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第二話

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 初めて入るシュクルの部屋は意外にも王らしいものだった。

(てっきりこの人のことだから、なにも置いていないのかと思った)

 机に向かうシュクルはまともに見える。普段のあのよくわからない人物とはとても思えない。
 その横に立って険しい顔をしているのは、やはり初対面の相手だった。シュクルやメルチゥと同じく亜人で、この二人よりもずっと殺気立っている。

「今、王は忙しいんだが」
「忙しくない」

 即答するとシュクルは滑るようにティアリーゼの前へやってくる。
 相変わらず表情は硬いが、いつもより床を叩く尻尾の勢いが強い。

「私も会いたかった」
「……あなたに会いたくて来た、なんて一言も言ってないわよ」
「……違うのか」
「ち……違わない、けど」

 目に見えて落胆したのがわかり、慌てて否定する。
 また、シュクルは少し嬉しそうにはにかんだ。

(危ない。また流されてる)

 本来の目的を思い出し、ティアリーゼは改めてシュクルを見上げた。

「あなた、私のことを王妃って紹介しているの?」
「いかにも」
「勝手に決めないで。まだ承諾していないわ」
「まだ」
「……そういうところを突っ込まなくてもいいのよ」
「勝手に話を進めるな、人間」

 ぴしゃりと鋭い声がして、はっとそちらの方を見る。
 先ほどシュクルを忙しいと言った男だった。

「トト、うるさい」
「もとはと言えば王が悪いんです。この人間はあなたを殺しに来たとはっきり言ったのでしょう。なぜ、今もこの城に留め置いているのです? さっさと八つ裂きにでもすればいい」
「裂くつもりならとうにそうしている。ティアリーゼは柔らかいから」

(……なんの話をしているの)

「だから触るのは怖い。触りたいが」
「……王、腑抜けるのも大概にしてください。大体、あなたは」
「メルチゥ」
「っ、はい!」

 シュクルはトトの話を遮ると、じっとおとなしくしていたメルチゥに目を向けた。
 突然名を呼ばれたことに驚いたのか、ティアリーゼと出会ったときか、それ以上に身をこわばらせている。

「トトがティアリーゼを殺さないよう、お前が見張っていろ」
「は、はい……!」
「では、仕事に戻れ」
「承知いたしました!」

 ぴょこんとメルチゥが頭を下げ、そそくさと部屋を出て行く。
 扉が閉じるとほぼ同時に、トトはシュクルを咎めるように見た。

「王、あなたは……」
「待って」

 トトとティアリーゼが声を発したのはほぼ同時だった。

「ちゃんと説明しないと、トトさんも困ると思うわ。……私もいまだによくわかっていないことだらけだし」
「もう諦めたのかと思っていた。ずっと部屋でおとなしくしていたから」
「……私の諦め待ちだったの?」
「単に忘れていただけだ」
「忘れたって……私がここに来てから何日経ったと」
「わからない。私には一瞬のことだった」

(時間の流れからして私とは違うのかしら。……四百歳以上なんだものね)

 今回もまともに会話ができそうになかった。
 それならば、とティアリーゼはトトの方へ向き直る。

「トトさん、でしたね」
「馴れ馴れしく呼ぶな、人間」
「……他に呼び方がわからないので許してください。恐らく誤解があると思うので言っておきますが、私はこの人の妻になるつもりはありません」
「まだ」
「シュクル、お願いだから口を挟まないで」

 先ほど、まだ承諾していないと言ったのが悪かったらしい。
 ティアリーゼにとってはありえないことでも、シュクルにはいつかのこととして認識されてしまっている。
 それをどうやらトトも薄々察したらしかった。
 ティアリーゼとシュクルの間にある温度差を感じ取ったという方が近い。

「王の考えは我々に及ばないことだが、必要以上に近付かないと言うのなら、しばらくの滞在は認めてやってもいい」
「私が決めることでは?」
「王がそういった些末事に心を煩わせることがないよう、我々がいるのですよ」
「言いくるめられている」
「言いくるめていますからね」

(この人も同じだわ。……レレンも私に対してこうだった)

 今も国にいるであろう教育係のことを思い出す。
 ティアリーゼにとってはよい師であり、小言の多いお目付け役でもあった。トトもシュクルにとってのそういう存在なのだろう。
 そう感じ、ティアリーゼは少し笑う。
 その途端、シュクルの尾がぴんと立った。
 そして、そわそわしながらティアリーゼの顔を覗き込む。

「お前は笑わない生き物かと思っていた」
「そんなことないわ。私だって面白いことがあったら笑うわよ」
「覚えておく」

(今、一番面白いのはあなたかもしれない)

 そう思ったことはシュクルに言わないでおく。
 普通ならば気分を害しそうだが、シュクルなら面白いと言われて喜んでしまう気がした。
 そう予想できる程度には懐かれているのを自覚している。
 触れたから好意を抱いた、という理由にはいまだに納得できていないが。

「ときに、ティアリーゼ。聞きたいことがある」
「なに?」
「……王、まだ政務の最中ですよ」
「だから聞いている」

 再び咎めたトトを黙らせると、シュクルはティアリーゼに一枚の地図を広げてみせた。
 ティアリーゼとメルチゥが来る前、これを机に広げてトトと話し合っていたらしい。

「この地域で人間が我々の巣を壊して回っている。なぜ、人間はそのような真似をする?」

 そう聞いたシュクルは、以前ティアリーゼにどのようにして殺すのかと聞いた時と同じ目をしていた。
 純粋な疑問。本当に人間の考えがわからないからそう聞いているのだろうと悟り、ティアリーゼも考える。

(どうして……かしら)

「王、そのようなことを人間に聞いてどうするのです」
「理由がわからなければ対処のしようもない。人間がなにかを求めているのなら、それを与えてやれば巣の平和は保たれる」

(……この人は本当に王なんだ)

 ティアリーゼの耳に入ってくる会話の内容は、いつものシュクルらしからぬものだった。
 国を治め、統べる者の言葉。ティアリーゼの父もまた、こういったことに頭を悩ませ、相談してきたのを思い出す。
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