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王弟殿下と公爵令嬢

婚約パーティー

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 それから数日後。

 異例の早さでザクセン国の王弟であるエラディオ・ファン・ザクセンの婚約式が執り行われた。

 異論は勿論許さず、王家主催のパーティーでサプライズで始めたこの婚約式は、前代未聞の事となった。
 それもそのはず、王弟であるエラディオは生涯独り身を貫くと宣言していた為に、ザクセンの貴族達にすれば寝耳に水状態だ。
 勿論宰相であるゴメス公爵は知っているが、国王命令で口外禁止となっていた。

 つまり、こちらもサプライズを成功させる為に王であるエーベルハルトが手を回し、今日に至るのだった。


「そんな…王弟殿下がご婚約だなんて…!」

「嘘でしょう!リシュア様がお相手だと思ってましたのに…」

「しーっ、リシュア様に聞こえますわよっ。それに、ルシア様やアイリス様にも…」

「お二人とも顔色が悪いわ」

「それはそうよ。だって自分こそが王弟殿下と結ばれるんだって公言されてましたし」


 ヒソヒソと令嬢達が話している。
 そして少し離れた場所に悔しそうにナディアを睨みつけている令嬢がいた。


「あれが…ナディア・フォン・サルトレッティ公爵令嬢…」

「大した事ありませんね」


 ギリッと音がしそうなくらいに歯噛みしているのは、ルシア・シルバーバーグだ。
 その隣に悠然と近寄って来たのは、アイリス・ミナージュだった。

 アイリスの言葉にルシアがジロリとアイリスを睨む。


「当然よっ!リシュア様に負けるのならともかく、他国の傷物令嬢に負けるなんて…!」

「フフフ、ですがまだご結婚した訳ではないでしょう?彼女にはもう一度、傷を負っていただけばいいじゃないですか」

「…婚約を破棄させると言う事ね」

「ええ。私達はライバルですけど、今は手を組んだ方がいいと思うんです」

「やめておきなさい」


 ふいに声をかけられ、ルシアとアイリスが振り返る。
 するとそこには無表情でこちらを一瞥もせずにナディア達を眺める、リシュア・ファン・ゴメスが立っていた。


「リシュア様…どういう意味ですか?」

「そうですわ。いつも私達をけん制していた貴女が、まさか彼女の味方だとでも言うのです?」


 怪訝そうな顔で二人がリシュアを眺めるが、リシュアはチラリと二人を見た後、興味がないように再び視線を前に向ける。


「下手な事をすると倍返しされるわよ」

「ええ?」

「まあ」



 二人が目を丸くし、そして次の瞬間プッとふきだした。



「あらあら、すっかり牙を抜かれたようですね、リシュア様。勿論貴女が抜けてくださった方がこちらは嬉しいですけど」

「お言葉が過ぎましてよ、アイリス様。ですが…リシュア様は王弟殿下を諦められたと言う事ですか?」

「何とでもおっしゃい。わたくしはあの女とは関わりたくないの。忠告はしたから後は貴女達の好きにすればいいわ」


 そう言って、リシュアは二人の前から立ち去った。
 その様子に二人はポカンとする。


「…何て事。リシュア様らしくない」

「本当に。一体何があったのかしらね」

「でもこれでライバルが一人減ったのだし、後はあの邪魔な女を蹴落とせば…」

「私とアイリス様二人の勝負って事ですわね」

「ウフフ…」



 と、二人の令嬢が怪し気に笑っているのを、ナディアが遠めに確認してクスリと笑みをこぼす。
 その様子に気付いたエラディオがナディアの顔を覗き込んだ。


「何だよ、楽しそうだな」

「勿論。だってエディ様との婚約式ですもの。楽しくない訳ないでしょう?」

「それは嬉しいね。と言いたい所だが、ナディのその表情は絶対違う事を楽しんでる顔だろ?」

「…エディ様って目ざといですよね」

「そりゃあね。ナディの事をずっと見てるからじゃねぇか?」

「…知りません」


 グイッと腰を引かれて至近距離で見つめられ、ナディアは体をできる限り引きながら視線を逸らす。
 その行動は赤くなった顔をなるべくエラディオに見られたくなかったからだが、それもまたエラディオにとって逆効果だ。


「はぁー、今日のナディはひときわ綺麗だってのに、そんな可愛い顔させちまったのは失敗だな。見ろよ、周囲の男達の視線を。お前に見惚れてるじゃねぇか」

「そんなの知りません。エディ様が私を翻弄するのがいけないんです。こんな顔にしたくなかったら大人しくしていてください」

「…お前、本当にズルイ」


 ぎゅうっと抱きしめられ、周囲から黄色い悲鳴が飛び交う。
 エラディオがこんなにご執心な所を見た事がないからだろう。

 周囲の視線を気にせずイチャイチャしだす二人に、エーベルハルトが呆れたように溜息をつく。


「おいエラディオ、その辺にしとけ」

「何だよ兄上、無粋だな」

「無粋なものか。お前今パーティーの最中だって事忘れたのか?この後婚約の調印式もあるんだ。そんなにナディア嬢を抱きしめてると、服装やら髪型やら乱れるだろ」

「あー…それもそうか」


 そう言われてナディアからそっと体を離すが、腰に回された手を離すことはなく、とにかく距離が近い。
 少し離れた体にホッとしながらも、ナディアは周囲の様子を注意深く観察していた。

