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公爵令嬢の婚約事情

バトルロイヤルな謁見

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 謁見の間に着いたナディアとフィリップは、ドルフィーニ国王と対面していた。


「元気そうだな、ナディア」

「はい、ご無沙汰しております」

「そうかしこまるな。王都には戻りたくなかっただろうが、そなたへの求婚が後を絶たなくてな。そなたがいない事には何ともいかん状態なのだ」

「その件に関しましては父から聞いております」


 そう言って父であるフィリップをチラリと見た。
 フィリップはその視線を受け、国王へと進言する。


「陛下、ナディアはすでに求婚者の中からザクセンの王弟殿下を選びました。その他の求婚者には断りの手紙を書いておりますが、他国の王族に関しては陛下の方からもお願いしたい」

「何と、エラディオ殿を選んだのか?」

「はい」

「それはそれは…皮肉な物だなぁ」


 それもそのはず、エラディオはドルフィーニ国王が頼んでジョバンニの付き添いをさせたのだ。と言う事は、間接的ではあるが二人を引き合わせたのはドルフィーニ国王と言う事になる。
 まあ本当の所はもっと前にナディアを王宮の庭園で見たのがきっかけだが、国王がそれを知るはずもない。


「だがサーシス国第一王子やコルト国大公は本気のようだったぞ?あの二人が簡単にあきらめるとは思わんが」

「私の気持ちははっきりとお伝えしました。ですので、その後彼等がどう行動するかは私のあずかり知らない事かと思います」

「ほう。そなたがそう言うのであれば、余も何も言わんが…そう言えばジョバンニも戻って来ておるぞ」

「え」


 ジョバンニと聞いてナディアの表情が歪む。


「そのように嫌そうな顔をしてやるな」

「申し訳ございません。ですが殿下には散々な目に合わされておりますので」

「それを言われるとこちらも辛いが。して、ジョバンニと話はしたのか?」

「いいえ、全く。全力で逃げておりましたので」


 ニッコリと良い笑顔で返すと、国王は何だか疲れたような顔になる。
 そして侍従を呼んで何かを告げた。


「ナディアよ、これは国王命令だ。今ジョバンニを呼ぶから少し話を聞いてやってくれ」

「え…嫌です…」

「フィリップ、お主の娘は遠慮を知らんのか?お主とそっくりだな…」

「この件に関しては娘を全力で応援しておりますので」

「はぁ…、ナディアよ。このままだとジョバンニが全く前に進めんのだ。悪いが話を聞いてやってくれ」

「…そこまでおっしゃるなら」


 正直国王に言われているのだから、これ以上文句は言えない。それは分かっているが、どうしてもジョバンニに会いたくないと思ってしまうのは仕方がないだろう。それが分かっているからこそ、ナディアの失礼な発言にも国王は怒る事なく対応してくれている。


「これ以上私の我儘で政務に支障をきたす訳にはいきませんので」

「すまんな」


 国王が謝罪すると、ナディアが小さく首を振った。
 そして程なくして謁見の間に侍従がジョバンニを連れて現れた。

 慌てたような顔をしたジョバンニは、ナディアの姿を見て目を見開いた。


「ナディア…!やっと会えた…!」


 ナディアに駆け寄ろうとして寸前で護衛騎士に止められる。


「それ以上お近付きにならないようお願いします」

「くっ…、わかった…」


 一瞬文句を言おうとしたジョバンニだったが、国王の顔が目に入り足を止めたのだ。
 ナディアは駆け寄ってくるジョバンニの姿を見て、思わず2・3歩後ずさっていたのだが。
 ここであまりごねても仕方がないのは理解していたので、ナディアは貼り付けたような笑みを浮かべてジョバンニにカーテシーをした。


「お久しぶりでございます」

「ナディア…お前とずっと話がしたかった…」


 困ったように眉を寄せて笑みを浮かべるジョバンニは、サブリナと出会う前の彼のようにも見える。まるで憑き物が落ちたようなその表情を見て、ナディアもどこか安心してしまった。


「ナディア、お前にした事は決して許される事じゃない。あれ程ナディアを大切にしたいと思っていたのに、いつの間にかサブリナの虜になってしまい、お前を蔑ろにした事は今でも悔やんでいる」

「そうですか」

「だから…だからもう一度私と婚約してくれないだろうか…?」

「え、嫌です」


 急になんて事を言い出すのか。ナディアは驚きすぎて思わず反射的に断ってしまった。
 そしてまさか断られると思っていなかったのか、ジョバンニも驚いている。


「…今、嫌だと言ったのか?」

「はい、言いましたよ」

「な、何故だ!?」

「何故って、頭おかしいんですか?公衆の面前で冤罪吹っ掛けて婚約破棄しておいて、どうして私がまた殿下と婚約すると思うんです?」

「だからあれは洗脳されていたんだ!私の本心ではない!!」

「ですけどそんな事世間は知りませんわよね?」

「そ、それは…王家として秘匿するべき案件だから…」


 王子が簡単に惚れ薬で洗脳できたなんて世間に知られれば大変な事になる。サブリナの作った惚れ薬を悪用する人間が出て来る可能性があるからだ。と言うか、絶対出て来るだろう。
 だからこそ王家が秘密にするのは分かる。だが、それとこれとは別問題だ。


