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婚約破棄後の公爵令嬢
謝罪の意味
しおりを挟む「え…?」
ポツポツと呟くジョバンニに、ナディアがしれっと尋ねる。思わず間抜けな声を出してしまったジョバンニは、不思議そうにナディアを見つめた。
「何がって、どういう意味だ?」
「そのままですわ。殿下は一体何について私に謝ってるのですか?」
「何って…」
そう問われてジョバンニが口ごもる。
そして数秒考えた後、思いつく事を一つ一つ語りだす。
「まず、お前がいるにも関わらずサブリナに懸想した事だ」
「ええ、そうですね」
「それとサブリナばかりを構い、お前の事を蔑ろにした事…」
「ああ、そうでしたわね」
「サブリナがお前のいじめを捏造した事を疑わなかった事…」
「そんな事もありましたね」
「サブリナをいじめていると、お前に酷い態度を取った事…」
「あれは驚きましたわ」
「サ、サブリナと一緒になりたいから、お前を大勢の前で婚約破棄した…」
「とても刺激的な出来事でしたわ」
いちいち合いの手を打たれ、ジョバンニの勢いが削がれる。けれどここで怒っては謝りに来た意味がない。
そしてジョバンニにしてもこのくらいだろうと、謝罪の内容を打ち切った。
「こんな所だが…」
そう言ってナディアの表情を伺うと、貼り付けたような作り物の笑顔でこちらを見ていた事に気付いた。
「な、何だ」
「それだけでございますか?」
「は?」
「ですから、謝罪の内容は今ので全てでしょうか?」
「そ、そうだ…!」
「わかりました。ではお引き取りください」
「な、何故だ!?お前は…今の謝罪を受け入れる気はないのか!?」
「ありませんね。ですが殿下が今仰った事について謝った、その事実は心に留めておきます」
ニッコリと良い笑顔でそう告げ、ナディアはクルリと後ろを向く。
そして来た道を引き返すように屋敷へと戻ろうとしたため、ジョバンニが慌ててナディアの腕を掴んだ。
「待て!何故だ!?一体何が気に入らないんだ!!」
「何をと申されましても…言っても理解していただけないでしょうし、それに私達はもう婚約者ではございませんので、誤解を解く必要もないのでは?というか、離してください」
「そ、それでは困るんだ!!」
「では殿下はどういった目的で私に謝罪してらっしゃるんです?大体あんなに私を毛嫌いしていたのに、今更謝りに来る意味がわかりませんわ」
「お前が謝罪を受け入れてくれないと、私は…!!」
「…ああ、結局は自分の為でしたのね」
こんな事だろうとは思ってはいたが。
それでもこんな事くらいも取り繕えないのかと思うと情けない。
どうせ国王にナディアへの謝罪と、その謝罪の受け入れを要求されたのだろう。それが出来ないのであれば降下させるとでも言われたに違いない。
ヴェロニカ王女は今年で10歳。まだまだ子供だ。
それならばジョバンニが今回の不始末をきちんと片付け、これから挽回していけば再び王太子に返り咲く事もできるだろう。
だが国王はそれを良しとせず、こちらに誠心誠意謝罪する事を条件としたはずだ。
その為の見届け人がエラディオ・ファン・ザクセンだろう。
下手に部下を付ければ身分を盾にして謝罪したと言わせる事ができる。が、隣国の、それも王弟である彼であればごまかしはきかない。
親交の為に来国していた隣国の王族だが、エラディオと言う人物はかなりの自由人だと聞いている。王とは10歳程歳が離れているとも。
隣国の王はまだ若く、今年で30歳を迎えたばかりだ。その10歳下と言う事は今年で20歳だろう。
今年学園を卒業するジョバンニとは(ナディアともだが)二つしか離れておらず、友人のような気安さだった事を考えると、すでに何日も王宮に滞在しているのだろう。
卒業式を間近に控えたナディアは、生徒会の仕事が多かった事もあり、最近は王宮へ上がっていなかった。
だからこそ彼の事を知らなかったとも言える。
まあ、生徒会長はジョバンニだったのだから、本来ならば彼も忙しいはずだったのだが。日頃から全ての業務をナディアに押し付けていたので言うに及ばずだが。
「殿下、もうお帰りください。私は貴方に今までされた事を無かった事にはできません」
「な、何故だ!私がこうして謝罪しているのに…!」
「殿下が本当に私に悪いと思っているのなら、これからの態度で示してくださいませ。学園の時のように嫌な事を避けるのではなく、やるべきことに真髄に向き合い、国の為民の為を考えて行動し、他人の気持ちを汲めるように努力してください。それができた時、改めて謝罪を受け入れます」
「はあ!?お前…一体何様のつもりだ!王族である私が謝罪しているのにもかかわらず、受け入れる為に条件を付ける等無礼にも程がある!」
「ほら、それですわ」
「何だ!」
今度こそ冷たい目でジョバンニを見据える。
「殿下の態度はとても反省しているようには見えません。私に対しても心底悪い事をしたと思っていないでしょう」
図星を突かれて言葉を詰まらせるジョバンニを冷めた目で見つめる。
「私、殿下の事が嫌いです」
「は…?」
何を言われたのか理解できなかったのか、間抜けな返事をする。けれどナディアは言葉を続けた。
「婚約者になってから今まで一度も私を見てくださらなかったではありませんか。私の好きな色は何か知ってますか?趣味は?好きな食べ物は?休日に何をしているのか、友人は誰だとか知ってます?」
「そ、それは…」
「貴方に私の事をとやかく言う権利は一つもないわ」
「ナ、ナディア…?」
一瞬取り繕うのを忘れ、素で喋ってしまう。けれど取り乱す事もなく扇子で口元を隠し、フイっと視線をそらした。
「もう本当にお帰りください。殿下が今後どうなろうと、全て自業自得です。私が殿下の尻ぬぐいをするなんて真っ平ですから」
「お、おい!」
振り払われた手を再び掴もうとしたが、スルリとすり抜けられる。そして今度こそ振り返る事なくナディアはスタスタと歩き、先に屋敷の中へと戻ってしまった。
後に残されたジョバンニは途方に暮れたように視線を落とす。
そこへ誰かが近付いてくる気配がし、ジョバンニが顔を上げた。
「誰だ!」
「俺だよ」
そこにはニッコリと笑うエラディオが立っていた。
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