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第六話
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しおりを挟むじゃれ合っていた二人の動きが止まった。
「なにが」
「俺、あいつのこと気に入ってる」
「セランのこと……?」
夫婦二人が再び顔を見合わせる。
キッカはそんな二人に向かって頷いた。
「あんまり……深く考えてなかったけどさ。俺、セランにそれやったことある」
キッカの言うそれとは、求愛行動のことだった。
しかし、鳥であるキッカはそうでないシュクルとやり方が違う。
「今まで、何回かな。くちばし、擦り付けたんだわ」
それがキッカの求愛行動だった。
愛しているというよりは、気に入った相手にする親愛を示すものだが、セランを嫌っているのではないという確たる証拠になる。
「自分でもあのときよくわかってなかったんだよ。ただ、そうしたいと思って」
「以前、私にもしてくれましたよね」
「そうだっけか」
「した。私は永遠に忘れない」
しゅうしゅうという空気の漏れたような音は、シュクルの喉から発せられた。
「お前は私のティアリーゼに触れた」
「シュクル、だめ」
ティアリーゼが唸るシュクルの頬をきゅっとつまむ。
この夫婦の力関係が見えた気がした。
「違うんだよ。……そいつにしたときとは、たぶん違う」
あれは親愛を示す行動である。――だが、求愛行動でもあるのだ。
「もっと、ここがざわざわする。安心するんだ。あいつに触ると」
「ふむ」
シュクルはもっともらしく頷くと、ティアリーゼの手をどけて微かに笑った。
「クゥクゥも恋を知ったということだな」
「なんでお前、得意げなんだよ。俺より先につがいになったからって調子乗りやがって」
「この点に関しては私の方がクゥクゥより大人だ」
「うっせ」
負け惜しみのように言っても、シュクルは機嫌よく尾を振るだけだった。
「おめでとうと言うべきか」
「……やっぱりそうなのか? 俺、ほんとに? 相手は人間だぜ?」
「関係ない」
しゅう、とまたシュクルが鳴く。
そして、傍らのティアリーゼを抱き寄せ、そのこめかみに自身の額を押し付けた。
「共に生きたいと思えば、もう離れられない。相手が人間であろうとなかろうと、変わらないと私は思う」
「お前に教えられる日が来るなんてなー……。なんか変な感じ」
「あの人間が欲しいなら、子を産んでもらえばいい。願えば聞いてくれる。ティアリーゼのように」
「……シュクル、その話は後にしなさい」
また頬を引っ張られたシュクルが顔をしかめた。
それまでしばらく黙って成り行きを見守っていたティアリーゼは、改めてキッカに向き直り、言う。
「セランを好きになったというなら、応援したいです。きっとセランもキッカさんを好きだと思いますから。もしそうでないのだとしても、よいお友達として二人はこれからもやっていけると思っています」
ティアリーゼが、キッカの仮面の奥にある瞳を見据えた。
「どうなるにせよ、時間を大切に生きてください。私たち人間の一生はとても短いんです。失ってからでは……遅いでしょう」
「……そうだなー。うん、わかってるけど……」
くくく、と笑い声でもないのに木を叩くような音がした。
キッカが喉奥で鳴らした声である。
「やっぱり、あいつ全然俺の好みじゃねぇ……!」
二人に相談しても、結局答えが出なかった。
それどころか、余計に悩みが深まった気がしてならない。
「羽根もねぇし、くちばしもねぇんだぞ! これ、恋じゃねぇだろ? 違うだろ?」
「私からすれば、そうなんじゃないかなという気はしていますが……」
「私はわからない。ティアリーゼがいればそれでいい」
「お友達の相談なんだから、ちゃんと聞いてあげて」
「お前の声を聞く方が好きだ」
「……くぅ」
また二人のまったりした空気が流れ、巻き込まれそうになったキッカは勢いよく椅子を立つ。
「とりあえず、話を聞いてくれてありがとな! けど、やっぱ変だし違うと思うわ!」
「帰るのか」
「これ以上邪魔したら怒るだろ?」
「お前のつがいを殺しに行く。悩んだクゥクゥが私の時間を消費しないように」
「やめなさい、シュクル」
「まだつがいじゃねぇっての」
慣れた様子でキッカは己の手を翼に変える。
「人間をつがいに選ぶなんて、そんなのお前だけで充分だ……!」
そんな言葉を残し、キッカは空高く舞い上がる。
それを、残った二人はしばらく見守っていた。
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