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第五話
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セランは部屋でもやはり悶えていた。
(いい? 恋って言うのは、友達のことも自分の一族のことも切り捨てられるような怖いことなの。同じように誰かを裏切るくらいなら、私は……)
思い出されるのはラシードとサリサのこと。
ぽふ、と枕に顔を埋めてゆっくり深呼吸する。
(……こういうところが子供なのかもしれない)
あのときのことを振り返り、苦い思いを噛み締める。
セランは二人の裏切りに驚いて逃げ出してしまった。
自らの結婚がアズィム族にとって必要だとわかっていて、あそこにいることを拒んだ。
本当に裏切り者だと罵られ、蔑まれるべきは自分の方かもしれない――。
ラシードはサリサと通じていたが、それでもセランとの結婚から逃げ出そうとはしなかった。それがもし、サリサに恋をしているがゆえだとしたら。
(私と結婚すればアズィム族はまた繁栄する。そうなったらサリサにも恩恵がいく。……サリサのために私との結婚を我慢しようとしていたんだとしたら、恋っていうのはそれほどのことをさせる力があるものなのかもしれない)
二人のことをいい人たちだと見ようとしている自分がいた。
あれは恋をしていたから、仕方のないことなのだと。
一人だけ空気を読めずにいたセランが悪いのだと――。
(でも、それはそれとして仕返しくらいしても罰は当たらないはず!)
起き上がり、ベッドの上で立ち上がる。
気持ちの切り替えが早いのもセランのいいところだった。
(やっぱり魔王になって見返さないと。……そうしたからって、ひとりぼっちから救われるわけじゃないけどね。そう思うから、キッカと一緒にいたいのかなぁ)
いかに親しくしてくれようと、今のセランの周りには亜人しかいない。
どうしても感じてしまう線というものはあった。それをキッカだけからは感じないから、共にいて心地良く感じたり、もっと話していたいと思うのだろう。
(このまま楽しく過ごしていたいな。……うーん、これって恋? わからないや)
そもそも恋というものを知らないセランには答えを出せなかった。
こんなことならばグウェンの言う別の友人の話も聞いてくればよかったと思ったが、どちらにせよ、帰ってきたキッカによって中断させられていたことだろう。
またセランは気持ちを切り替える。
恋だろうとなんだろうと、まあ置いておこう。
今はグウェンと仲良くなれたことを喜べばいいではないか、と。
(いつか、人間にもいい人がいるんだなって思ってくれたらいいんだけど)
今回、少しだけ歩み寄ったのを機に、グウェンの意識が変わってくれることを願う。
そうすればセランがキッカと共にいても、ああして不快そうにはしない――。
(またキッカ)
結局思考が戻っていることに気付いて、自分で苦笑する。
だが、もう慌てない。
(考えたいなら好きにしなさい! 今はそういうときなんでしょ?)
自分にそう言って、心の変化を受け入れる。
キッカのことは好きか嫌いかで言うならもちろん好きだ。
その『好き』はセランにとって、お祝いにしか出てこない魚や、昼と夜の境目に淡く色を変える空や、まだ砂が熱を持っていないときに裸足で歩き回る砂漠に向ける『好き』と同じだったが、飲み込んでしまうと気持ちが楽になった。
もうごちゃごちゃと悩まなくていい。
もともとセランは、同じことをいつまでも悩むのに向いていなかった。
(よし、悩む時間おしまい! 次はウァテルに行く方法を考えるの!)
その勢いのまま部屋を出て行く。
これが自分にとって大きな転機となることは思いもしなかった。
セランは部屋でもやはり悶えていた。
(いい? 恋って言うのは、友達のことも自分の一族のことも切り捨てられるような怖いことなの。同じように誰かを裏切るくらいなら、私は……)
思い出されるのはラシードとサリサのこと。
ぽふ、と枕に顔を埋めてゆっくり深呼吸する。
(……こういうところが子供なのかもしれない)
あのときのことを振り返り、苦い思いを噛み締める。
セランは二人の裏切りに驚いて逃げ出してしまった。
自らの結婚がアズィム族にとって必要だとわかっていて、あそこにいることを拒んだ。
本当に裏切り者だと罵られ、蔑まれるべきは自分の方かもしれない――。
ラシードはサリサと通じていたが、それでもセランとの結婚から逃げ出そうとはしなかった。それがもし、サリサに恋をしているがゆえだとしたら。
(私と結婚すればアズィム族はまた繁栄する。そうなったらサリサにも恩恵がいく。……サリサのために私との結婚を我慢しようとしていたんだとしたら、恋っていうのはそれほどのことをさせる力があるものなのかもしれない)
二人のことをいい人たちだと見ようとしている自分がいた。
あれは恋をしていたから、仕方のないことなのだと。
一人だけ空気を読めずにいたセランが悪いのだと――。
(でも、それはそれとして仕返しくらいしても罰は当たらないはず!)
起き上がり、ベッドの上で立ち上がる。
気持ちの切り替えが早いのもセランのいいところだった。
(やっぱり魔王になって見返さないと。……そうしたからって、ひとりぼっちから救われるわけじゃないけどね。そう思うから、キッカと一緒にいたいのかなぁ)
いかに親しくしてくれようと、今のセランの周りには亜人しかいない。
どうしても感じてしまう線というものはあった。それをキッカだけからは感じないから、共にいて心地良く感じたり、もっと話していたいと思うのだろう。
(このまま楽しく過ごしていたいな。……うーん、これって恋? わからないや)
そもそも恋というものを知らないセランには答えを出せなかった。
こんなことならばグウェンの言う別の友人の話も聞いてくればよかったと思ったが、どちらにせよ、帰ってきたキッカによって中断させられていたことだろう。
またセランは気持ちを切り替える。
恋だろうとなんだろうと、まあ置いておこう。
今はグウェンと仲良くなれたことを喜べばいいではないか、と。
(いつか、人間にもいい人がいるんだなって思ってくれたらいいんだけど)
今回、少しだけ歩み寄ったのを機に、グウェンの意識が変わってくれることを願う。
そうすればセランがキッカと共にいても、ああして不快そうにはしない――。
(またキッカ)
結局思考が戻っていることに気付いて、自分で苦笑する。
だが、もう慌てない。
(考えたいなら好きにしなさい! 今はそういうときなんでしょ?)
自分にそう言って、心の変化を受け入れる。
キッカのことは好きか嫌いかで言うならもちろん好きだ。
その『好き』はセランにとって、お祝いにしか出てこない魚や、昼と夜の境目に淡く色を変える空や、まだ砂が熱を持っていないときに裸足で歩き回る砂漠に向ける『好き』と同じだったが、飲み込んでしまうと気持ちが楽になった。
もうごちゃごちゃと悩まなくていい。
もともとセランは、同じことをいつまでも悩むのに向いていなかった。
(よし、悩む時間おしまい! 次はウァテルに行く方法を考えるの!)
その勢いのまま部屋を出て行く。
これが自分にとって大きな転機となることは思いもしなかった。
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