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現れた第一王子

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「第一王子殿下に拝謁いたします」

「ビクトリア嬢、畏まらなくても構わない。私は今日は私的な用事でここに来ただけだ」

「私的な用事と言えば…」

「勿論アデルに会いに来たんだ」


 アデルとはアデライドの愛称だ。
 アルフォンスとアデライドも仲のいい婚約者同士で有名で、卒業したアルフォンスもアデライドの様子を見に時々アカデミーに来る程だ。

 悠々と部屋の中まで移動したアルフォンスは優雅にソファに座り、メイドにお茶を頼んでライモンドに視線を向けた。


「ライモンド、説明を」

「はっ」


 アルフォンスに説明を求められ、ライモンドは先程までの事を端的に説明する。
 そして「ふむ…」と何かを考えるようにアルフォンスが手を顎に当てると、チラリとビクトリアの方へと視線を向けた。


「ビクトリア嬢はホークス子爵令嬢と友人だったな?」

「あ、はい。友人と言うか、腐れ縁と言いますか…」

「領地が隣同士で親交があった」

「その通りです」


 聞くまでもなくアルフォンスは知っていたようで、聞くと言うよりも確認すると言った感じだ。


「彼女はさっき私にも声をかけて来たよ。まさか直接声をかけられるなんて思ってなかったが、中々に失礼で図々しくて厚かましいご令嬢だな」

「兄上、そこまでは酷くないのでは…」

「は?お前本気で言ってるのか?ヒースも同じように考えているのか?」

「え?お、俺は…まあ、そこまでは思ってないって言うか…」

「これは…ライモンド、お前は違うだろう?」

「当然です」


 ライモンドが顔色を変えずに返事をすると、アルフォンスは安心したように頷く。
 が、ベルトランドとヒースには厳しい視線を向けた。


「ベルトランド、お前は王族たる意識が足りないな」

「なっ、そんな大げさでは…」

「王族の心得23条の1」

「え」

「言ってみろ」


 急に王族の心得を言えと言われ、ベルトランドが慌てる。
 が、そこは第二王子とは言え王族の一人だ。
 スラスラと23条とやらを語りだした。


「いかなる場合でも公平な立場で物事を考え、王族として恥じない行動をするべし」

「23条の2」

「王族は国の象徴であり、そして国の礎である事を忘れてはいけない」

「23条の3」

「武力を持って政事を行ってはならない。民を見下す者は人の上に立つ資格なし」

「23条の10」

「色事に溺れる者は破滅を招く。どのような形であれ、パートナーとなる者を大切にしなければならない。これができない者は王族である事をやめ、臣民に下るべし」

「23条の15」

「恋に溺れる者は国に混乱を招く恐れあり。個人の感情を優先して大局を見誤るな」

「23条の21」

「物事には裏と表が存在する。表面しか見ない目は必要ない。必ず裏も内部もしっかりと見極めなくてはならない」

「…言えるじゃないか」

「何ですか、兄上。言えないはずないですよ…」


 抜き打ちテストのような事をされ、ベルトランドが冷や汗をかく。
 が、とりあえず兄の納得がいく答えを言えたらしく、ホッと胸をなでおろした。

 だがそんなベルトランドを冷ややかな目で見ていたアルフォンスは、呆れたように溜息をつく。


「それだけしっかりと言えるのに、何故こんな事になっているんだ?お前は王族の心得をただ暗記しているだけなのか?その頭でしっかり理解していないのか?」

「な、兄上!私を侮辱するつもりですか!?」

「侮辱だと思うのなら、私が今あげた心得の内容を思い出してみろ」

「は…?」


 そう言われてベルトランドが何を聞かれたのかもう一度頭の中で整理する。
 そしてある事に気付いたベルトランドはカッと顔を赤くしてアルフォンスに抗議した。


「私はマ…ホークス子爵令嬢に恋情なんて持っていません!」

「今名前で呼ぼうとしたな?」

「そ、それは…ちょっと間違えただけで…」

「普段から呼んでいなければそんな間違いはしない」


 そりゃそうだ、とビクトリアは心の中で頷く。
 それにしても自分はいつまでこの場所にいればいいのだろうか。
 もうすでに帰りたいと言うか、帰ってもいいんじゃないかと思い始めていた所だ。
 大体、ベルトランドやヒース達がマルカにいい顔しだしたから問題なのだ。
 確かにマルカは美少女だが、最初から彼女が下心を持って近付いている事を告げているのに、マルカに対して警戒心を解くからこんな事になっているのだ。


(もっと反省するべきよ)


 ビクトリアは女にだらしない男は嫌いだ。
 普通女性であればそういう男性は嫌いなのは当然だが、ビクトリアは男女間に関してかなりの潔癖症なのだ。

 普段婚約者が好きみたいな態度を取っている癖に、ちょっと可愛らしい女の子が現れたら鼻の下を伸ばすなんて(実際ベルトランド達は伸ばしていないのだが)とにかく許せない。

