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第六話

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 ティアリーゼがシュクルと攻防を続けていたある日のことだった。

「私を紹介? 誰に?」
「クゥクゥに」

(……誰?)

 ティアリーゼを紹介したいと言ってきたシュクルは、初めて聞く名前を口にする。
 本人はここでどんな人物か紹介するつもりがないらしい。
 さっさと外へ行こうとティアリーゼを急かしてくる。

「お前に会いたがっている。ずいぶん前から」
「そうなの……?」

(家族はいないって聞いていたし……。でも、お友達がいるのはいいことね)

「あなたのお友達なら私も会いたいわ」
「少しうるさい」
「ん?」
「クゥクゥは、うるさい」
「……そうなんだ?」

 どんな人なのかと想像をふくらませながら、シュクルに連れられて外へ出る。
 向かったのは城から少し離れた先にある街だった。
 そこで待ち合わせているらしく、シュクルは街の門の前に着くときょろきょろし始める。

(仮にも魔王がふらふら出歩いていいのかしら……)

 そう思わないでもなかったが、すぐに考え直す。
 ほとんど外に出てこなかったシュクルは、恐らく亜人たちに顔を知られていない。ならば騒ぎになることもないのだろう。
 そうしてしばらく待っていると、不意に頭上で羽音が聞こえた。

「シュシュ! わり、時間忘れてた!」

 降り立ったその男は顔にくちばしの付いた仮面をつけていた。当然どんな顔なのかはわからない。
 以前、カラスの亜人は飛ぶときに姿を変えていた。大きなカラスの姿はまだ記憶に新しいが、シュクルの友人らしきこの人物は違うらしく、腕だけを翼に変えている。それも、地に足を付けた瞬間、人間と同じ腕に変わった。
 器用な真似をする、とぼんやり思う。
 そんなティアリーゼの横でシュクルが顔をしかめていた。

「いつも忘れる」
「そりゃあ俺、鳥だしな」

 シュクルより少し背の低いその人をまじまじと見てしまう。
 その視線に気付いたのか、男はティアリーゼの方を向いた。

「よう、ティアリーゼだっけ? 俺、キッカ・クゥクゥって言うんだ。シュシュの友達やってる。よろしくな」
「こちらこそよろしくお願いします。キッカさんと呼んだ方がいいですか? それともクゥクゥさん?」
「好きに呼んでいいよ。あんま気にしねぇし。シュシュはキッカって言いづらいんだってさ。俺もシュクルって呼ぶと喉がごにゃごにゃする」
「ごにゃごにゃ……」

(なんだかおもしろそうな人だわ)

 シュクルがうるさいと言っていた意味をなんとなく理解する。
 キッカはひっきりなしに喋り続けていた。

「んでんで、どこまでいった? 羽繕いした? 巣作った?」
「私は鳥ではない」
「そんじゃなにしたんだよー。こないだはほら、ギィとかみんなうるさかったじゃん? 俺だけなんだし、好きなだけのろけていいぜ! ほらほら!」
「ティアリーゼが困っている」
「……あ、そっか! そんじゃそっちと喋るわ!」

(えっ)

「今日は街を歩く日だ」
「えー、いいじゃんいいじゃん。歩くの苦手なんだよ。地面近くて頭痛くなる」
「我慢しろ」
「お前みたいに地面ずりずり動くの嫌いなの!」
「ずりずりしない」
「してるだろー。俺から見りゃ十分ずりずり」

 今まで明るく賑やかな人が周りにいなかったせいで、シュクルがそんな相手と絡んでいることに違和感にも似た気持ちを覚える。
 しかし、シュクルが嫌がっているようには見えなかった。
 表情はともかく、尻尾が楽しそうに跳ねている。

「まあいいや、歩きたいなら付き合うよ! んで、どこ行く? どこ行く?」
「クゥクゥ、うるさい」
「えー」
「楽しい方なんですね、キッカさんって」
「そう? 俺からすりゃシュシュのがおもしろいよ。人間に好き好き言ってんだもん。くちばしもねぇのになー」
「くちばしって大切なものなんですか?」
「そりゃあやっぱり立派な方がいいだろ?」

 鳥の亜人にはなにかしらの美学があるようだった。
 確かに先日世話になったカラスも仮面を付けていた、と考えながらティアリーゼはいくつも質問する。
 よく喋るキッカとの時間は楽しいものだった。
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