75 / 94
第八話
3
しおりを挟む
今がその絶好の機会かもしれなかった。
キッカとセラン以外に人の姿はなく、しかもゆっくり話せるいい環境なのだから。
言おう言おうと考え――まったく違う話をしてしまう。
「まだ聞いてなかったと思うんだけど、どうして私があそこにいるってわかったの?」
「あの辺の街にいたってのはカフに聞いたからな。なんでも、人攫いから逃げてきたっていう人間にお前の話を聞いたとかなんとか」
(ミウ……!)
伝言を託し、それっきりになっていた仲間。カフに伝えられたということは、無事に逃げ出せたということなのだろう。
最後に逃げたミウが無事なら、他の仲間たちも逃げおおせたに違いない。
「そっか、よかった……。カフにも心配かけちゃったよね」
「すぐ俺のとこ来たからな。危ない目に遭わせてごめんってさ」
「カフはなにも悪くないのに。私のわがままを聞いてくれただけで」
「そうだよなー。勝手にウァテルに行って、勝手に攫われて、勝手に売られそうになってたのはお前だもんなー」
「う……」
「ははっ、でも無事でよかったよ。ちゃんと助けられてよかった」
ぽんぽんと頭を撫でられ、セランは自分の顔が赤くなっていくのを感じた。
キッカは平然と触れてくるが、恋心を自覚したセランにとって刺激が強い。
特にくちばしを擦り付けるのはやめてほしかったのだが。
「ま、また……!」
肩や手ならともかく、頬にされる。
仮面をかぶっていてくれなかったら、もっと距離が縮まっていただろうことを考えると、ますます落ち着かない。
「あの、キッカ――」
「俺さ」
キッカがセランの言葉を遮る。
「お前を探さなきゃって飛んでたとき、歌を聞いたんだよ」
「なんの……?」
「お前の」
(……ああ、あれ)
芸を披露しろと言われ、自分にできそうなことを考えた。
それが単純に歌うことだったのだが、あれはちゃんとキッカの耳に届いていたらしい。
(キッカのことを考えて歌ったんだよ、とは言えないなぁ)
大抵のことは遠慮なく口にするセランも、それがなんとなく気恥ずかしいことであるとわかっている。
「まっすぐ響いてきた。……けどお前、あれがなんの歌なのかわかってねぇだろ」
「え? おばあさまに教えてもらった歌だったんだけど、なにか意味のあるものだったの?」
「……まあ、そうだな」
「綺麗な歌だなーって思って覚えたの。もし意味があるなら教えてほしいな。そこまで教えてもらってないから」
「えー……やだよ……」
「なんでそんなに嫌そうなの?」
そこまで嫌がられると思わず、少しむっとする。
「歌詞のない歌に聞こえるのは、もしかして人間だけ?」
「……おー」
「じゃあ、キッカには意味を持って聞こえてたんだね。どういう意味?」
「さあなー」
「なんで教えてくれないの!」
「んー」
煮え切らない態度が気に入らない。
キッカならばよほどのことがない限り答えてくれる気がしたが、歌のことはそのよほどのことなのかもしれなかった。
「もう一回歌ってくれたら、考えてもいいな」
「それで教えてくれないつもりでしょ、わかってるんだからね」
「いんや? 俺の心の整理がついたら教えるつもり」
「本当?」
「ほんとほんと」
「……あんまり信用ならないんだけど」
「俺の風切り羽根にかけて誓うよ」
それがどれだけ重要な誓いなのかはわからないが、言うだけのものではあるのだろう。
セランは諦めることにした。
「わかった。でも、恥ずかしいからあんまり見ないでね」
「うん」
呼吸を整えたセランが、空に向かって歌いだす。
もう側にいるのに、頭に浮かんだのはやはりキッカだった。
細い、鳴き声のような歌が青空を翔ける。
それを聞きながら、キッカはセランの頭にくちばしを擦り付けていた。
キッカとセラン以外に人の姿はなく、しかもゆっくり話せるいい環境なのだから。
言おう言おうと考え――まったく違う話をしてしまう。
「まだ聞いてなかったと思うんだけど、どうして私があそこにいるってわかったの?」
「あの辺の街にいたってのはカフに聞いたからな。なんでも、人攫いから逃げてきたっていう人間にお前の話を聞いたとかなんとか」
(ミウ……!)
