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水に濡れる美少女とは
しおりを挟むどうやらマルカはライモンドが来たタイミングで、わざと噴水にダイブしたようだ。
それもそのはず、さっきまで噴水の縁に座ってぶつぶつと呟いていたのだから、突然噴水に落ちる事なんてないだろう。
(それよりも風邪ひいちゃうわ!)
こうなったら覗いてたのはさておき、マルカの元へ行かないといけない。
ビクトリアは速足で二人の元へ向かうと、二人の会話が耳に入って来た。
「大丈夫か?急に噴水に落ちるから驚いたよ」
「は、はい。すみません…あたしったらそそっかしくって…」
そのセリフ、昼間も聞きました。
と言いたくなるのをぐっとこらえる。
どうそそっかしかったら噴水に落ちるんだと言ってやりたいが、とにかくそれよりも早くあの場に行かないと。
けれどこちらの気持ちもむなしくマルカの暴走が始まる。
「あのっ、あたし…噴水に大切にしてるハンカチを落としてしまって、拾おうと思ったんです!そしたら滑っちゃって…」
「それはいいけど早く出た方がいい。風邪を引いてしまう」
「えっとぉ、また滑ったら怖いので手を貸していただけませんか…?」
「え?手を?」
と言うか、普通にこういう状況に遭遇すれば手を貸すくらいしそうだが、目の前のライモンドという男は腕を組んで立ったままだ。
全くと言っていい程助けようとする様子がない。
それにマルカの申し出にも「何で?」みたいな顔をしている。
(ああもうっ!)
ビクトリアは二人の前に飛び出し、差し出していたマルカの手を両手でガッチリと掴んだ。
「マルカ!何で噴水で水浴びなんてしてるのっ!」
「は?」
「ぶっ」
ビクトリアの言葉にマルカが顔を歪め、何故かライモンドは小さく吹き出していた。
思うにあれば完全に笑っている。
そして突然現れたビクトリアにマルカも不満そうな顔をする。
「ビクトリアちゃん、何しに来たのよ?」
「貴女が噴水で水浴びしてるから助けに来たんでしょ。ホラ、早く立って」
「ちょっ、邪魔しないでよ!あたしはライモンド様に助けてもらいたいのっ!」
「は?私は君に自己紹介したか?」
「そんなの!聞かなくても見ればわかりますぅ~!綺麗なシルバーブロンドの髪にサファイアのような瞳の素敵な男性と言えば、ライモンド様しかいませんっ!」
「マルカ!馴れ馴れしいわよ!デアンジェリス様でしょ!」
「もう何よ!いいじゃないの別に!」
またも膨れるマルカにビクトリアの頭の血管が切れそうになる。
するとそこへいつの間にかついて来たらしいレオカディオが、ケタケタと大声で笑いだした。
「ハハハハハ!なんだこの破天荒な女!おいトーリ、お前こんなヤツと友人なのか?」
「ちょっ、アクレス様…!」
「レオだ、もう忘れたのか?」
「レ、レオ…様っ、笑わないでくださいよ!」
「レオカディオ、知り合いか?」
「あ、すんませんライモンドさん。破天荒女は知らないっす」
「…!!」
突然現れたレオカディオにライモンドが目を丸くしている。
が、この間マルカはずっと水の中だ。いい加減出てこないと本当に風邪を引くと思うが。
そう思ったのはビクトリアだけではなかったようで、ライモンドもふぅっと息を吐く。
そしてマルカの手を握っているビクトリアの手ごと、マルカを引っ張り上げた。
「君も我が儘を言ってないで早く水から出るんだ。ご友人が心配してるだろう?」
「やだ、ちゃんとあたしの手を握って欲しかったのに」
「握ったじゃないか。彼女の手ごと」
「…」
そう言われて立ち上がったマルカは渋々噴水から出てきた。
というか、何事かと近くにいた生徒達が集まってきている。これは非常にまずい状況だ。
「マルカ、とにかく寮へ行こう?そのままだと風邪ひいちゃう」
「それよりも、助けてくださってありがとうございます!あたしマルカ・ホークスって言います!」
「マルカ・ホークス?ああ、ホークス子爵の…」
「はいっ!あたしの事はマルカって呼んでください、ライモンド様」
「…デアンジェリスだ」
「えっ、お名前で呼んじゃダメですか?」
マルカがあざと可愛いポーズでライモンドを見上げる。
うん、美少女だ。
ここだけ見れば水に濡れた美少女がいる。
遠巻きに見ている男子生徒達の顔が赤くなっている所を見ると、やはりマルカの美少女っぷりは半端ないのだろう。
だが目の前の人物をしっかり見るべきだ。
ライモンド・デアンジェリス公爵子息。
デアンジェリス公爵の第一子で、アルフォンスの側近だ。