 とりあえず明らかにこちらに敵意を向けているのは、以前からマークしていた二人。
 ルシア・シルバーバーグ侯爵令嬢とアイリス・ミナージュ伯爵令嬢の二人だ。
 彼女達の周囲には取り巻きらしき令嬢達もいる。

 以前こちらに突っかかって来たリシュア・ファン・ゴメス公爵令嬢は何だか大人しい。
 エラディオに聞いた話によると、父親のゴメス公爵からも随分と叱られたようだ。

 それと、ナディアと相対してエラディオに対する気持ちに改めて向き合ってみたらしい。


「シルバーバーグ侯爵とミナージュ伯爵は、この国ではどういう立ち位置の方なんですか?」

「ん?そうだな。シルバーバーグ侯爵は…まあ、金に汚い貴族って感じのおっさんだ」

「まあ、はっきり仰るのね」

「隠してもしょうがねぇからな。シルバーバーグ侯爵は娘と俺を結婚させて、俺の持つ資産をあわよくば奪おうって考えだろうなぁ」

「どうやって奪うのです?」

「そりゃあ子供でもできりゃあ外戚として口出して来るか、支援をねだるかだと思うが。今あの家財政状況が良くねぇんだよ」

「それでご令嬢を?」

「多分な。娘の方は何考えてるのか知らん」

「まあ」


 言われてルシアに視線を向ける。
 まるで射殺さんとばかりにこちらを睨む姿は、猛禽類のような眼光だ。


「ではミナージュ伯爵は?」

「あそこは可もなく不可もなく、だな。娘が好き勝手してるのを黙認してるが、一応期限を設けてるとも聞いてる」

「期限?」

「ああ。自分の思い通りにならなかったら、親が決めた縁談を進めるってな」

「それは…でも普通の事では?」

「ミナージュ伯爵夫人が元平民なんだよ。恋愛結婚だったらしいぜ。そういういきさつもあって、娘は自由恋愛をしたいとごねてんだ。伯爵も自分が恋愛結婚だったから、娘に強く言えねぇみたいだぜ」

「奥様は何も言ってないんですか?」

「旦那にまかせっきりだって話だな。社交もほとんどしねぇし」

「それは仕方ないのでは?平民の方なら社交に出れば…」

「いじめられたりするわな。ま、そういうのが嫌なら貴族と結婚しなけりゃいいだろ?」

「それもそうですね」


 結局選んだのは自分なのだ。
 惚れた腫れたで何とかなる世界ではない。
 平民では考えられないような贅沢ができる代わりに、平民では考えられないような重責を担うのだ。


「ルシア・シルバーバーグもアイリス・ミナージュも、見た目がまあ…綺麗な部類に入るからな。令息達からの人気も高いのが後押しして、自分が一番だと思ってやがる」

「羨ましいですね、その自信」

「何だ、ナディは自信ねぇのか?」

「あるわけないじゃないですか」

「へえ?こんなに綺麗で魅力的なのに?」

「なっ…」


 唐突に褒められ、ナディアが言葉を詰まらせる。
 直接褒められる事に慣れていないナディアは、困ったようにエラディオを小さく睨んだ。


「急に変な事を仰るのはやめてください」

「変な事か?お前が綺麗なのは誰もが認める事だろ」

「そ、そういう事を…あまり言われた事がないんです。だから…」

「は?そんな事ねぇだろ」


 信じられないとばかりにエラディオが目を丸くするが、実際ナディアに対して直接美辞麗句を告げる男性は少ないのだ。
 元々王太子の婚約者というポジションに加え、公爵令嬢と言う立場からも分かる事だが、男性からすると高根の花の存在で、直接会話をするのは恐れ多いと距離を置かれていた。
 どちらかと言うと遠くから鑑賞されるのが殆どだ。


「…確かに外国の方や随分と年上の方でしたらそのように褒めていただきましたけど、同年代の男性からはあまり言われた事がありませんね」

「ジョバンニもか?」

「殿下が褒めると思います?」

「…ねぇな」

「そういう事です」


 それを聞いてエラディオも何となく納得する。


「そりゃあ、ナディが綺麗すぎて声をかけられなかったんだろうな」

「またそんな…。私よりも…ホラ、あの、何でしたっけ?ええっと…あ、そうそう。フェリッリ男爵令嬢のような可愛らしい女性の方が男性は好きでしょう?私はどうにも可愛げがないみたいですし」

「人によるだろ、そんなの。俺はあんな気色悪い女興味ないね」

「気色悪いだなんて…」


 エラディオの物言いにさすがのナディアも目を丸くし、そしてクスクスと笑い出した。
 その笑顔に見惚れた周囲はほうっと溜息をついているが、ナディアがそれに気付くはずもなく。

 そんな彼女を見て困った世に周りをけん制するエラディオを、エーベルハルトは微笑ましそうに眺めていたのだった。





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