伝言を託し、それっきりになっていた仲間。カフに伝えられたということは、無事に逃げ出せたということなのだろう。
最後に逃げたミウが無事なら、他の仲間たちも逃げおおせたに違いない。
「そっか、よかった……。カフにも心配かけちゃったよね」
「すぐ俺のとこ来たからな。危ない目に遭わせてごめんってさ」
「カフはなにも悪くないのに。私のわがままを聞いてくれただけで」
「そうだよなー。勝手にウァテルに行って、勝手に攫われて、勝手に売られそうになってたのはお前だもんなー」
「う……」
「ははっ、でも無事でよかったよ。ちゃんと助けられてよかった」
ぽんぽんと頭を撫でられ、セランは自分の顔が赤くなっていくのを感じた。
キッカは平然と触れてくるが、恋心を自覚したセランにとって刺激が強い。
特にくちばしを擦り付けるのはやめてほしかったのだが。
「ま、また……!」
肩や手ならともかく、頬にされる。
仮面をかぶっていてくれなかったら、もっと距離が縮まっていただろうことを考えると、ますます落ち着かない。
「あの、キッカ――」
「俺さ」
キッカがセランの言葉を遮る。
「お前を探さなきゃって飛んでたとき、歌を聞いたんだよ」
「なんの……?」
「お前の」
(……ああ、あれ)
芸を披露しろと言われ、自分にできそうなことを考えた。
それが単純に歌うことだったのだが、あれはちゃんとキッカの耳に届いていたらしい。
(キッカのことを考えて歌ったんだよ、とは言えないなぁ)
大抵のことは遠慮なく口にするセランも、それがなんとなく気恥ずかしいことであるとわかっている。
「まっすぐ響いてきた。……けどお前、あれがなんの歌なのかわかってねぇだろ」
「え? おばあさまに教えてもらった歌だったんだけど、なにか意味のあるものだったの?」
「……まあ、そうだな」
「綺麗な歌だなーって思って覚えたの。もし意味があるなら教えてほしいな。そこまで教えてもらってないから」
「えー……やだよ……」
「なんでそんなに嫌そうなの?」
そこまで嫌がられると思わず、少しむっとする。
「歌詞のない歌に聞こえるのは、もしかして人間だけ?」
「……おー」
「じゃあ、キッカには意味を持って聞こえてたんだね。どういう意味?」
「さあなー」
「なんで教えてくれないの!」
「んー」
煮え切らない態度が気に入らない。
キッカならばよほどのことがない限り答えてくれる気がしたが、歌のことはそのよほどのことなのかもしれなかった。
「もう一回歌ってくれたら、考えてもいいな」
「それで教えてくれないつもりでしょ、わかってるんだからね」
「いんや? 俺の心の整理がついたら教えるつもり」
「本当?」
「ほんとほんと」
「……あんまり信用ならないんだけど」
「俺の風切り羽根にかけて誓うよ」
それがどれだけ重要な誓いなのかはわからないが、言うだけのものではあるのだろう。
セランは諦めることにした。
「わかった。でも、恥ずかしいからあんまり見ないでね」
「うん」
呼吸を整えたセランが、空に向かって歌いだす。
もう側にいるのに、頭に浮かんだのはやはりキッカだった。
細い、鳴き声のような歌が青空を翔ける。
それを聞きながら、キッカはセランの頭にくちばしを擦り付けていた。
0
お気に入りに追加
469
あなたにおすすめの小説
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。
とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」
成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。
「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」
********************************************
ATTENTION
********************************************
*世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。
*いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。
*R-15は保険です。
「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。
【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。
文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。
父王に一番愛される姫。
ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。
優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。
しかし、彼は居なくなった。
聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。
そして、二年後。
レティシアナは、大国の王の妻となっていた。
※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。
小説家になろうにも投稿しています。
エールありがとうございます!
[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜
桐生桜月姫
恋愛
シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。
だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎
本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎
〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜
夕方6時に毎日予約更新です。
1話あたり超短いです。
毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。
政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。
うたた寝している間に運命が変わりました。
gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。
【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?
つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。
彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。
次の婚約者は恋人であるアリス。
アリスはキャサリンの義妹。
愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。
同じ高位貴族。
少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。
八番目の教育係も辞めていく。
王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。
だが、エドワードは知らなかった事がある。
彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。
他サイトにも公開中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる