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第一話
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あまりにも順調すぎる、と思っていた。
目の前には倒すべき存在として刻み込まれてきた『魔王』が。
そして自分は『勇者』として対峙する――はずだった。
それなのにどうしたことだろう。
ここまで共に来てくれた仲間は大理石の床に膝をつき、頭を垂れている。
「どうして……」
まるで忠誠を誓うようなその仕草を向けられているのは、『勇者』である自分ではなく、敵対しているはずの『魔王』。
抜き身の剣を下げ、呆然と立ち尽くす自分の前で仲間たちは言った。
――供物を届けに来た。だから我が国には大陸一の繁栄を、と。
***
この世界には五つの大陸がある。
険しい山々と深い谷を有し、人はおろか獣でさえ生きられぬという北のカルブ。
水晶の森に古代遺跡の眠る謎多き神秘の地、東のフェルスト。
最も広大ながら、寒暖の激しさから大陸一厳しい地とされる西のナ・ズ。
大海原に散った複数の島々からなる、唯一他の大陸と面していない南のウァテル。
そして地図で言えばその中央に存在する地をレセントと言う。
「――五つの大陸には『人』と『人ならざる者』がおり、獣と入り混じったその姿の者たちを『亜人』と呼ぶ。……でしょう」
美しい王宮の奥にて、掌中の珠とも噂された姫が言う。
彼女の名はティアリーゼと言った。
噂に違わぬ美しい容姿を持ちながら、姫らしからぬ強い光を瞳に湛えている。
そんなティアリーゼに向かって教育係のレレンが頷いた。
「さすがティアリーゼ様。我が国の姫君として、そして勇者としてふさわしい教養を身に着けておいでのようです」
「……だったらいいんだけど」
ティアリーゼは中央の地レセントにある小国タルツのプリンセスとして生を受けた。
同時に――『魔王』を倒す『勇者』として。
――魔王。
それは人ならざる者たちの王であり、大陸と、そこに住まうすべての生き物を治める者である。
五つの大陸にはそれぞれの魔王が一人ずつおり、当然レセントにも存在している。
人は人ならざる者を疎み恐れながら、その存在に支配されて生きているのだ。
だからこそ、ティアリーゼがいる。
「あなたの役目はなにか、覚えておりますね」
「……もちろん」
答えて、ティアリーゼは歌うように囁く。
「魔王を倒し、この地を人の手に取り戻す。……初代タルツ王の特徴を最も色濃く継いだ私が」
(忘れるはずがない。今まで何度も何度も言い聞かせられてきたんだから)
ティアリーゼは窓へと目を向けた。
はめ込まれた分厚い硝子に映るのは、赤銅色の髪と翡翠を溶かしたような瞳の自分の姿。
かつてレセントを治め、この地にタルツという国を興した王もまったく同じ色を持っていたらしい。ティアリーゼの父も母も、そしてただ一人の兄もこの色を有していない。
それが勇者の証である、と父は言う。
が、齢十八になるティアリーゼにはまだ信じられないものがあった。
髪と目の色だけでそんなに大それた存在になれるものなのか、と。
「私を勇者と呼ぶのは構わないけれど、いつ旅立つ日が来るのかしら」
「時が来れば、でございます」
「……あなた、いつもそう言うわよね」
「他に言いようがないもので」
「いっそ、こちらから出向いた方がいいんじゃないかと思うわ。その方が早そうじゃない?」
「そういう問題でもないのですよ、ティアリーゼ様」
ふう、とティアリーゼは息を吐く。
自分に大きな役目を課しておきながら、肝心のその時は今になっても来ない。
(このまま日々を過ごすだけでいいの?)
