上 下
61 / 89
公爵令嬢の婚約事情

勝負の行方2

しおりを挟む
 勝負は五分五分と言った所だった。
 何故かと言えば二人共ほとんど的の中心を射抜いていたからだ。


「すげぇ…、サーシス第一王子殿下は分かるが、サルトレッティ公爵令嬢の腕前が半端ねぇな…」

「ああ、あんな才能あったなんて痺れるぜ…」


 見物に来ていた王宮騎士団の団員達が二人の対決を見てポツリと呟く。
 そんな風に外野がザワザワと騒いでいたが、ナディアもローデウェイクも集中しているらしく、まったく耳に入って来ないようだ。


 ― ズバン!! ―


 また中央に刺さる。


「こりゃあ勝負は分からねぇな」

「そのようですね」


 エラディオとマティアスが呟く。
 そうして、ようやく全ての矢を射つくした後、審判が的へ確認に向かった。
 理由は二人が殆ど中央に当てていたので、より中心に近い場所を射た方を勝ちとする為だ。


「…勝者、サーシス第一王子殿下!!」


 どうやらこの勝負はローデウェイクが勝ったようだった。
 審判の声にローデウェイクがホッとする。正直負けるつもりはなかったが、ナディアの腕前が想像以上だったので焦っていたのだ。
 さすがにストレート負けはありえない。
 そして、次は乗馬での勝負だ。


「いい勝負でしたわ、ローデウェイク殿下」

「ナディア嬢も素晴らしい腕前だった」


 お互いに握手をし、健闘を称える。
 そこへエラディオ達が駆け寄り、ナディアとローデウェイクに声をかけた。


「二人共いい勝負だったな」

「ナディア嬢の弓の腕がここまでだとは思いませんでした」


 何だかんだ言ってもこれで一勝一敗なのだから、ローデウェイクは内心ホッとしていた。
 投擲武器ではないが、飛び道具には違いない。ナディアは何故かこういった武器の扱いに長けていた。


「負けてしまって残念ですわ。石を投げて的に当てるのであれば勝てたかもしれませんが」

「石を?さすがに女性の腕力であんな遠い場所にある的に当てるのは無理だろう」

「あら、ローデウェイク殿下。あの程度の距離ならば当てられますわよ」

「まさか」


 いくら何でも弓の的に石を当てるのは無理があるだろう。男性が投げたとしても、よほど肩に自信がないと難しい。届きはしても当てるのは至難の業ではないのか。
 そう思って的を眺めていたら、ナディアがクスリと笑みをこぼす。


「では、勝負とは関係ありませんがお見せしますわ」


 そう言ってナディアはシュルリと髪につけていたリボンを解いた。
 シルバーブロンドの髪が、リボンが解けたと同時にフワリと風になびくように肩へと落ちる。
 思わず見惚れていると、ナディアは徐にリボンの片方の端をを右の手首に巻き付けた。


「ナディ、何してんだ?」

「うふふ、まあ見ていてください」


 エラディオが訪ねると、ナディアは悪戯っぽく微笑んで見せる。そして結んでいない方の端を同じ右手で握り、リボンの中央の部分に手ごろな大きさの石を包むように置き、ブンブンと頭上で振り回しだした。


「な、何を…」


 マティアスが驚いて声をかけようとするが、ナディアは真剣な目で的を見据えている。
 石を包んだリボンの回転が速くなり、勢い付いた所でナディアがタイミングを見計らって右手を投げるように放した。


「はっ!!」


「「「!!!!?」」」


 勢い付いた石は矢よりも早いスピードで飛んでいく。
 そして、バコン!と音を立てて的にぶち当たり、そのまま地面にポトリと落下した。


「やった!見ました!?結構いい位置に当たりましたわよ!」


 嬉しそうに振り返って笑顔を向けるナディアだったが、周囲の人達の驚きの表情を見てピタリと動きを止める。
 そして恐る恐るエラディオに視線を向け、コテンと首を傾げた。