父であるデアンジェリス公爵もこの国の宰相職に就いており、アカデミーでは生徒会副会長を務めている超大物。
そんな人物に臆する事なく物申すのはすごいと思うが、内容がとんでもなく図々しい。
「…君、昼間にベルトランド殿下に絡んだ女子生徒だな」
「絡んだだなんて!ぶつかっただけです!」
「ぶつかる事自体不敬なんだが、そうか。なるほど、納得がいった」
「おいトーリ、この破天荒女、殿下にぶつかったのか?」
「ぶつかったと言うか、ぶつかりに行ったと言うか」
出会いの為に出合い頭にぶつかりに自ら突進したのだ。
そのことをどうやらライモンドは知っているようだ。
「とにかく、君の事を名前で呼ぶ事はしないし、私の名を勝手に呼ぶ事も許可しない。分かったならさっさと寮に戻って着替えてくるんだな」
「そんな、名前くらい…」
「しつこい」
「っわ、わかりました!でもあたしの事はマルカって呼んでくださいね!じゃあもう行きます!」
「あ、ちょっとマルカ!」
バタバタと足音を立ててマルカが立ち去る。
そして訪れる静寂。
集まっていた生徒達もバラバラと立ち去り、その場に残されたビクトリアは何とも言えない空気に耐えられず、自分も立ち去ろうとライモンドにお辞儀をした。
「デアンジェリス公子様、友人が大変失礼をして申し訳ありませんでした」
「君は…」
「申し遅れました。私はビクトリア・メル・ディアゴスと申します」
「君がディアゴス辺境伯のお姫様か」
「え」
その瞬間バッとレオカディオの方へ振り返る。
が、レオカディオはキョトンとした顔で、首を横にブンブンと振った。
それを見ていたライモンドがクスリと笑みを浮かべる。
「レオカディオに聞いた訳じゃない。君は自分が世間で何と呼ばれているのか知らないのか?」
「え…何か呼び名なんてあるのですか…?」
本当に分からないといった様子のビクトリアに、ライモンドが苦笑を漏らす。
その姿を見たまだこの場に残っていた生徒達から、一瞬ザワリとどよめきが起こった。
「え、何?」
「君は」
周囲の騒めきに気を取られたビクトリアが、一瞬だけライモンドから視線を外す。
すると至近距離に人の気配がし、視線を戻すといつの間にかとんでもなく近くにライモンドが立っていた。
「っ、え、な…」
思わず後ずさろうとしたが、背後には噴水。
マルカではないが噴水の縁に足を取られ、ひっくり返りそうになった。
「わわっ…!」
「おっと」
「!」
ぐいっと、ライモンドがビクトリアの腰に手を回し引っ張る。
突然密着してしまう羽目になり、遠巻きに見ていた生徒達から何やら悲鳴が起こった。
けれどすぐにレオカディオがライモンドとビクトリアを引きはがす。
「おいライモンドさん、くっつきすぎだろ」
「何だ、助けただけだろ」
「それでもだ。コイツはディアゴスのお姫様だぜ」
「ふむ」
一体何の話なのかビクトリアにはさっぱりだ。
そしてオロオロしているビクトリアを見たライモンドは、フッと優し気に微笑んだ。
「君も友人で苦労しそうだな」
「え、あ、はい。あ、助けてくださってありがとうございます」
「いや、構わない。では私はこれで」
「はい」
結局質問に対する答えはもらえず、ライモンドは颯爽と立ち去った。
「…はぁぁ、疲れた…」
「そんなに緊張するか?」
「緊張とかじゃなくて、マルカの事で疲れたんです」
「あー、あの破天荒女か。見た目は悪くないのに残念な頭だよなぁ」
「うん…黙ってればとっても可愛いのに」
「そうか?俺からすればお前の方が可愛いけど」
「え」
さらりとすごい事を言われ、ビクトリアの動きが止まる。
そして恐る恐る隣に立つレオカディオに視線を向けると、平然とした様子でこちらを見て笑顔を浮かべていた。
「さ、そろそろ夕食の時間だし寮に戻るぜ」
「…はい」
これはまあ、突っ込むような内容ではないのだろう。
少々驚いたがこういう誉め言葉は社交界ではよくある事だ。
気にする事はやめようと、ビクトリアも気を取り直して歩き出した。
「…何だ、もっと気にするかと思ったのに」
「え、何か言いました?」
「いーや、何にもねーよ」
「?」
ボソッと呟いた声を拾われたが、その内容まで聞こえなかったようだ。
ビクトリアは不思議そうにした後、スタスタとレオカディオの前を歩き出す。
そして仕方がないと苦笑漏らしたレオカディオは、ビクトリアの後に続くのだった。
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