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第七話
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昨夜はまだ攫われて興奮状態にあった。だから喋っていないと落ち着かず、なんとか話しができていた。
だが、一晩経てば話し声もずいぶん減る。
セランの周りにいる数人だけが、諦めていない様子で話し合う程度だった。
「これからのことを考えると不安だけど、まずは自己紹介しない?」
そう提案したセランを、女たちは訝しげに見る。
こんな場所で、こんなときに。
それでも、反対する者はいない。
この状況から目を背けるためには、少しでも変化が必用だった。
「私、セラン。あの男が言ってたのを聞いたと思うけど、ナ・ズから来たの。ウァテルには初めて来て……。こんなに水があるのも、どこにでも魚が売られているのにも驚いたよ。ここにいるみんなはウァテルの人なの?」
「私はレセントから旅行に来ていました」
「あ……私もです」
セランが話を振れば、ぽつぽつと反応がある。
(全員、まだ生きてる。だったらやれることはいくらでもあるでしょ)
その後も話を振る形で全員に自己紹介をさせた。
さすがにすべての顔と名前を一致させることはできなかったが、最初よりは幾分、空気が落ち着いたものに変わっている。
「誰か、ここがどこなのかだいたいわかりそうな人はいない? ずいぶん大きなお屋敷だったみたいだけど」
問いかけたが返事がない。
誰も知らないのかと思ったとき、セランが荷馬車にいたとき、隣にいた少女が頼りなげに手を挙げた。
「アゼッタかなって……思いました」
「アゼッタ?」
「港町サラディルから東に進んだ先の街です。昨日、ここに入れられる前に少しだけ街の様子が見えて……」
それを聞いた女たちの一部がざわつく。
「アゼッタ? そんな場所に……」
「ああ、もうだめだわ。逃げられっこない……」
「ごめんね、アゼッタってどういう場所か知らないの」
不安が伝染してしまわないよう、敢えて大きな声で尋ねる。
「あまり人が寄り付かない街です。治安が悪くて、その……。人買いや人攫いが多いから……」
「ありがとう、詳しいんだね。ええと……ごめんなさい。名前はなんだっけ」
「ミウです」
「ミウね。今度は忘れないようにする。本当にありがとう」
ミウと名乗った少女がはにかむ。
昨日ずっと怯えていたが少し自分を取り戻したようだった。
(人買いや人攫いの多い街、ね。本当にそのアゼッタなら、逃げ出してもこの街にいる全員が敵かもしれない。かといってここから港町まで逃げ切れるかって言われたら怪しい気がする。あの荷馬車に揺られていた時間は短くなかったもの)
セランが考え込んでしまうと、女たちも黙ってしまう。
あまりいい傾向ではなかった。
(私まで暗い考えに引きずられそう。……もう少し空気を変えていきたいな)
アズィム族の集落にいた頃、どうしていたか思い出す。
新しい人間が部族に入るとき、こういう気まずい空気になったものだった。馴染めるよう宴が行われていたのを思い出すが、ここでのんびり宴を楽しむ余裕はさすがにない。
考えた結果、セランは手で六の数字を作った。それを全員に見せる。
「六人一組で固まろっか。なにかあったらその六人で話し合ったり、行動するの。一人じゃないって思えるし、ひとまず六人ずつなら話しやすいでしょ?」
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