりもスケジュールがタイトすぎて調整が大変だったが」

「ああ、すみません。一日でも早くナディと婚約したかったので」

「…全く」

「うふふ、いいじゃありませんか。ナディアも色んな事がありましたけど、今はとても幸せそうですわ」

「当然だ。あのアホ王子のせいでどれだけ不名誉な事を言われたか…」

「まあまあ、父上。今日はおめでたい日なんですから、その話はやめましょう」

「そうですよ、フィリップ様」

「うむ…」


 不本意そうにはしていたが、フィリップがレイナードの言葉に頷く。
 そして少し寂しそうに微笑みながら、ナディアを改めて見つめた。


「ナディア」

「はい、お父様」

「嫌な事や辛い事があればいつでも帰ってきなさい」

「わかりました」

「おい」


 あっさりと頷くナディアにエラディオが焦ったように声をかける。


「何すんなり返事してんだよ?」

「おかしいですか?」


 ニッコリと微笑まれ、エラディオが呆れたように目を細めた。


「…お前に帰りたいだなんて思わせないようにしないとな」

「うふふ、頑張ってくださいね」

「全く、とんでもねぇな」

「そんな事ないですよ。だって私もエディ様に飽きられないようにしないといけませんし」

「お互い様って事か。だが、そんな心配必要ないがな」

「あら、そんな事分からないじゃないですか」

「分かるさ」


 エラディオが自信満々に告げるので、ナディアが思わず苦笑する。
 そんな二人の様子を見て安心したのか、フィリップとルディアはお互いを見て微笑みあっていた。

 パーティーも調印式も終わり、後は夜会が待っていた。
 
 夜会が始まり楽団が音楽を奏でると、ナディアとエラディオは手を取り合ってダンスを踊った。


「エディ様と正式にダンスをするのは二度目ですね」

「ああ、前はアレだな。コルト国大公のブーメランでだな」

「ブーメランだなんて」

「間違ってねぇだろ?」


 ニヤリと笑うエラディオにナディアも苦笑を漏らす。
 そして一曲踊り終わったのを待っていたかのように、ルシアとアイリスが二人の元にやってきた。


「とても素敵なダンスでしたわ、エラディオ様」

「ええ、本当に。エラディオ様、次は私と踊ってくださいな」


 そう言ってエラディオに期待を込めた視線を送る。
 そんな二人を見たエラディオとナディアは顔を見合わせた後、エラディオが給仕を呼んで飲み物をナディアに手渡した。


「ナディ、このワイン美味いぜ。飲んでみろ」

「まあ、ありがとうございます。ではエディ様も」

「ああ。乾杯するか」

「そうですね」


 二人を無視するようにナディアとエラディオはワインで乾杯しだした。
 そしてそのままテラスの方へと歩き出す。
 その様子を呆気にとられながら見ていたルシアとアイリスは、慌てて二人に着いて行った。


「お、お待ちください!」

「そうです!何故無視されるのですか!?」


 少々大きめの声で叫ばれ、エラディオはナディアの腰に手を回したままピタリと足を止める。
 そして冷えた視線を二人に向けた。


「うるせぇな。誰が声をかけていいと言った?」

「えっ」

「え…」


 まさかそんな言葉を投げかけられると思わなかったらしく、二人が戸惑うように視線をさまよわせる。
 そしてそんな二人を鼻で笑うかのように、エラディオが言葉を続けた。


「王弟である俺の許可なく話しかけた挙句、勝手に名前で呼ぶとはな。不敬にも程がある」


 これはナディアも同感だ。
 突然話しかけられ驚いたくらいだ。


「で、ですが…」

「私達は以前からエラディオ様をお名前で呼んでいました!」

「許可なくだろ。金輪際やめてもらおうか」

「な、何故ですか!?」

「そんな事をいちいち言われないと分からねぇのか?」


 ルシアが食って掛かるとエラディオが呆れたように溜息をつく。
 そして分が悪いと感じたアイリスは、ぐっと押し黙ってしまった。

 けれどここで引くような二人ではない。
 二人はナディアを睨みつけ、そして縋るような視線をエラディオに向けた。


「わ、私は以前からずっとエ…王弟殿下をお慕いしておりました!ですから今日の婚約発表は…ショックで…」

「アイリス様、私もですわ。私も王弟殿下をお慕いしておりましたもの。それなのに突然他国のご令嬢と婚約されるなんて、突然聞かされた私達はどれほどショックだったか…!」