「…あの、皆様の様子がおかしいのですが」

「あー…ナディは何も悪くねぇよ。ただ、そうだな。まさかあんな手法で石を投げると思わなかったが」

「ああ、そうですわね!今回は手持ちの道具がなかったのでリボンで代用しましたけど、本来は両サイドに紐が付いている布に石を包んで、それを標的に向けて回す力を利用して飛ばすんです。そうすると普通に投げるよりも速く強力に的に向かって行きますし、何なら弓矢よりも遠くへ飛ばす事もできますのよ」

「…なるほど」


 ナディアが嬉しそうに説明していると、的を確認しに行った審判が青ざめた顔で戻って来る。
 それを見たローデウェイクは審判に声をかけた。


「どうかしたのか?」

「そ、それが…的にヒビが入ってしまっていまして…と言いますか壊れてます…」

「はあ!?」


 どうやら衝撃で壊れてしまっているらしい。
 それを聞いてナディアがバツの悪そうな顔を審判に向ける。


「も、申し訳ありません。きちんと弁償いたします…」

「め、滅相もありません!」

「ですが王宮の大切な訓練所の備品を壊すなんて、何とお詫びをすれば…」

「いえ、的も消耗品ですので代わりはまだあります。それよりもサルトレッティ公爵令嬢の投擲技術に恐れ入りました。女性の腕でここまでの破壊力、是非騎士達にも試させてみたいです」

「まあ」


 意外な言葉にナディアが目を丸くし、そしてフワリと微笑む。


「お遊びの延長のようなものですので、休憩の時間にでも是非試してみてください。リボンが無ければスカーフやタオルなんかで代用してもいいですよ。ただし少し投げにくいですが」

「なるほど、わかりました。ありがとうございます」


 真面目にお礼を言う審判役の騎士にナディアは苦笑を漏らす。
 こんな、遊びの延長のような事を真剣に訓練に取り入れるつもりなのかは分からないが、特に断る理由もない。
 けれどこれを見ていたエラディオがポツリと呟いた。


「…なるほど、戦場で武器が底をついても、石ならそこら辺にゴロゴロしてる。適当な布を使って投げれば木の的を壊す程の破壊力があるくらいだし、結構有用かもしれねぇな」

「え」

「そうですね。少々原始的ではありますが、スリングショットと似たようなものでしょう」


 オブライエンもエラディオの意見に同意し、二人は何やらああでもないこうでもないと論議をしだす。
 それにはさすがに呆れて溜息を零すが、ローデウェイクに声をかけられナディアも顔を上げた。


「ナディア嬢。次は乗馬の試合だ」

「あ、はい。このまま移動しますか?」

「疲れていないのか?」

「あれしきで疲れたりしませんわよ。それよりも殿下の滞在期間もそれ程ありませんし、時間がおありでしたら次の勝負に移りましょう」

「わかった。では確認だが、勝負に勝てば願いを一つ聞いてくれるんだよな?」

「常識の範囲内ですわよ。無理な事は聞きません」


 ニッコリと微笑んで告げると、ローデウェイクは少し考えるような素振りをする。
 が、すぐにこちらも笑顔を見せ、二人はそのまま厩舎に向かった。

 王宮の侍従の一人がナディア達を案内し、そして厩舎で馬と対面する。
 公平性を考えて、この場で自分が気に入った馬を見繕い、その馬で対決するというルールだ。
 これはローデウェイクが自分の馬をドルフィーニ国に連れて来ていないので、ナディアがサルトレッティ家の馬を使えば不公平ではないかと思った故、どちらも初めて乗る馬で勝負する事にしたのだ。