 そこまで考えてふとライモンドを盗み見る。


(そう言えばライモンド様は変わらないわね)


 ライモンドだけはマルカの突撃にあからさまに不快感を露わにしている。
 ほんの少しの隙も見せず、一ミリも誤解させない態度を貫いていて、本当に徹底して距離を取っているのだ。

 じっと見つめているとライモンドに気付かれ、不思議そうに視線を返される。


「どうかしたか、ビクトリア嬢?」

「えっ、いえ、ただ…」

「ただ?」

「ライモンド様は婚約者がいらっしゃらないので恋愛は自由ですよね?」

「まあ、ある程度の制限はあるが…そうだな」

「ですがマルカに対しては態度が変わらないなと思いまして」


 あれだけの美少女に言い寄られてるにも関わらず、絆される様子が全くないのだ。
 それを告げるとライモンドが不快そうに顔を歪ませた。


「顔が良ければ誰もが好きになると言ったものではないだろう。実際ベルトランド殿下やヒースも見た目はいいが、寄ってくる女性の種類が違うのがいい例だ」

「それはそうですけど、男性はああいう可愛らしい女の子が好きですよね?」

「それは人によるだろう。ホークス嬢を可愛いくて魅力的だと思う男もいれば、確かに可愛いがそれだけだと感じる男もいる。全ての男があの毒女に好意を寄せるとは限らん。実際ビクトリア嬢はベルトランド殿下やヒースの事をどう思う?」

「それは…素敵な男性だとは思いますが…」

「それ以上の感情を二人同時に持つか?」

「それはないですね」


 あっさりと答えると、ライモンドがニッと笑みを浮かべる。
 つまりはそういう事だと言わんばかりの表情でビクトリアを見つめた。

 そのやりとりを黙って聞いていたベルトランドとヒースがばつの悪そうな顔をしている。


「そう言われてしまうと立つ瀬がないな…」

「俺も別に誰でもいって訳じゃないけど…」

「だがそう思われても仕方がないと言う事だ。今のライモンドとビクトリア嬢の会話を聞いていて理解したか?」

「「はい…」」


 二人がすっかり項垂れてしまい、何だか可哀そうに見えてくる。
 だがフロレンツィアやカサンドラは今、アカデミーで肩身の狭い思いをしているのだ。
 そんな時に寄り添うのが婚約者なのに、当の本人達は何も知らないと言った顔でマルカと談笑していれば、彼等の婚約者が呆れないはずがない。


「そもそも愛だ恋だと言う前に、お前達の婚約は政略が殆どを占めているんだ。そこを念頭に置いて行動すれば、あんな変な女に纏わりつかれる事を放置するなんてありえないだろう」

「それは…そうなんですが…」

「そこまで思ってなかったって言うか…」

「まさかアカデミーの生徒の間は好きなようにできるとでも思っていないだろな?」

「…」

「い、いえ…」


 ベルトランドとヒースはアルフォンスにとうとう反論出来なくなっていた。
 どうやら少しくらい自由にしても大丈夫だと思っていたようだ。

 ヒースはともかくベルトランドまでそんな風に考えていたのなら、これから彼を見る目が変わってしまう。
 フロレンツィアはベルトランドとの婚約が政略だと言う事をしっかり理解しているので、この程度で婚約を解消する事はないだろう。
 さっき出て行ったのも、ある意味パフォーマンスだ。

 だが釘を刺されたこの二人がそれに気付いていなければ意味がない。

 だからこそのアルフォンスだろう。


「お前達のこれからの行動はしっかり監視しておく。と言うか、そもそもいつも監視されてるぞ」

「え、兄上…それはどういう意味ですか?」

「ちょっと考えれば分かるだろう。お前は王族なんだぞ?王族が在学中は特に警備関係は厳重にされる。暗部もついているし、むしろ学生の何人かは父上や母上の命を受けた者もいるぞ」

「え…」


 それ、今さらしてもいい情報なんだろうか。
 そう思ってビクトリアがアルフォンスに視線を向けると、ビクトリアの視線に気付いたアルフォンスがニッコリと微笑んだ。


「気にしなくてもいい。どうせ知った所でどこで誰に見られているかなんてわからないからな。それよりも自分の立場はどこでも誰にでもいつも必ず見られていると自覚するべきだ。それが王族である所以であり、それが嫌ならば早々にその立場を捨てればいいだけの事。…分かったか、ベルトランド」

「…はい、兄上。申し訳ありません」

「謝るのはフロレンツィアにだ。ヒース、お前も婚約者に謝っておけよ」

「はい…そうします…」


 項垂れる二人の返事に満足したアルフォンスは、再び冷めたお茶に手を伸ばす。

 さすがは第一王子。
 ベルトランドも完璧な王子様だと思っていたが、その上を行く人物だなと思ったのはビクトリアだけではなかった。




 
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