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マルカ、ビクトリアを利用する

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 あれから一か月。

 マルカが言っていたダンスの試験日が来た。

 ダンスの試験日は、社交界のパーティーを想定して行う為、アカデミーのホールでしっかりとドレスアップをして挑まないといけない。

 そして、その日は学年は関係なくパートナーを選べるのだ。

 まずはお互い挨拶から始まり、ダンスの良し悪しは勿論最後の挨拶までが試験内容だ。
 試験日までに男女ともにパートナーを選ぶ必要があるが、選ぶ相手がいない場合は当日にダンスを申し込むのもアリだ。
 そして、どうしても相手が見つからない場合は、言い方は悪いが余った者同士で踊らないといけない。
 だからこそみんなそれぞれダンスの試験日までに、必死にパートナーを探すのだ。

 ビクトリアの相手は、レオカディオだ。
 告白されて以来レオカディオはビクトリアに対して遠慮がなくなった。
 と言うか吹っ切れたようにビクトリアを口説きに来るのだ。

 当然耐性のないビクトリアはただ慌てるだけだが、今回のダンス試験も当然のように誘われた。


「俺の誘いを受けてくれるか?」

「レオ様…」

「お前が断るんなら、俺は試験日休むからな」

「そ、それはずるいです!そんな事言われたら断れないじゃないですか!」

「ならOKって事でいいよな」


 ニヤリと不敵に笑うレオカディオにビクトリアは悔しくもなるが、その反面どこか喜んでいる自分がいる事も分かっている。
 最初から人懐っこいレオカディオに対して悪感情は持っていなかったし、どちらかと言えば好感を持っていたのだ。
 そんな相手から告白され、毎日のように自分の元に通われたら、多少なりとも絆されても仕方がないだろう。


「…べ、別に試験のパートナーになるくらいなら…」

「よし!撤回するなよ?」

「し、しないわ!あ、し、しませんって!」

「だから敬語いらねーって」

「う…」


 レオカディオに翻弄されっぱなしのビクトリアは悔しそうにレオカディオを睨む。
 けれどそんな表情も可愛く見えてしまうのだから、レオカディオが嬉しそうに笑うのだ。

 そんな訳で、試験日当日ビクトリアはレオカディオと共にダンスホールへと向かった。
 そしてそこで目にしたのは、ライモンドにエスコートされるマルカの姿だった。


「ライモンド様…」


 ビクトリアが呟くと、レオカディオも二人の方へと視線を向ける。
 必要以上にくっついて歩くマルカに頭が痛くなるところだが、肝心のライモンドの表情が完全に死んでいた。


「ありゃあ…随分と疲れてんな…」

「そう見えるわよね…」


 すっかり敬語が取れてしまったビクトリアは、レオカディオの意見に賛同するように頷いていた。
 そして、周囲の様子を伺うと。


(あ、フロレンツィア様とベルトランド殿下だわ…)


 少々ぎこちない様子ではあったが、ベルトランドとフロレンツィアが二人でホールに入場してきた。
 ヒースも表情が完全に消えているカサンドラをエスコートしている。


「みんなまだ仲直りしていないのね…」


 思わず呟くと、レオカディオが苦笑を漏らす。


「仲直りって、ほんとトーリは可愛いよな」

「なっ…!」


 突然のレオカディオのセリフにビクトリアが顔を真っ赤にする。
 ジロリとレオカディオを睨むが、当の本人はケロッとしているのだ。


「そんな顔しても可愛いだけで怖くないって」

「ちょ、そういう事を今言わないでって…!」

「何で?」

「何でって、今は試験中なのよ?びっくりしてミスしちゃう…!」


 両頬を手でペチペチと叩き、ビクトリアが気を取り直す。
 その時二人の様子を見ていたマルカが、何を思ったのかライモンドの腕を引っ張ってビクトリアの方へと近付いて来た。


「ビクトリアちゃん」

「マルカ…」


 突然声をかけられ、ビクトリアが警戒する。
 が、マルカはほんの少しだけ口元を歪ませ、そしてすぐに可愛らしく微笑んで見せた。


「何だか話をするの、久しぶりじゃない?」

「そうね」

「最近ビクトリアちゃんってばあたしに意地悪ばかりするから距離を置いてたけど、そろそろ許してあげてもいいなって思って」

「…」


 意地悪なんてした覚えはない。
 そしてそんな上から言われても、「はい、そうですか」と言えるはずもなく、思わずビクトリアは黙り込んだ。
 するとそんなビクトリアを見てマルカがたたみかける様に話し出す。