「素敵な馬達ですわね」

「さすがは王家所有の名馬達だな」


 ナディアとローデウェイクは厩舎の馬達を見て感嘆の声を上げる。
 見事な毛並みに逞しい躰の馬は、どれを選んでも立派に駆けてくれるだろう。


「では、私はこの子を」

「なら俺はこの馬を」


 二人が選んだ馬は。


「…普通そこで真っ黒な馬を選ぶか」

「あら、素敵じゃないですか。それに真っ黒じゃありませんわよ?この子は白いブーツを履いていますもの」

「ブーツって、足の毛が白いだけだろ」

「そこが魅力的でしょう?ローデウェイク殿下こそ白馬を選ぶなんて、意外に乙女チックなのですね」

「なっ、誰が!」


 指摘されて恥ずかしかったのか、ローデウェイクが慌てたように否定している。
 けれど見るからに顔を赤くしているので、一応自覚はあったのだろう。


「では。勝負と行きましょう」

「うっ…、いいだろう。必ず勝って願いを聞いてもらうからな!」

「そういうセリフは勝ってから仰ってくださいな」


 ツンと顎を上げて生意気な顔でローデウェイクを煽る。
 けれどそんな表情も可愛く見えてしまうのは惚れた弱みだろう。
 他の令嬢がそんな態度をすれば、ローデウェイクは必ず不快な気持ちになっているのに、目の前の愛しい女性にされると不快さは全くわいて来ない。


「さあ、勝負だ」


 次も負けない。
 ローデウェイクはそう決意し、手綱をぎゅっと握りしめたのだった。




 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一日一怪 ~秒で読めちゃう不思議な話~

ありす
ホラー
Twitter (現: X ) で「#一日一怪」として上げた創作怪談を加筆修正した短編集です。いろんなテイストのサクッと読めちゃう短いお話ばかりですので、お気軽にお読み下さいませ(˶´ᵕ`˶)☆.*・

みそっかすちびっ子転生王女は死にたくない!

沢野 りお
ファンタジー
【書籍化します!】2022年12月下旬にレジーナブックス様から刊行されることになりました! 定番の転生しました、前世アラサー女子です。 前世の記憶が戻ったのは、7歳のとき。 ・・・なんか、病的に痩せていて体力ナシでみすぼらしいんだけど・・・、え?王女なの?これで? どうやら亡くなった母の身分が低かったため、血の繋がった家族からは存在を無視された、みそっかすの王女が私。 しかも、使用人から虐げられていじめられている?お世話も満足にされずに、衰弱死寸前? ええーっ! まだ7歳の体では自立するのも無理だし、ぐぬぬぬ。 しっかーし、奴隷の亜人と手を組んで、こんなクソ王宮や国なんか出て行ってやる! 家出ならぬ、王宮出を企てる間に、なにやら王位継承を巡ってキナ臭い感じが・・・。 えっ?私には関係ないんだから巻き込まないでよ!ちょっと、王族暗殺?継承争い勃発?亜人奴隷解放運動? そんなの知らなーい! みそっかすちびっ子転生王女の私が、城出・出国して、安全な地でチート能力を駆使して、ワハハハハな生活を手に入れる、そんな立身出世のお話でぇーす! え?違う? とりあえず、家族になった亜人たちと、あっちのトラブル、こっちの騒動に巻き込まれながら、旅をしていきます。 R15は保険です。 更新は不定期です。 「みそっかすちびっ子王女の転生冒険ものがたり」を改訂、再up。 2021/8/21 改めて投稿し直しました。

愛されていたのだと知りました。それは、あなたの愛をなくした時の事でした。

桗梛葉 (たなは)
恋愛
リリナシスと王太子ヴィルトスが婚約をしたのは、2人がまだ幼い頃だった。 それから、ずっと2人は一緒に過ごしていた。 一緒に駆け回って、悪戯をして、叱られる事もあったのに。 いつの間にか、そんな2人の関係は、ひどく冷たくなっていた。 変わってしまったのは、いつだろう。 分からないままリリナシスは、想いを反転させる禁忌薬に手を出してしまう。 ****************************************** こちらは、全19話(修正したら予定より6話伸びました🙏) 7/22~7/25の4日間は、1日2話の投稿予定です。以降は、1日1話になります。

こういうの「ざまぁ」って言うんですよね? ~婚約破棄されたら美人になりました~

茅野ガク
恋愛
家のために宝石商の息子と婚約をした伯爵令嬢シスカ。彼女は婚約者の長年の暴言で自分に自信が持てなくなっていた。 更には婚約者の裏切りにより、大勢の前で婚約破棄を告げられてしまう。 シスカが屈辱に耐えていると、宮廷医師ウィルドがその場からシスカを救ってくれた。 初対面のはずの彼はシスカにある提案をして―― 人に素顔を見せることが怖くなっていたシスカが、ウィルドと共に自信と笑顔を取り戻していくお話です。

至らない妃になれとのご相談でしたよね

cyaru
恋愛
ホートベル侯爵家のファリティは初夜、夫となったばかりの第2王子レアンドロから「相談」をされた。 結婚はしてしまったがレアンドロは異母妹のルシェルを愛しているので、3年後に離縁し再婚したいという。 ただ離縁するだけではだめでファリティに何もしない愚鈍な妃となり、誰からも「妃には相応しくない」と思って欲しいとのこと。 ルシェルとの関係を既に知っていたファリティは渡りに船とばかりにレアンドロの提示した条件を受けた。 何もかもこちらの言い分ばかり聞いてもらうのも悪いというので、ファリティは2つの条件を出した。 ①3年後に何があっても離縁すること、②互いの言動や資産全てにおいて不干渉であること。 レアンドロはその条件を飲み、ただの口約束では揉める原因だと結婚の翌日、次に保管庫が開くのは2人が揃っていないと開けて貰えず、期日も3年後に設定された確実な保管法で正教会にその旨をしたためた書類を2人で保管した。 正教会で「では、ごきげんよう」と別れた2人。 ファリティはその日から宮に帰ってこない。 かたやレアンドロは「模様替え」の最中なのでちょっと居候させてと言うルシェル達を受け入れたけれど…。 タイトルの♡はファリティ視点、♠はレアンドロ視点、★は第三者視点です ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★1話あたりの文字数、少な目…だと思います。 ★10月19日投稿開始、完結は10月22日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません。

パーティー中に婚約破棄された私ですが、実は国王陛下の娘だったようです〜理不尽に婚約破棄した伯爵令息に陛下の雷が落ちました〜

雪島 由
恋愛
生まれた時から家族も帰る場所もお金も何もかもがない環境で生まれたセラは幸運なことにメイドを務めていた伯爵家の息子と婚約を交わしていた。 だが、貴族が集まるパーティーで高らかに宣言されたのは婚約破棄。 平民ごときでは釣り合わないらしい。 笑い者にされ、生まれた環境を馬鹿にされたセラが言い返そうとした時。パーティー会場に聞こえた声は国王陛下のもの。 何故かその声からは怒りが溢れて出ていた。

まさか、こんな事になるとは思ってもいなかった

あとさん♪
恋愛
 学園の卒業記念パーティでその断罪は行われた。  王孫殿下自ら婚約者を断罪し、婚約者である公爵令嬢は地下牢へ移されて——  だがその断罪は国王陛下にとって寝耳に水の出来事だった。彼は怒り、孫である王孫を改めて断罪する。関係者を集めた中で。  誰もが思った。『まさか、こんな事になるなんて』と。  この事件をきっかけに歴史は動いた。  無血革命が起こり、国名が変わった。  平和な時代になり、ひとりの女性が70年前の真実に近づく。 ※R15は保険。 ※設定はゆるんゆるん。 ※異世界のなんちゃってだとお心にお留め置き下さいませm(_ _)m ※本編はオマケ込みで全24話 ※番外編『フォーサイス公爵の走馬灯』(全5話) ※『ジョン、という人』(全1話) ※『乙女ゲーム“この恋をアナタと”の真実』(全2話) ※↑蛇足回2021,6,23加筆修正 ※外伝『真か偽か』(全1話) ※小説家になろうにも投稿しております。

えっと、先日まで留学していたのに、どうやってその方を虐めるんですか?

水垣するめ
恋愛
公爵令嬢のローズ・ブライトはレイ・ブラウン王子と婚約していた。 婚約していた当初は仲が良かった。 しかし年月を重ねるに連れ、会う時間が少なくなり、パーティー会場でしか顔を合わさないようになった。 そして学園に上がると、レイはとある男爵令嬢に恋心を抱くようになった。 これまでレイのために厳しい王妃教育に耐えていたのに裏切られたローズはレイへの恋心も冷めた。 そして留学を決意する。 しかし帰ってきた瞬間、レイはローズに婚約破棄を叩きつけた。 「ローズ・ブライト! ナタリーを虐めた罪でお前との婚約を破棄する!」 えっと、先日まで留学していたのに、どうやってその方を虐めるんですか?

処理中です...