「百万歩譲ってそれはいいとしても、私が殿下と再び婚約する理由になりませんわね。何ですが、王太子に返り咲く為に私と再婚約が条件なんですか?」

「…!ち、違う…」

「違うはずはないと思うんですが…」


 チラリと国王に視線を向けるが、国王は知らんふりをしている。フィリップを見ると完全に無になっていた。
 これは二人は何も言うつもりはないのだろう。ナディアは呆れたように溜息をつく。


「では何故私と婚約したいのですか?まさか私が好きだとか言わないですわよね?」

「はあ!?あ、いや、す…好きに決まってる!」

「あ、そういう嘘はいいです。本題に入りましょう」

「…お前は何でそう可愛げがないんだ!」

「まあ、もう被っていた猫を脱ぐんですのね。堪え性がないのは変わりませんわねぇ」


 クスクスと笑うとジョバンニの顔が赤くなる。そして何かを言おうとしたその時。


「面白い話をしてるじゃねぇか、なあジョバンニ?」

「ドルフィーニ国王陛下、これはどういう事ですか?」

「ドルフィーニ国王陛下!何故ジョバンニ王子とナディアを会わせたんですか!」

「…あら?」


 エラディオとローデウェイク、そしてマティアスが現れたのだ。
 突然の登場にジョバンニが驚きながらも、三人の他国の王族に訝し気な視線を向ける。


「突然現れて何を言い出すのかと思えば。ナディアは私の婚約者だ。私とナディアが会う事は可笑しい事ではないだろう」

「は?お前ナディアに婚約破棄しただろ。それに今は俺が婚約者だ」

「おい、それはまだ認めていないぞ!」

「そうですね。今はまだ仮婚約です」

「仮じゃねぇよ、勝手に決めんな」

「え…」


 三人が口々に喋り出し、ジョバンニが目を丸くする。そしてナディアと彼等を交互に見た後、恐る恐る父である国王に視線を向ける。
 すると国王はニヤリと笑みを浮かべ、ジョバンニに向かって口を開いた。


「ジョバンニよ、ナディアは人気者でな。こちらの方々はナディアに求婚しておるのだ」

「なっ、ですがナディアは…!」

「お前が婚約破棄した」

「それは…!」


 ギリッと歯を噛みしめて悔しそうに下を向くが、すぐに顔を上げて三人に向き直る。


「…何が望みだ?」

「は?」

「何を言ってる?」

「望みとはどういう事かな?」


 ジョバンニの言葉にエラディオ、ローデウェイク、マティアスの順に口を開く。ジョバンニは不思議そうな顔をしている三人に向かってフンと不敵に笑ってみせた。


「ナディアを婚約者として迎えるメリットだ。サルトレッティ公爵家は我が国の中でもかなりの金と権力を持っているからな。大方ナディアの持参金やそれに付いて来る領地が目当てなのではないのか?」

「おい、もういっぺん言ってみろ」

「何だエラディオ。お前こそ本気でナディアの事を好きになったとか言うんじゃないだろう?」

「は?」

「コルト国大公殿下も、半年前にナディアと私のやり取りを見て同情でもされたか。サーシス国第一王子も、まさかナディアを王妃にするつもりか?自国の王太子に婚約破棄された傷物令嬢を迎える等、反対されるのは目に見えているじゃないか」

「ジョバンニ王子、今の言葉を取り消してもらえないか」

「ナディア嬢を侮辱するな!傷物はナディア嬢ではなく、ジョバンニ王子だろう!」


 馬鹿にするように喋り出すジョバンニに、国王も頭が痛いのか手を当てて表情を歪めている。フィリップに至っては隠す様子もなくジョバンニを憎々し気に睨んでいた。

 そしてナディアはと言うと。
 何でこんな事になっているのか理解できず、魂が抜けそうになっていた。

 そもそもジョバンニが自分にもう一度婚約者になって欲しいと言ってくる事自体が意味不明だ。
 レイナードいわく、昔はナディアに纏わりついていたらしいが(覚えていない)、色々と自覚する頃にはもうすでに冷たい態度を取られていたのだ。
 サブリナの一件でジョバンニには愛想が尽きたし、その事は国王も理解しているはずだ。それなのにこんな茶番に付き合わされるのは、何か意図があっての事かと考えた。

 そして無言で4人のやり取りを眺める。


「そもそも何故ナディアなんだ!貴殿らは王族だろう!?自国に婚約者はいないのか!?」

「俺は学園を卒業した後に婚約者の選定があるんだよ」

「私はそもそも大公なので婚約者を作る必要はなかったのでね」

「ならエラディオ、お前はどうなんだ!」

「俺か?」


 ジョバンニがエラディオに問いかける。一瞬間が開いたのでナディアがじっと見つめると、エラディオがナディアに優しく微笑み、そしてジョバンニに向かってニヤリと意地の悪い顔をした。




「なっ…」


 その瞬間、ジョバンニの顔がカッと赤くなる。
 何を隠そうそのセリフは、ジョバンニがサブリナとの事を正当化する為に、事あるごとに口にしていたからだ。


「クククッ、まぁそういう訳だ。お前には悪いがナディアはお前に返さねぇよ」


 そう言って笑うエラディオの顔は、大層悪い顔をしていたのだった。



 
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