「何で黙っちゃうの?やっぱりビクトリアちゃん、あたしと仲良くするの嫌なんでしょ」

「そんな事ないわ」

「嘘よ。だって今もせっかく許してあげるって言ってるのに、何も言わないじゃない」

「…マルカに許してもらわないといけないような事なんてしてないからよ」

「酷いっ」


 ビクトリアの言葉に傷ついたような表情を浮かべ、ライモンドの腕にしがみつく。
 そして目を潤ませてライモンドを見つめ、周囲に聞こえるような声をわざとあげて話し出した。


「あたしはビクトリアちゃんと仲良くしたいのにっ!なのに、何でそんな意地悪するの!?いくらあたしがライモンド様やベルトランド様と仲良くしてるからって…!」

「誰もそんな事言ってないし思ってないわ。マルカ、今は試験中よ?騒がない方がいいわ」

「酷いわっ、そうやって自分は真面目ぶるのね!レ…ア、アクレス公子様とだってそんなに親密にして!あたしの事は蔑ろにしてる癖にっ!」

「今の話にレオ様の事は関係ないでしょう?それに第二王子殿下の事を名前で呼ぶのは不敬よ」

「学園では平等でしょ!何がいけないのよ!」

「だから、平等の意味が違うって何度も教えたじゃない。身分が平等じゃなくて、内申書や成績の採点が平等に評価されるんだって」

「ホラ、そうやってあたしを馬鹿にする!」


 こうも話が通じないと、頭が痛くなってくる。
 どうしてもビクトリアを悪者にしたいようで、こちらを涙目で睨みつけてくるのだ。


「もういいわ」


 諦めたようにビクトリアが呟く。


「何が?」


 訝し気な表情でマルカが尋ねると、ビクトリアは悲しそうな表情で笑顔を浮かべた。


「ずっと友達だと思ってたけど、私の思い違いだったみたいですね。

「えっ…」

「そのように声を荒げて苦情を申し立てられるのでしたら、今後私はホークス子爵令嬢と関わらないようにいたしますわ」

「え、ビ、ビクトリアちゃ…」

「もう友人ではございませんので、家名でお呼びください。では私はこれで」

「ちょ、待ってよ!」


 マルカが声を荒げるが、ビクトリアはフイッと顔を背けて歩き出す。
 その隣に寄り添うようにレオカディオが着いて行った。

 そんな二人の後姿を見て、マルカは呆然としている。


「な、何で…ビクトリアちゃん…」


 これはマルカにとってただの茶番なのだ。
 自分がヒロインとして周囲の男性達に愛される為の茶番で、自分の味方であるビクトリアがあんな態度を取るなんて思ってもみなかった。


「…ホークス子爵令嬢」

「えっ、あ、はい!何ですか、ライモンド様」


 つとめて明るい表情で笑顔を作り、ライモンドに微笑む。
 だが相変わらずの無表情のライモンドは、マルカの方を見ずにビクトリアの後姿に視線を向けたまま言葉を続けた。


「ビクトリア嬢は貴女の友人では?」

「は、はい、そうですけど…」

「なのに貴女は彼女をあんな風に傷付け、そして自分の悪い所には気付かないんだな」

「えっ…」


 マルカが驚いてライモンドの顔を凝視する。
 酷く冷たい目をしたライモンドが、視線だけマルカに向けて呟いた。


「とにかく、今は試験中だ。これ以上無駄話はよそう」

「え…、あ…はい…」


 ライモンドに気圧され、マルカが思わず黙り込む。
 すぐに視線をそらしたライモンドの目線の先に、ビクトリアがいる事に気付く。


(何よ…ビクトリアちゃん…!自分ばかり…っ!)


 ギリッと音がたちそうなくらいに歯を噛み締め、手をぎゅっと握りしめる。
 そしてそんなマルカの様子を遠くから眺めていたベルトランド達は、今更ながら自分達の最近の行動を悔いたのだった。


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