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第五話
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しおりを挟む「あれにまつわるどんな情報も、傷付けるために使わないと誓え」
「もちろん。お礼のためにしか使わないよ」
「その言葉を信じるほど甘くはないが。……あれのために怒りを見せたことに免じて受け入れてやる」
「あなた、一言多いと思う」
「お前もそうだろう」
今度はセランが言葉に詰まる。
自分でも重々わかっていることだった。
言い負かして気分をよくしたのか、グウェンが薄く笑みを浮かべる。
「言っておくが、私もお前とそれほど変わらない。あの男は自分の尾羽かくちばしの自慢ばかりで、それ以外のことをあまり話さないからな」
「そう……」
「あとはどうでもいいことに口を……くちばしを挟んでくるくらいだ。風の向くまま気の向くままに空を飛ぶあの男らしいが」
セランもそれは薄々感じ取っていた。
キッカはあまり、地に足をつけた性格をしていない。うわついているわけではないが、いつどこでいなくなっても誰も足取りを追えないような――そんなふわふわした生き方をしている。
「ただ、以前集まりで……お前の言葉を借りるなら、友人と呼ぶべきか。ある男が持参した土産を喜んでいたな。ウァテルで獲れるという……なんという魚だったか」
(魚にも種類があるんだ……)
そう思ったが、今はどうでもいい。
「ウァテルって……ここからどのくらい?」
「人間の足ですぐにたどり着ける距離ではないな。ひと月、ふた月……いや、運が悪ければ半年かかる場合もある」
「そ、そんなに……」
それほどの距離をキッカは一晩かからずに飛ぶと言っていた。
足は遅いが飛ぶのは速い――と言っていたのはどうやら本当のことらしい。
(まぁ、でもキッカの好きなものが魚だってわかっただけいいよね……)
「教えてくれてありがとう。せめてもう少し早くたどり着けるように、なんとかして方法を考えてみるよ」
「……本気で言っているのか? お前は……人間だろう」
「それがどうかしたの?」
「半年ともなれば、お前にとっては長い時間のはずだ。それをあの男のために使うと言うのか」
「運が悪ければ、だしね。早ければその方が嬉しいけど、他にどうしようもないならしょうがないよ」
「理由は本当に礼だけなのか?」
「どういうこと? 他に理由なんてある?」
「……私には理解できないことだが」
そう前置きして、グウェンはセランではない遠くを見つめる。
「最近、一人の人間に執着するようになった知り合い――友人を見た。本人は……恋をした、と言っていたな」
「――恋」
まるで別世界のように聞こえたそれを口の中で呟く。
ぼっ、と顔に火がともったのはその二秒後のことだった。
「べ、べべべ別にキッカのこと、そんな風に思ってるわけじゃ……!」
必死にグウェンの言葉を否定しようとしたとき、バルコニーの方から羽音が聞こえてきた。
そちらを見ると、ちょうど外に繋がる扉が開く。
入ってきたのは、話題のその人、キッカだった。
「おー、もう来てたのか。遅くなって悪かったなー。……って、なにしてるんだ、セラン?」
グウェンとセランの組み合わせに驚いたのだろう、キッカの声には意外そうな響きがあった。
「え、ええと、ただ挨拶しに来てただけで――」
「ちょうどお前の話をしていたところだ」
「ちょっと待ったあああ!」
キッカに聞こえてしまわないよう、大きな声を出す。
「うるさいぞ、人間」
「今の話はキッカに言わないで!」
「どういう意味だ、それは」
「お願い、言わないで!」
「…………なにをそう、慌てているんだ」
「よくわかんねぇけど、俺の知らないとこで仲良くなってたってわけ?」
「そそそそういうこと!」
どう見てもセランは挙動不審だったが、今は気にしている余裕がない。
「そ、それじゃあ、お邪魔だろうし私は行くね! グウェン、さっきの話はくれぐれも内緒で……!」
「気安く呼び捨てにするな、人間。お前に私の名を許してやった覚えは――」
「じゃあね! また今度お話しよう!」
キッカに声を掛けられる前に部屋を飛び出し、逃げ出す。
廊下を走りながら、セランは叫びたい気持ちを飲み込んだ。
(キッカに恋なんて、絶対絶対してなーい!)
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