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第十話

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「シュクル」
「……うん?」

 抱き締めると、ぎょっとしたように身をこわばらせるのがわかった。
 ティアリーゼはシュクルの胸に顔を埋め、込み上げた思いを涙にして溢れさせる。

(本当に、上手に自分の気持ちを伝えてくれるようになったわ……)

 頭を撫でてくるシュクルの手から戸惑いが伝わってきた。
 父とも兄とも違う、ティアリーゼを想う優しい手つきにまた涙がこぼれる。

「私、あなたのことが大好きよ」
「……私もお前が好きだ」
「一瞬だけでもいいと言ってくれるなら、あなたの永遠を私にちょうだい」

 永く生きるシュクルにとって残酷な言葉だった。
 それなのに、当の本人はけろっとして答える。

「構わない。……もとより、私はお前のものだ」

 見上げたシュクルは笑っていた。
 ティアリーゼを大切に思う気持ちが、その表情にすべて表れている。
 こんな風に笑う人だとは知らず、また胸が温かい思いで満たされていった。
 その気持ちをどう伝えればいいかわからなかったティアリーゼは、シュクルの肩口を掴んで顔を寄せる。

「ティア――」
「あなたが角を押し付けたがる理由が、今、わかったわ」

 そう言って唇を重ねる。
 ティアリーゼからの求愛行動に、シュクルの尻尾がぴんと立った。
 驚いた猫のようでもあったが、キスをするティアリーゼは気付かない。
 以前はあんなに求めてきたくせに、シュクルの応え方はぎこちなかった。
 おずおずとティアリーゼの唇をついばみ、やはり軽く甘噛みする。

「大好きよ、シュクル」
「もう聞いた。何度も言う必要があるとは思えない」
「でも、あなただって何度も言うわ」
「私は言葉が上手くないから。繰り返す必要を感じていた。そうでなければお前に伝わらないと」
「まだ伝わっていない気がするから、これからもたくさん言ってちょうだい」
「…………まだ?」

 信じられないものを見る目で言われ、冗談が通じないシュクルを笑ってしまう。
 出会った頃より多くを学び成長したとはいえ、シュクルが上手く他人と関われるようになるまでもう少し時間がかかりそうだった。

 ――なにもかもが落ち着いた頃、ティアリーゼは部屋でドレスに身を包んでいた。
 作ったのはタルツでよくしてくれた人間の針子たち。
 今日、ティアリーゼはシュクルと結婚する。当初の予定通り、人間と亜人、どちらの力も借りて。
 エドワードの件でどうなるかと思ったが、父である国王はシュクルに全面降伏の意を見せていた。
 あれはエドワードの独断であり、タルツは白蜥の魔王シュクルとの友好を望んでいる。いずれタルツの姫たるティアリーゼとの婚姻をきっかけに、人間と亜人との共存が為されることを心より願う――。
 それを聞いたときはティアリーゼも複雑な思いを抱いた。
 ティアリーゼを切り捨てたように、エドワードも切り捨てられてしまったのだ。もとはと言えば父王のそういった性質がエドワードにあんな所業を強いたのだが。

(シュクルはまた、滅ぼすか、と私に聞いたわ。……今はあの人が本当にそれをできると知っている)

 なにか行動を起こせば、再びシュクルは牙をむくだろう。
 それがわからない人ではない、と信じたかった。
 あの日のことは、タルツの――人間たちの間で面白おかしく誇張されながら語り継がれている。
 白蜥の魔王は亜人でありながら人間の姫に恋をした。二人の仲を許さない『勇者』が姫に手をかけようとしたが、姫を守る魔王の手で打ち倒されることになる――と。
 そうして魔王は姫を攫い、我がものにしてしまったのだと――。
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