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第六話
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しおりを挟む「シュシュは大げさなんだよなぁ」
「悲しくなるから」
「もう大丈夫だって。な?」
シュクルなりになんらかの感情を抱き、キッカを心配していたのは明白だった。
キッカはそんなシュクルをよしよしとなだめる。
ティアリーゼもそんな二人を見て心を落ち着かせたが、不意にとある考えがよぎった。
(……殺すとか滅ぼすとか、シュクルはよく口にするわよね。でも、そんなことができるのかしら)
存在を許されないほど弱く、唯一残っていたからと魔王に選出されたようなシュクルが人間を滅ぼせるとは考えづらい。
ましてやこの性格である。武装した人間を前にしても、攻撃を仕掛けるどころか、きょとんとしたまま尻尾を振っていそうだった。
「ほら、怪我もねぇし」
「確かにクゥクゥの血の臭いはしない」
「人間のは?」
「少し」
「うげ、後で洗わねぇと」
二人で話すところを見ても、そこまで脅威になるとは思えなかった。
巨大な鷹に姿を変え、あれだけの人数を前にしても無事に戻ってきたキッカはともかく。
(……そういうことを言うのは、ちょっぴり魔王っぽいわね)
ティアリーゼは疑問をそうまとめた。
シュクルの中身は幼い雛で、会話はぎこちなく、説明の仕方に悩んでも言葉の使い方にはあまり悩まない。過激な発言も他に言い方が思いついていないだけの可能性がある。
だいたい、ここで考えてみても仕方のないことだった。
いつかシュクルが人間を滅ぼそうと思うときなど、来るはずがないのだから。
そう思っていると、キッカがティアリーゼの方を見る。
「んで、心配してくれてたんだっけ? 悪いなー」
「あ……いえ、金鷹の魔王だと知らず、逆に失礼でしたね」
「失礼なんて思わねぇよ。ただ、あんまりそういう経験ねぇから、風切り羽のとこがくすぐったいわ」
「私にはちょっとわからない感覚です、が――っ!?」
ずい、とキッカに近付かれ、ティアリーゼはのけぞった。
完全に引ききる前に、仮面のくちばし部分で肩をこすられる。
「シュシュのことも好きだけど、あんたのことも気に入ったよ」
「クゥクゥ」
シュクルが明らかに不快そうな顔をする。
それを見てキッカが明るく笑った。
「お前もそんな顔するんだなぁ。いっちょまえに嫉妬なんてできるのか」
「これは私のだろう」
「ひあっ!?」
ティアリーゼが妙な声を上げたのも無理はない。
シュクルらしからぬ強引さで抱き寄せられ、そのままぎゅっと腕に包み込まれてしまったのだから。
「ティアリーゼは私のものだ」
「はいはい、嫁さんのことは大事にしろよ」
「…………もう一度したら、とても怒ると思う」
「もう怒ってるだろうが」
楽しげに言うと、キッカはティアリーゼの方を向く。
「あんた、愛されてるなぁ」
「ち、違うんです、これは……」
「なにが違うんだっつの。ちゃんと愛されてるって理解してやれよ。じゃねぇとシュシュがかわいそうだ」
「私はかわいそうではない」
「うるせ。くちばし突っ込んでくんな」
「私にくちばしはない」
「ったく、ぴりぴりすんなって」
ふ、と風が吹き抜ける。
その一瞬の間に、キッカの腕は鳥の翼へと変わっていた。
「食い殺される前に帰るわ。今日は楽しかったよ」
「キッカさん……!」
「シュシュのこと、よろしくなー」
勢いよく飛び上がったことで声が遠ざかっていく。
そのまま鷹の姿になって飛んで行ったキッカを見送ろうとしたが。
「……っ!」
抱き締めてくるシュクルの腕の力が強くなった。
顎を掴まれ、キッカを見送れないよう明後日の方を向かされる。
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