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緑と洗脳と小学生
しおりを挟む「嫌だ」
「……んんんん何でだっ!?」
通普の誘いに対し俺の出した答えは、『ノー』であった。
迷うそぶりもなく断る俺に、通普は大袈裟なリアクションで聞き返してくる。
「なんでも何も、俺を頼る必要はないだろ。お前が一人でどうにもできないなら警察を頼ればいいし、わざわざ俺が関わることでもない」
「そんな、警察に行ったら事情を話す前に俺が捕まってしまうじゃないか」
自覚があったことに驚きだ。
「頼むよ緑! 俺を助けると思って!」
「仮にも正義の味方を自称するなら一般人に助けを求めるな!」
本当に仲間にするつもりがあるのか疑問に思えてくる。
「てか、ココア・ブラウンは何が目的で人を洗脳してるんだ?」
「おっ、気になる? 気になっちゃう?」
「はーいお疲れー」
「ごめん待って! 帰ろうとしないで!」
「ああもう! 服をつかむな!」
「じ、実のところココア・ブラウンの目的はわかってないんだ。世界征服をするにしても洗脳されているのはこの辺の地域だけみたいだし」
「それはその洗脳機に何か欠点があるとかじゃないのか?」
「ううむ、あり得るがなんだか納得できんな……」
片手では俺をつかんだまま、顎に手をやり考え込む通普。
これが納得いかないとなると、後考えられるのは、この辺で活動すること自体に意味がある――例えば、洗脳したい誰かがいるとか?
いや、それはないな。さすがに考えすぎだろう。
「とにかく! 俺はもう帰るからな。仲間にはならない」
「ああ! 待って! 待つんだ緑!」
「くそっ離せ! お巡りさーん! こっちでーす!」
「ちょ! それはシャレにならん!」
警察を呼ぼうとすると、慌てたようにさらに強い力で掴まれる。
この場から逃げようとする俺と阻止しようとする通普。
どちらも一歩も譲らないこの不毛な争いは、そう長く続くことはなく、突如聞こえてきた声によって中断されることになった。
「おいおぬしら! 何をしておる!」
最初は俺の声を聞きつけて誰かが助けに現れたのだと思った。
しかしそれはすぐに否定されることになる。
なんだか聞き覚えのある声のした方へ顔を向ける。
公園の入り口には、俺の記憶にこびりついた変態の姿があった。
「われが来たからにはこれ以上の狼藉は許さんぞ!」
ココア・ブラウンが、そこにいた。
「こ、ココア・ブラウン!? な、なんでお前がこんなところにいるんだ!」
「ふん。われがどこにいようがわれの勝手であろう。何をそんなに慌てておるのだ」
「それはそうだけどさ……」
俺と通普がいるこのタイミングで現れたことを考えると、偶然にしてはできすぎているようにも思える。
それに、通普からココア・ブラウンが人を洗脳していることを聞いたばかりだ。身構えてしまうのも無理ないだろう。
そんなココア・ブラウンが公園にやってくる理由とは何なのだろうか。ただ遊びに来ただけとは考えにくい――いや、こいつならあり得そうだな。でもただ遊びに来るのであればこの怪しげな服装をしてくる必要もないだろう。
「やいココア・ブラウン! 一体何が目的でここに現れた!」
いつの間にか仮面をつけなおした通普がココア・ブラウンに問いただす。
「そんなことをおぬしに教えてやる義理などないわ! おぬしこそ、ここで一体何をしておったのだ!」
「はーっはっはっは! 知りたいか? 知りたいのならば教えてやろう! ついさっき、緑が私の仲間になったのだ!」
「な、なにぃ!?」
「なってない!」
何のためらいもなく嘘をつくな!
