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30 学園祭 side 陸

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そこから、ただひたすら追い求め、歩いた。
この先に居る、俺のΩのことだけを考えて。
宙に浮かぶ、俺のΩの発情フェロモン。
煙のように、時間が経てば周囲の空気に混じり溶けて消えていくそれは、人が側を行き交うだけでも緩やかに形を崩してしまう。
横断されたのか、散り散りに乱れている場所まであった。

途切れ途切れの断片を掻き集め、進行方向を探りながら進むしかねぇ。
走れば距離は縮まるかもしれねぇが、見落とす可能性の方が高い。
それくらい、慎重さを求められる微かな匂い。
逸る気持ちを抑え、歩き続ける。

だが。

近付けば濃くなるはずの匂いも形も、なぜか実験室から離れるにつれて薄れていく。
発情フェロモンが出ていても、実際の発情期にはかなり時間があるのかもしれねぇな。
この薄さなら、他のαに先手を打たれ、番に取られることはねぇだろう。

実験室に長い時間滞在していたことで、身体に匂いがまとわりついていたが。
そこから動いたことで、本来の発生量しか跡に残らなくなってきているのか。

冷静に分析する一方で、このまま追ってもロストする可能性の高さに焦る。

焦れば、集中力を欠く。

自分を戒め、辿るしかねぇ。

集中力が途切れれば、一瞬で見失いそうになる希薄な残り香。
眉間にシワを寄せ、口元を手で覆いながら慎重に、だが、誰かに当たりそうになれば素早く避ける。
もし途中で誰かにぶつかるようなことがあれば、そっちに気を取られて進むべき方向が完全にわからなくなる。

ピリピリと緊張しているせいか、とても学園祭を楽しんでいるようには見えないんだろう。
自然と道を譲られる。
飲食を提供している教室の前は、余計な匂いに溢れていてまだ見失ってねぇのに喪失感がヒタヒタ背後まで迫ってきてる予感にゾッとした。

くまなく歩いてんのか、なかなかこの先にいる俺のΩが見えてこねぇ。
まぁ、だけど、俺が多少関わったこの学園祭を楽しんでくれているなら。
なんの罪滅ぼしにもならねぇが、嬉しい。

どこまで続くか検討もつかねぇ。
目の前を漂う、発情フェロモンの残り香。
俺と俺のΩを結ぶ、たったひとつの手掛かり。

絶対にこの先に居るとわかってんのに。
あーっっ、くっそっ

柿崎の名前を持つ生徒は高等部にはいねぇ。
離婚したかなんかで、苗字が変わってんだろう。
今の名前がわからねぇからって、柿崎の名前で放送をかけても、名乗り出ては来ねぇよなぁ。
最悪を見越して次の策を練ろうにも、全く思いつかねぇ。

気付けば1時間以上歩き、必死に辿っていた目の前の痕跡が、ついに掠れた点に変わってしまう。
もともとの薄い濃度と時間の経過によるロスト。
俺が二年の廊下に戻る頃には、点が人の動きに合わせてバラバラに、フワフワ好き勝手に浮かんでいた。

俺は、廊下の中央に立ち尽くし、それらを眺め。
あぁ、コレは、とてもじゃねぇが。
諦めるしかねぇな。
牙も戻った口から、空笑いが漏れた。
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