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第十話

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 キッカが再び降り立つまで、そう時間はかからなかった。
 雲の流れが尋常ではないと思うほど速かったのを考えると、単純にキッカの飛ぶ速度の問題だろう。
 既にその辺りには多くの人間たちがいた。彼らを運んできたのだろう鳥の亜人たちの姿もある。
 セランは着地したキッカの背から降りた。
 「人間だ」とどよめく声が夜の闇に溶ける。

(……あ)

 一瞬、心臓が止まったかと思った。
 人々の中に見知った顔がある。
 ラシードだった。

「静かにしてくれ」

 鳥から人へと姿を変えたキッカが言う。
 辺りはしんと静まり返った。

「今夜、集まってくれてありがとうな。今日は二つほど伝えたいことがあって、集まってもらった」

 そう言うと、キッカは不安げに立ち尽くしていたセランを抱き寄せる。

「この俺、金鷹の魔王キッカ・クゥクゥはつがいを持つことになった。この砂漠で最も美しく、最も強い人間の女だ」

(褒めすぎ……!)

 小突きたいのを賢明に堪える。
 キッカがこんなことをするつもりだとは知らなかった。

「アズィム族のセランは正式に俺のつがいとなった。だからと言って氏族を贔屓するつもりは一切ない。それだけは覚えておいてくれ」

 ざわざわと驚きが伝染する。
 亜人である魔王が人間の女をつがいとして選ぶ――。そのことがどれほど珍しいことなのか、信じがたいことなのかを全員が知っていた。
 セランはというと、どんな顔をしていいかわからずうつむく。
 それがまた、この慶事を恥じらっているようで可憐さを感じさせた。
 もとより、見た目は悪くないセランである。人間たちの反応は上々だった。おそらく、キッカもわかっていて着飾らせたのだろう。
 セランは、キッカがこの反応をおもしろがっていることに気が付いた。
 そして、理解する。
 長ではなかったはずのラシードがこの場にいる意味を。

(これがキッカの言う報復?)

 ラシードがどんな顔をしているか見ることはできない。
 だが、知っている者はセランのかつての婚約者だとわかっている。
 婚約破棄の真実がどれほど正確に伝わっているかはわからないが、こうしてキッカがセランへの寵愛を示したことで、魔王に選ばれるほどの相手を繋ぎ留められなかったと見られるだろう。
 そういう意図がなければ、いつもはくちばしを擦り付けるくらいのキッカが、セランの腰を抱き続けていることに説明がつかない。
 キッカは見せびらかしている。そして、思い知らせている。

「それからもうひとつ。ナ・ズにおける深刻な水不足について、解決の兆しが見えたことを報告する」

 先ほどよりもざわつきが増す。

「わかったから静かにしてくれ。……お前たちの今いる地面の下に、規模の大きい水脈が見つかった。水を引き出せば、かなり巨大なオアシスになることは間違いない。これから俺たちの方でも掘り進めていくが、各部族からも人手を寄越してほしい。働きもせずに水がもらえると思うなよ。それから……」

 キッカが鳥の亜人たちを見回す。
 すると、彼らは理解したように人間たちになにかを配り始めた。
 それを見たセランは小さくあっと声を上げる。
 グウェンが持ち込んだ東の大陸の鉱石。あれが今、人々の手に渡っていた。
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