ヘタレαにつかまりまして ２

34 準備 side 陸

5

「あ、の、笹部君」

「ん、あ、わりぃ。
お前の椅子だったか？」


名前を呼ばれて顔を上げると、女子生徒が三人固まってこっちを見下ろしていた。
手を伸ばしても届かねぇ、微妙に離れた距離。
三人の目は俺を避けるように泳いでいて、誰とも合わねぇ。
無抵抗な相手になんもしねぇっつーのに、俺の前に来ると大概こんなんなんだよな。
初めっから物怖じして無かった渡は、例外中の例外だ。


「い、椅子は、その、私のなんだけど・・・あの、座っててもだだだ、ダイジョウブデスカラァッッ」


腰を浮かせたら、真ん中に立っていた生徒が切羽詰まった様子で止めに入る。
だが、カタコトの裏声混じりな喋り方はどう見ても俺を怖がってのことだろう。
こっから離れた方が良さそうだ。
異様な女子生徒の声に反応し、教室はシン・・・と静まり返ってこっちに視線が集まっていた。
男子生徒の輪に入っていた壁際のゴリラも、注視してくる。

難癖つけられて居残りはごめんだぜ。
完全に立ち上がり、さっさと窓辺にでも行くかと思ったんだが。
固まっていた三人が、俺の行く手を阻むように一歩踏み込んできた。
今まで泳いでいた視線も、俺の目に真っ直ぐ照準を合わせてくる。


「ああ、あああ、あのっ
ステージ、格好良かったですっっ」

「すご、凄かったですっ」

「うう歌もダダダンスも、見てて、泣いちゃいましたっっ」


・・・は？

涙ぐみ、首まで真っ赤にさせながら立て続けに叫ぶ三人に首を傾げる。
俺に菊川や生徒会メンバー以外が話しかけてくんのは珍しい。
こんな面と向かってなんて、マジでいつぶりかもわからねぇ。

これがまるで突破口になったとでも言うのか、こちらの様子を固唾を飲んで伺っていた他の生徒も近付いてきて口々にステージの感想を話し出す。
流石に、パワーバランスが明確なαは近寄ってこねぇが。

曖昧に頷きながら、まぁ、悪い気はしねぇよな。
元々は、かなちゃんのためなら一切手を抜かねぇ菊川に強引にやらされたことだが、結果、渡に良いところを見せれたわけだし。
わざわざ練習動画まで撮影して、凝り性の竹居と生真面目な松野にこまけぇとこまでチェックされて辟易させられたがな。

発情フェロモン防止のマスクをしていたから、声は上手くマイクに拾えて無かったはずなんだが。
歌を褒めてくる生徒が多いってことは、そのあたりはＢＧＭと雰囲気でなんとかなっていたらしいな。

稲葉が威嚇しながらこちらに歩いてくると、俺を囲んでいた生徒は逃げていった。


「ねぇ、ねぇ、笹部。
今度、カラオケで私のために歌ってよっ」


笑顔で迫ってくるが、「行かねぇ」の一言で片付ける。
なんで俺がお前のために歌わなきゃならねぇんだ。
面倒くせぇ。