上 下
17 / 31

緑と公園とかくれんぼ

しおりを挟む
『魔法のステッキよ、私を導いてくれ』
『うおぉー! どこだー!』

「…………」
「…………」

 外から通普と鈴ちゃんの声が聞こえてくる。
 もちろんその声に返事などするわけもなく、隠れ場所である倉庫の中で息をひそめる。

『必殺魔法をお見舞いさせ五臓六腑をぶちまけさせる、その獲物はどこにいるのかな』
『み、緑ぃー! ど、どこにいるんだぁー!』

「……………………」
「……………………」

 鈴ちゃんがなんだか恐ろしいことを言っている。よりいっそう見つかるわけにはいかなくなった。そしてなんで通普は俺を探しているんだ。

『ステッキが答えてくれない……つまり、贄を用意しろということだな? ステッキよ』
『緑ぃいい! 何か鈴ちゃんが怖いよぉおお! 二人きりにしないでくれぇええ!』

「…………………………」
「…………………………」

 すまない通普、俺はそこに飛び出す勇気はない。

 それにこっちだってそれどころではないのだ。倉庫の中にいるのは、俺だけじゃないのだから。
 そう、この倉庫には俺以外にもいるのだ。

 ……落ち着け、落ち着くんだ緑。ここで慌てても見つかる危険性を増やすだけだ。

 ひとまず仮面を外す。こんな狭い倉庫に二人もいれば、息苦しくて仕方ない。仮面を外して深呼吸しよう。すぅはぁっと。

 ――ふぅ、オーケー落ち着いた。じゃあ冷静になったところで、現状の再確認をするとしよう。
 …………よし。

「な、なんでココア・ブラウンもいるんだよ!」
「お、おぬし! 声が大きいわ!」

 倉庫の中にはココア・ブラウンがいた。

 まさかのまさか、隠れ場所がココア・ブラウンと被ってしまった。しかも近くには通普と鈴ちゃんがいるため、場所を変更することもできない。俺は公園から逃げる目的があるため、鈴ちゃんだけでなく通普にも見つかってはいけないのだ。

「大体なんでお前が隠れてるんだよ! 普通はチームのリーダー的役割のやつが探す側だろ!」
「う、うるさいわ! そんなのわれの勝手であろう!」
「あとどうして鈴ちゃんはあんな物騒なことを言ってるんだ!」
「あれはわれのせいではないわ! われだって味方のはずなのにちょっと怖いのだぞ!」

 まさか鈴ちゃん、心の奥底にはあんな性格が隠れていたのか……?

 見つかったら何をしてくるかわからないぞ、あれ。
 かくれんぼの緊張感ハンパじゃないぞ。

「大体なんであの人を洗脳してんだよ!」
「そ、それはたまたま近くいたから……し、仕方なかろう」

 そんな理由で洗脳された鈴ちゃんが不憫でならない。
 そう言い訳しながら、ココア・ブラウンはつけている仮面を外し、腰のあたりに括り付けた。そうしてさらされた表情は、俺の文句に対し、まるで不満があるように唇を尖らせていた。むかついたから頬っぺた引っ張ってやる。

「そもそも! お前が洗脳してなければいい話なんだよ!」
「いひゃいいひゃい! ひっふぁるな!」

『むっ! こっちから声が聞こえた気がするぞ!』

「「――――ッ!?」」

 慌ててココア・ブラウンの口を手で塞ぐ。ココア・ブラウンも同様に、俺の口を塞いできた。

「……おい、お前のせいで見つかるところだったじゃないか」
「……なぜおぬしは仲間からも隠れているのだ……」
「くっ、しかしどうしたものか」

 通普が近くにいる以上、倉庫から出ていくことは出来ない。それに、逃げようとすればココア・ブラウンに怪しまれてしまうだろう。
 と、ここであることを閃く。

 ココア・ブラウンを囮にすれば逃げられるのではないか?

「おいココア・ブラウン、お前この倉庫から出ていけ」
「ふざけるな! そんなことをしたら見つかってしまうではないか! そんなことを言うならおぬしが出ていけばよかろう。どうやら近くにはシンプル・グリーンしかいないようだしの」
「そっちこそふざけるなっ! そんなことをしたら見つかっちゃうだろうが!」
「だからなんでおぬしは味方からも隠れておるのだ!?」

『むっ!? やはりこっちの方から声が聞こえてきた気がしたぞ!』

「「――――――――ッッ!?」」

 慌ててお互いに口を塞ぐ。二度目ともなると、スムーズに行えるようになるものだ。

 ――パサッ。

「……ん?」

 何の音だろうか。何かが落ちたような音が聞こえた気がするが。
 音がしたのはココア・ブラウンの後ろの方からだが……

「…………あ!?」

 エロ本が! 棚に隠しておいたエロ本が落ちてる! もしや慌てて口を塞いだ時、棚にぶつかってその衝撃で落ちてしまったのか!

「む、どうした緑――」
「見るなぁ!」
「うべっ!?」

 後ろを見ようとしたココア・ブラウンを、顔を掴んで押さえることで阻止する。

 ココア・ブラウンとはいえ、さすがに後で回収しようと思ってるエロ本を女子に見られるのは気まずい。どうにかエロ本をココア・ブラウンにばれないようにし、なおかつ公園から逃げ出す方法はないものか。

「み、みみみみみ、緑!? いいいいいいきなり何なのだ!?」
「こ、これはだな……」

 しかし、勢いでココア・ブラウンの体を押さえた結果、至近距離で見つめ合うような形になってしまったが、いったいどう説明したものか。

「ど、ど、どうしたのだ緑? 後ろで何か音がした気がするが」

 まずい!
 このままではエロ本の存在が露呈してしまう! どうにかして誤魔化さなければ!