耳にするのは亜人たちによる許しがたい行為。
狂暴な獣の一面を持つ亜人たちは、ときおり人を襲い、村々を襲った。甚大な被害になることも少なくはなく、ティアリーゼの父親であるタルツ王も頭を悩ませている。
こんな風に亜人に苦しめられているのはタルツの国だけではないだろう。
レセントに存在するすべての国が、そしてすべての人が、亜人たちによって辛い日々を強制されている。
そう思うと、ティアリーゼはおとなしくしていられなかった。
レレンを横目に、立てかけてある剣を手に取る。
「今日も付き合ってくれるわね」
「承知いたしました」
『勇者』としての教養を叩き込まれ、そして剣の腕を鍛える。
姫として生まれながらその生き方を許されないティアリーゼの、いつもと変わらない一日が始まろうとしていた。
目の前には倒すべき存在として刻み込まれてきた『魔王』が。
そして自分は『勇者』として対峙する――はずだった。
それなのにどうしたことだろう。
ここまで共に来てくれた仲間は大理石の床に膝をつき、頭を垂れている。
「どうして……」
まるで忠誠を誓うようなその仕草を向けられているのは、『勇者』である自分ではなく、敵対しているはずの『魔王』。
抜き身の剣を下げ、呆然と立ち尽くす自分の前で仲間たちは言った。
――供物を届けに来た。だから我が国には大陸一の繁栄を、と。
***
この世界には五つの大陸がある。
険しい山々と深い谷を有し、人はおろか獣でさえ生きられぬという北のカルブ。
水晶の森に古代遺跡の眠る謎多き神秘の地、東のフェルスト。
最も広大ながら、寒暖の激しさから大陸一厳しい地とされる西のナ・ズ。
大海原に散った複数の島々からなる、唯一他の大陸と面していない南のウァテル。
そして地図で言えばその中央に存在する地をレセントと言う。
「――五つの大陸には『人』と『人ならざる者』がおり、獣と入り混じったその姿の者たちを『亜人』と呼ぶ。……でしょう」
美しい王宮の奥にて、掌中の珠とも噂された姫が言う。
彼女の名はティアリーゼと言った。
噂に違わぬ美しい容姿を持ちながら、姫らしからぬ強い光を瞳に湛えている。
そんなティアリーゼに向かって教育係のレレンが頷いた。
「さすがティアリーゼ様。我が国の姫君として、そして勇者としてふさわしい教養を身に着けておいでのようです」
「……だったらいいんだけど」
ティアリーゼは中央の地レセントにある小国タルツのプリンセスとして生を受けた。
同時に――『魔王』を倒す『勇者』として。
――魔王。
それは人ならざる者たちの王であり、大陸と、そこに住まうすべての生き物を治める者である。
五つの大陸にはそれぞれの魔王が一人ずつおり、当然レセントにも存在している。
人は人ならざる者を疎み恐れながら、その存在に支配されて生きているのだ。
だからこそ、ティアリーゼがいる。
「あなたの役目はなにか、覚えておりますね」
「……もちろん」
答えて、ティアリーゼは歌うように囁く。
「魔王を倒し、この地を人の手に取り戻す。……初代タルツ王の特徴を最も色濃く継いだ私が」
(忘れるはずがない。今まで何度も何度も言い聞かせられてきたんだから)
ティアリーゼは窓へと目を向けた。
はめ込まれた分厚い硝子に映るのは、赤銅色の髪と翡翠を溶かしたような瞳の自分の姿。
かつてレセントを治め、この地にタルツという国を興した王もまったく同じ色を持っていたらしい。ティアリーゼの父も母も、そしてただ一人の兄もこの色を有していない。
それが勇者の証である、と父は言う。
が、齢十八になるティアリーゼにはまだ信じられないものがあった。
髪と目の色だけでそんなに大それた存在になれるものなのか、と。
「私を勇者と呼ぶのは構わないけれど、いつ旅立つ日が来るのかしら」
「時が来れば、でございます」
「……あなた、いつもそう言うわよね」
「他に言いようがないもので」
「いっそ、こちらから出向いた方がいいんじゃないかと思うわ。その方が早そうじゃない?」
「そういう問題でもないのですよ、ティアリーゼ様」
ふう、とティアリーゼは息を吐く。
自分に大きな役目を課しておきながら、肝心のその時は今になっても来ない。
(このまま日々を過ごすだけでいいの?)
耳にするのは亜人たちによる許しがたい行為。
狂暴な獣の一面を持つ亜人たちは、ときおり人を襲い、村々を襲った。甚大な被害になることも少なくはなく、ティアリーゼの父親であるタルツ王も頭を悩ませている。
こんな風に亜人に苦しめられているのはタルツの国だけではないだろう。
レセントに存在するすべての国が、そしてすべての人が、亜人たちによって辛い日々を強制されている。
そう思うと、ティアリーゼはおとなしくしていられなかった。
レレンを横目に、立てかけてある剣を手に取る。
「今日も付き合ってくれるわね」
「承知いたしました」
『勇者』としての教養を叩き込まれ、そして剣の腕を鍛える。
姫として生まれながらその生き方を許されないティアリーゼの、いつもと変わらない一日が始まろうとしていた。
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