ユーフォリア

晴日青

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愛を取り戻した女の話

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***

「……早く起きないかな」

 目を閉じた彼の顔を覗き込む。
 彼女を『運んだ』ことで疲れてしまったのか、彼は死んだように眠っていた。
 以前のように揺さぶって起こしたいような、このまま寝かせてあげたいような、そんな不思議な気持ちになる。

「……私、とても嬉しいの。もう一度会いに来てくれてありがとう。もう一度会わせてくれてありがとう。だから……ごめんなさい」

 そっと彼の胸に顔を近付ける。
 とく、と生きた人間の音がした。
 その音に惹かれて、そこにゆっくりと手を伸ばす。
 触れた温もりは確かなもので、彼女の指先をじんわり温めた。

「起きて。……でも、起きないで。ずっと眠っていてくれれば、きっと何も悲しいことなんてないと思う。もう一回あなたとお別れしないですむ。……分かってるのに、あなたと話したい。もう一度だけ、あなたと」

 ――彼女には自分のことがよく分かっていた。
 温かい彼の手を握っても、自分にその温もりが移らない意味を。
 そして、彼が今の今まで彼女に気付かなかった意味を。

「……シレネの花が咲いた家だって。私たちのどこに『偽りの愛』があるんだろう。……嘘を吐いているのも、騙しているのもあなたじゃない。……私だけ」

 すぅ、と彼が息を吸う。彼女にはもう必要のないものだ。

「あの女性はサルビアの花が咲いた家に住んでるって言ってた。子どもが待ってるサルビアの家。ねぇ、サルビアの花言葉を知ってる? 『家族愛』って言うんだよ。……きっと、あの人の子どもは――」

 ――私と同じだね。
 事実を拒むように彼女は激しくむせた。
 もっとも、むせていると思い込んでいるだけかもしれない。
 かつての記憶がそう錯覚させているだけのようにも思えたし、硬直した喉が空気の吸い方を忘れて本当に痙攣しているようにも思えた。
 どちらにせよ、彼女にはある意味で関係がない。

「……ん」

 もぞ、と彼が身じろぎする。穏やかな寝顔を見て、彼女は嘆息した。

「……ごめんなさい」

 きっと彼は目を開けるだろう。
 そして、彼女に『気付いてしまう』。

「……ここはあなたにとっての楽園じゃない」

 彼女はそう呟いて、目を閉じた。ふわりと甘すぎる香りが漂い、そして――。
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