「ココア・ブラウン!」
「ひゃ、ひゃい!」

 えっとえっと、振り向くな――いやこれだと後ろに何かあるって言ってるようなもんだし、ああっとえっと、だったら……。

「俺だけを見てろ!」
「うへあっ!?」

 やっちまった。
 なんか取り返しのつかない一言を言ってしまった気がするぞ。

「にゃに、何を言っておるのだ緑!」
「待て! 勘違いするな! 俺はただ……」
「ただ?」

 ど、どうすればいいんだ。うまく言い訳しないと、このままでは密室で女の子につかみかかり勢いで気障な台詞を吐いた男になってしまう。
 えっと、後ろを見せないようにすればいいんだから……

「ただ――目を逸らさないで欲しいんだ」
「うっ……うぅ……」

 よし! これなら『後ろに何かある』ということを悟らせずに、ココア・ブラウンをこちらに向けたままにできる! われながら上手い言い訳……あれ? どうしてココア・ブラウンは顔を俯かせているんだ? どうして耳が真っ赤になって――

「は、離れろぉっ!」
 ドン!
「ぐっはぁ!?」
 ズゴン!

 顔を上げたと思ったら突き飛ばされた。なぜだ。
 ……ってまずい! 今かなり大きな音が! 間違いなく外にばれた!

『おい貴様、こっちから音がしたというのは本当か』
『ああ! 間違いないぞ! 鈴ちゃん!』

 おい通普ぅぅうううう!? なにお前だけ和解してんだずるいだろぉおおおお!

 やばいやばいやばい! このままじゃ公園から逃げられない! それ以前に見つかったら何をされるかわかったもんじゃない!
 こうなったら強硬手段に出るしかない!

「くそっ! ココア・ブラウン、早く出ていけ!」
「うわっ! 押すでない!」

 ココア・ブラウンを無理矢理倉庫の外に押し出そうとしたが、抵抗され押し返されてしまう。

「うおっ!?」
「んなっ!?」

 予想外の反撃にあい、逆に外に押し出されてしまうと考えた俺は、体勢を崩しながらもとっさに身体の後方に向かうように力を込めた。

 ……ココア・ブラウンをつかんだままで。

 そして悲劇が起きた。

 ココア・ブラウンも、勿論押し出されないように俺の方向に向けて力を込めている。しかし体勢を崩している俺はそれを支えることは出来ず、ココア・ブラウンもろとも大きく後ろにたたらを踏んでしまう。それだけならまだ転ぶだけで済んだのだが、運の悪いことに、落ちていたエロ本を踏んづけて、足を滑らしてしまった。

 そして俺とココア・ブラウンンは、倉庫の壁へと勢いよく倒れこむ。
 二人でいると息苦しくなるほど小さな倉庫。そんな倉庫で勢いよく倒れれば、壁にぶつかるのは当然のことで。そしてそんな小さな倉庫の薄い木の板でできた壁を壊すには、十分すぎるほどの勢いであった。

「――――あっ」

 そんな情けない声を出したのは、俺か、それともココア・ブラウンか。
 壁が破られた豪快な音とともに、お互いは外に放り出され。

『公園の奥には崖があってだな』

 そしてそのまま。

『絶対に落ちないよう、気を付けるように』

 崖の下へと姿を消した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

婚約破棄?王子様の婚約者は私ではなく檻の中にいますよ?

荷居人(にいと)
恋愛
「貴様とは婚約破棄だ!」 そうかっこつけ王子に言われたのは私でした。しかし、そう言われるのは想定済み……というより、前世の記憶で知ってましたのですでに婚約者は代えてあります。 「殿下、お言葉ですが、貴方の婚約者は私の妹であって私ではありませんよ?」 「妹……?何を言うかと思えば貴様にいるのは兄ひとりだろう!」 「いいえ?実は父が養女にした妹がいるのです。今は檻の中ですから殿下が知らないのも無理はありません」 「は?」 さあ、初めての感動のご対面の日です。婚約破棄するなら勝手にどうぞ?妹は今日のために頑張ってきましたからね、気持ちが変わるかもしれませんし。 荷居人の婚約破棄シリーズ第八弾!今回もギャグ寄りです。個性な作品を目指して今回も完結向けて頑張ります! 第七弾まで完結済み(番外編は生涯連載中)!荷居人タグで検索!どれも繋がりのない短編集となります。 表紙に特に意味はありません。お疲れの方、猫で癒されてねというだけです。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

婚約者は、今月もお茶会に来ないらしい。

白雪なこ
恋愛
婚約時に両家で決めた、毎月1回の婚約者同士の交流を深める為のお茶会。だけど、私の婚約者は「彼が認めるお茶会日和」にしかやってこない。そして、数ヶ月に一度、参加したかと思えば、無言。短時間で帰り、手紙を置いていく。そんな彼を……許せる?  *6/21続編公開。「幼馴染の王女殿下は私の元婚約者に激おこだったらしい。次期女王を舐めんなよ!ですって。」 *外部サイトにも掲載しています。(1日だけですが総合日間1位)

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

婚約者の番

毛蟹葵葉
恋愛
私の婚約者は、獅子の獣人だ。 大切にされる日々を過ごして、私はある日1番恐れていた事が起こってしまった。 「彼を譲ってくれない?」 とうとう彼の番が現れてしまった。

処理中です...