「んな事知らねーな。第一、お前達が俺を慕っていたからと言って何だってんだ?俺がいつお前達の気持ちを受け取った?勝手に盛り上がってんじゃねぇよ」

「ひ、酷い…!」

「そんな…あんまりです…!」


 わっと両手で顔を覆うアイリスに、悔しそうに手を握りしめるルシア。
 だがアイリスは指の隙間からナディアをしっかりと睨んでいるのだから大したものだ。

 大したものだがそれを見なかった事にするほどナディアは優しくはない。
 ニヤリと笑みを浮かべると、エラディオの袖をついっと引っ張った。


「エディ様、一曲くらい踊って差し上げたらどうですか?あちらのご令嬢、指の隙間から私を睨んでますので、相当私の事を怒ってるようですよ」

「なっ…!に、睨んでなんていませんっっ!酷いですわ、そんなウソをエラ…お、王弟殿下に言うなんて!」

「睨んでたじゃないですか。いくら何でも睨んでもない人に睨んだなんて言いませんよ」

「ひ、酷い!なんて酷い人なの!?こんな人が王弟殿下の婚約者だなんて…!」

「そうよ!貴女なんて王弟殿下に相応しくありませんわ!」

「そう言われましても、もう婚約してしまいましたから」

「「なっ…!!」」


 困ったように小首を傾げ、ナディアが二人に告げる。
 その小ばかにした様子を見て二人の令嬢は顔を真っ赤にした。


「王弟殿下!このような性格の悪いご令嬢と婚約なんて、やめた方がよろしいですわ!」

「シルバーバーグ侯爵令嬢にそんな事を言われる筋合いはありませんけど」

「貴女に言ってるんじゃないわよ!」

「知ってますけど言い返したかったので」

「!!!!」



 ルシアがこれでもかと言う程に顔を真っ赤にして怒っている。
 そして今度はアイリスがエラディオにすり寄ろうとした。
 そっと近づきその腕に自身の手を添えようとするが、エラディオに気付かれ振り払われる。


「触んな」

「なっ、そんな…!」

「王族に勝手に触れていいと思ってるんなら、基本的な常識を学びなおすんだな」

「…!!」

「それに、俺に触れていいのはナディだけだ」

「まあ、エディ様。こんな場所でそんな事を仰らないでください」

「本当の事だろ」


 エラディオがナディアを優しく見つめ、そしてスルリと頬を撫でる。
 そんな二人の様子を見ていたルシアとアイリスは、ブルブルと震えながらも怒りを必死で隠しているようだ。

