上 下
40 / 57
第七話

しおりを挟む

 ティアリーゼを招き入れた王は、ずいぶんと疲れた様子だった。
 自分のことを話すよりまず、そちらを心配する。

「お父様、どうかなさったのですか?」
「なに、最近することが多くてな」

 タルツ王は懐かしげに目を細め、ティアリーゼを見つめる。

「また、お前に会うことが叶うとは……」
「……お父様も知っていらっしゃったのですよね。私の本当の役目を」
「それを決めたのはこの私だからな……」

 もう、ティアリーゼは傷付かなかった。
 必要な話なら既に兄に聞いている。

「私は誰のことも恨んでおりません。むしろ、そうして育て、送り出してくださったことを感謝しております」
「亜人のもとで囚われの生活を送るようになっても、か?」
「それは誤解です。私は魔王と……シュクルとの結婚を伝えるために今日、こうして参ったのですから」
「…………結婚、か」
「はい。魔王との関係は非常に良好で、同じく身近にいる亜人たちも友好的な人々ばかりでした。だから結婚を決めたのです。人間と亜人は協力して生きていけるのだということを知らしめたくて」
「…………ふむ」
「どうか、その場にお父様も足を運んでいただくことはできないでしょうか。二つの種族の未来を決める場に、参列いただきたいのです」
「……ティアリーゼ」

 王は小さな子供へ向けるように優しく名を呼ぶ。
 呼ばれたティアリーゼはおとなしく頷いた。

「参列するのはエドワードだ。次の王となる者がいることで、より未来を重視していることが伝わるだろう?」
「お父様……! ありがとうございます……!」

 父が式に現れないというのは残念だった。
 だが、決して軽んじているわけではないことを、エドワードの参列を認めることで示してくれる。
 ティアリーゼの胸が熱い思いでいっぱいになった。

「私……私は娘として認められていないのだと思っていました。だから供物として捧げられることになったのかもしれないと……」
「……そんなことはない。お前を選ぶことになってしまったのは……母のことがあるからだ」
「……それは幼い頃に亡くなったお母様のことではなく、私の本当の母のことですか」
「そうだ」

 ゆっくり、深呼吸する。
 その話はエドワードも深く教えてくれなかった。
 ティアリーゼが知っているのは、母がメイドだったということだけ。

「お前の髪と瞳の色は母から受け継いだものだ。……タルツを興した最初の王ではなく」

(ああ、やっぱり……)

「……薄々、そんな気はしておりました」
「明らかに王家の血筋以外の容姿を持ったお前は、この国の災いのもととなる可能性があった。だからせめて供物として、王女であったという事実だけ残そうとしたのだよ」

 父の言いたいことはティアリーゼにもわかる。
 王家の血筋は守られるべきもので、名も知られていないメイドの血が混ざっていいものではない。しかしティアリーゼにはその別の血が色濃く出てしまった。姫として育てられ、もっと表に露出することになれば、口さがない人々は言うだろう。
 ――あれは本当にタルツ王の子なのか、と。
 ならば哀れな供物となった姫として物語にでも残る方がいい。ティアリーゼも心ない人々に傷付けられず、国の秘密も守られる――。

(……ものすごく自分勝手な話ね。本当に)

 そう、思ってしまう自分がいた。
 ティアリーゼは望んでこのように生を受けたわけではない。
 それでも、父の気持ちに寄り添う。

「もし勇者として魔王を打ち倒し、この国へ戻ってきたときはどうしていたのですか」
「『勇者』として他国への嫁ぎ先を探していただろうな」

(どちらにせよ、ここに私の居場所はなかった……)

 そう知ってもティアリーゼはやはり傷付かなかった。
 もう自分の居場所を見つけてしまったからかもしれない。

「だがな、ティアリーゼ。私はお前のことも、お前の母のことも愛していたのだよ」
「……お父様」
「身分の違いから分かれることになってしまったが……本当に愛していた。でなければ、お前が産まれることもなかったからな」

 独り言のように言うと、王はティアリーゼに向かって手を差し出した。
 側へ来るよう促されているのだと気付き、すぐに近付く。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?

雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。 最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。 ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。 もう限界です。 探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。

家事職ですが魔王に挑んでもいいですか?

モモん
ファンタジー
与えられたジョブは家事職 普通は鍛冶職……でも私は家事職 両親の仇である魔族をどうやって倒せばいいんですか……

さよなら、英雄になった旦那様~ただ祈るだけの役立たずの妻のはずでしたが…~

遠雷
恋愛
「フローラ、すまない……。エミリーは戦地でずっと俺を支えてくれたんだ。俺はそんな彼女を愛してしまった......」 戦地から戻り、聖騎士として英雄になった夫エリオットから、帰還早々に妻であるフローラに突き付けられた離縁状。エリオットの傍らには、可憐な容姿の女性が立っている。 周囲の者達も一様に、エリオットと共に数多の死地を抜け聖女と呼ばれるようになった女性エミリーを称え、安全な王都に暮らし日々祈るばかりだったフローラを庇う者はごく僅かだった。 「……わかりました、旦那様」 反論も無く粛々と離縁を受け入れ、フローラは王都から姿を消した。 その日を境に、エリオットの周囲では異変が起こり始める。

不遇な公爵令嬢は無愛想辺境伯と天使な息子に溺愛される

Yapa
ファンタジー
初夜。 「私は、あなたを抱くつもりはありません」 「わたしは抱くにも値しないということでしょうか?」 「抱かれたくもない女性を抱くことほど、非道なことはありません」 継母から不遇な扱いを受けていた公爵令嬢のローザは、評判の悪いブラッドリー辺境伯と政略結婚させられる。 しかし、ブラッドリーは初夜に意外な誠実さを見せる。 翌日、ブラッドリーの息子であるアーサーが、意地悪な侍女に虐められているのをローザは目撃しーーー。 政略結婚から始まる夫と息子による溺愛ストーリー!

完結 お飾り正妃も都合よい側妃もお断りします!

音爽(ネソウ)
恋愛
正妃サハンナと側妃アルメス、互いに支え合い国の為に働く……なんて言うのは幻想だ。 頭の緩い正妃は遊び惚け、側妃にばかりしわ寄せがくる。 都合良く働くだけの側妃は疑問をもちはじめた、だがやがて心労が重なり不慮の事故で儚くなった。 「ああどうして私は幸せになれなかったのだろう」 断末魔に涙した彼女は……

ただ、愛しただけ…

きりか
恋愛
愛していただけ…。あの方のお傍に居たい…あの方の視界に入れたら…。三度の生を生きても、あの方のお傍に居られなかった。 そして、四度目の生では、やっと…。 なろう様でも公開しております。

とびきりのクズに一目惚れし人生が変わった俺のこと

未瑠
BL
端正な容姿と圧倒的なオーラをもつタクトに一目惚れしたミコト。ただタクトは金にも女にも男にもだらしがないクズだった。それでも惹かれてしまうタクトに唐突に「付き合おう」と言われたミコト。付き合い出してもタクトはクズのまま。そして付き合って初めての誕生日にミコトは冷たい言葉で振られてしまう。 それなのにどうして連絡してくるの……?

迅英の後悔ルート

いちみやりょう
BL
こちらの小説は「僕はあなたに捨てられる日が来ることを知っていながらそれでもあなたに恋してた」の迅英の後悔ルートです。 この話だけでは多分よく分からないと思います。

処理中です...