「な、仲間だとぉ……バカな、われはまだ……さてはあやつが……」
「お、おい? ココア・ブラウン?」
なにやらココア・ブラウンの様子がおかしい。
わなわなと震え、なにか信じがたいことでも起きたかのようだ。
「ふっ、どうしたココア・ブラウン? 私と緑が仲間になったことがそんなにうらやましいか?」
「おい、だから俺は仲間にはならないって――」
「うるっさいわぁぁああああ!」
「うおっ!?」
突然大声を上げたココア・ブラウン。小さな体を大きく動かし、びしっとこちらに指を突き付けてきた。
「黙って聞いていれば調子に乗りおって! もう許さんぞシンプル・グリーン! 今ここでわれと勝負しろ!」
怒り心頭、といった様子で勝負を申し込んできた。
一体何がこの少女をここまで突き動かすのだろう。
いや本当に何でそんなに怒ってんの? それは勝手に仲間扱いされた俺の役目じゃない?
「ほう、いいだろう! 貴様を倒し、人類洗脳機を渡してもらうぞ!」
「ふん! そう簡単に行くわけがなかろう。われを甘く見るなよ?」
「ちょ、ちょっと待て……おいこっち来い」
「む? どうした緑」
今にでも勝負が始まりそうな空気の中、やる気満々の通普を引っ張ってココア・ブラウンから距離をとる。
「いいのかよ、そんな簡単に勝負して。あいつは洗脳機を使ってくるのかもしれないんだぞ? それに負けたら何をされるかわかったもんじゃない」
「なーに大丈夫さ。洗脳機に関しては考えがあるからな。それに私が負けることは絶対にないさ」
「やけに自信あるな。絶対っていうからには、作戦でもあるのか?」
「何を言っているんだ緑、『正義は勝つ』という言葉があるだろう!」
「少しでも期待した俺がバカだったよ」
「あれぇ?」
まさかそれだけであんな自信を持っていたとは。
「おぬしらいつまで話しておる! さっさと始めるぞ!」
結局、負けるかもしれないという不安を残したままになってしまった。まあしょうがない、どうせ負けても通普が被害を受けるだけだろうし別にいいか。俺には関係ない。
「望むところだ! 緑と二人で力を合わせれば、貴様など取るに足らんということを教えてやる!」
「おい待て、俺を戦力に数えるな」
どうしよう、ココア・ブラウンよりも先に通普を倒すことのほうが優先すべきかもしれない。
「ふん! 好きにせい! その代わり種目はわれが決めさせてもらう!」
ん? 種目?
「なあココア・ブラウン、まさか種目って、勝負の内容のことか?」
「当たり前だ。まさかわれと殴り合いでもするつもりだったのか?」
「いやまあ、それは……」
いくら相手が悪役で変態だろうと、さすがに女子と拳を使った喧嘩をするわけにもいかない。だから違う方法で勝負をするっていうのはいいんだが……。
でもなあ、身構えていた分、なんだか力が抜けるというか。
「種目は『鬼ごっこ』だ!」
「子供かっ!」
そんなくだらないことで洗脳された人たちの命運が決まってしまっていいのだろうか。
「しかしココア・ブラウンよ。鬼ごっことは言っても、この人数では勝負が成立せんだろう」
「なに、安心せい。それもきちんと考えてある。来い! お前たち!」
ココア・ブラウンの掛け声とともに公園に入ってくる影があった。
それも一人や二人ではない。パッと見た感じ十人はいるだろう。
「おぬしら二人でここにいる洗脳された者達を全員捕まえられたらおぬしらの勝ちだ。その時はこやつらの洗脳を解いてやろう」
「な、何だと……」
現れた洗脳された人たちを見て、通普は言葉を詰まらせる。通普だけじゃなく、俺も声を出せないでいた。
それは洗脳の被害者が本当にいたから、という理由ではない。全く関係ないわけではないが、それ以上に現れた十人が衝撃的だったのだ。
『えーなにー』
『どうしたのー』
『せんのうー?』
『なにそれー?』
「「子供だとっ!?」」
おそらく小学生くらいだろうか。
そのくらいの小さな女の子たちが勝負の相手だった。
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