 そして、ルシアがアイリスよりも一歩前に進み、キッとナディアを見据えて口を開いた。


「…サルトレッティ公爵令嬢、貴女自国の王太子殿下に婚約破棄を言われたそうですわね」

「ええ、言われましたが」

「理由はどうあれ婚約破棄をされた分罪で、我がザクセンの王弟殿下と恐れ多くも婚約するなんて、恥を知らないのですか?」

「恥ですか…」


 キョトンとした表情でルシアに向き直る。
 そしてニヤリと不敵に笑みを浮かべ、口元を扇子で隠した。


「中途半端な情報で他国であっても公爵家の娘である私に文句を言う貴女の方こそ、恥を知ったらどうです?」

「なっ、何ですって!?」

「ああ、それと。エディ様の前でそのような事を仰るなんて、これはもうどうあがいても貴女に気持ちを向ける事はないと思いますわよ。ね、エディ様?」

「まあそうだな。正直ウザイ」

「!!!!」

「ルシア様、出直しましょう」

「…っ、分かりましたわ。では王弟殿下、私達は失礼いたしますわ」


 言うが早いか二人は踵を返して立ち去る。
 そしてその後姿を黙って見ていた二人だったが、エラディオが不満そうにポツリと呟いた。


「結局ナディに挨拶なしかよ。あいつら最悪だな」


 それを聞いてナディアは目を丸くする。
 クスクスと笑うとエラディオが怪訝そうな顔をナディアに向けた。


「何で笑ってんだ?アレは確実に何かやらかす気だぜ」

「ご令嬢が考え付く嫌がらせなんて、大体想像できるので大丈夫です」

「ほう?例えば?」

「そうですね」


 そう言って人差し指を顎にあて、考えるような素振りをする。
 そしてエラディオに向かってニヤリと悪い笑みを浮かべて見せた。


「一服盛るとか、誘拐するとかですかね」

「は?」

「さすがに殺す訳にはいかないでしょうから、簡単に媚薬を盛ってエディ様と関係を持つのが手っ取り早いんじゃないですか?」

「あー…やりそうだな…」

「でしょう?それで、私の方はならず者にでも誘拐させるか襲わせて、傷物にでもすれば王族と結婚できないとかそんな感じでしょうね」

「んな事させるか。てか、本気でそんな事すると思うか?」


 不機嫌そうな顔でエラディオが尋ねるが、ナディアは笑顔でコクリと頷く。


「シルバーバーグ侯爵令嬢は後者を選ぶでしょう。ミナージュ伯爵令嬢は前者を。まあ、逆になっても同じですけど」

「お茶会とかで無視するとかお茶をかけるとかくらいにしてほしいぜ…」

「そういうのもやると思いますよ。ザクセンでの自分達の立場を見せびらかしたいでしょうし。ですが、彼女達こそ自分の立場を把握するべきですけどね」


 実際ナディアは他国とはいえ公爵令嬢だ。
 二人よりも身分は高く、そして今は王弟であるエラディオの婚約者。
 明らかにケンカを売る相手を間違えている。
 それに全く気付かずに突っかかってくる根性は笑えるがある意味尊敬するが、お互いの家にまで迷惑がかかると何故考え付かないのか謎だ。


「エディ様は媚薬の類は耐性あります?」

「これでも王族だからな。毒だの媚薬だのは耐性も付けてるし、解毒剤も常備してるぜ」

「では安心ですね」

「だがナディはどうなんだ?お前が媚薬なんて盛られたら…」

「あ、私そういう系の薬全然効かない体質なんです」

「は?」


 それはどんな体質だ、と聞きたそうな顔をしたエラディオに、ナディアは苦笑を漏らす。


「これでも王太子の婚約者でしたので、実は自国で一服盛られた事が何度かあるんです」

「はあ!?」

「ですけど笑える程に効果はなかったですね。媚薬もですけど睡眠薬も効きにくいみたいなんです。ただ、きつめの麻酔はさすがに眠ってしまいますけど」

「マジか」

「媚薬を盛られて『体が熱い!』なんて、経験してみたいくらいですわ」

「やめてくれ、心臓に悪い」

「あら。その時はエディ様が鎮めてくれるんでしょう?」

「なっ…」


 ナディアの爆弾発言にエラディオが絶句するが、よく見るとナディアがニヤニヤと悪い顔をしてこちらを見ている事に気付く。
 からかわれたと気付いたエラディオは、ナディアの額をコツンと小突いて不満そうな顔をした。


「お前な、そういう冗談で男をからかうな」

「ふふふっ、エディ様以外にこんな事言わないわ」

「な、お前…」

「当然でしょう?私に触れていいのはエディ様だけですもの」


 フワリと微笑みながらナディアが告げると、エラディオがぐっと押し黙る。
 心なしか顔が赤くなっているが、ナディアはそれを見て見ぬふりをしてエラディオの言葉を待つ。

 そんなナディアに気付いたエラディオは、物凄くいい笑顔で


「当然だ」


 と告げ、ナディアを引き寄せて強引に口づけをしたのだった。



 
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