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第2話

繊細デリケートヤクザ (2)

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「失敗、と言う程でもないんだけどね。自分が納得してないと言うか」

 繊細デリケートヤクザめ、と心の中で思いつつ確かにこの男の動画に惹かれたのは常に完璧だったから。パーフェクト。
 清潔で、明るくて、無駄口を叩かず淡々とテロップで表示される分量と調理工程、最後に映し出される完成品に添えられている小さな花などの小物も全部、魅力的だった。

「……汚い仕事をしているせいか、あなたの動画にある清潔感を私は求めていたのかもしれませんね」
「翠ちゃんが私にしっかりとした感想を……?」
「それくらい、憧れていたんですよ。明るくて、真っ白で、きっといい匂いがするんだろうな、って」

 食べ終わったなら出ましょう、と一緒に頼んであったコーヒーも飲み干して席を立つ。

「翠ちゃん待って」

 振り向けば棗は少し焦っているようだった。

 ジェラートショップと併設されているチョコレートショップ。
 メインの量り売りのコーナーで立ち止まった私に棗が追いついて何か言いたげにしているけれど多弁な癖に言葉が出ない。

 中くらいの袋を手に取ろうとした私に棗は一番大きな袋を手渡す。
 量り売りのモノってつい高額になりがち。普通じゃない金額の取り引きをしているせいでいくらこういった商品の代金に糸目を付けなくても食べられる量は限られている。美味しく食べられるだけの量で良いから、と思っていたら「このあと私の部屋、来るでしょ?」と身を屈めて耳打ちをするように、誰にも聞かれないように短く問われた。

(二人で食べるから、大きな袋……か)

 ナツメが手にしていた袋を受け取り、黙って自分が好きなフレーバーのチョコレートを袋に納めて行く。
 ずっしりとした袋を手に「他には?」と勧めてくるので首を横に振る。なんとなく、今日のこの男は最初から様子がおかしい。

 男のマンションまで送られて、でも私たちはお茶をしてきたばかり。そうしたら急に「腹ごなしにはならないかもしれないけど仕込み、手伝ってくれない?簡単な作業だから大丈夫」と棗が言い出した。

 了承をする前から渡される見たことのあるエプロン。きちんとアイロンが掛けられている男性サイズの物は私の身には余ってしまうけれど髪もきちんと結んだ私は正直、わくわくしてしまう。当然、このまま部屋に来たからには風呂なりベッドの上に連れて行かれるのかとも……不思議と今日は考えていなかった。

 仕事の話でもしようとか、そんな気分だった。
 軽装になった棗もこれまた見たことのあるエプロンをして、手をしっかりと洗う。

 藤堂棗が、私がいつも憧れていた推しの姿に切り替わる。

「翠ちゃん?」

 別に見惚れていたんじゃない。絶対に違う。
 でも……口元が緩みそうになってしまう。

 白を基調としたもとから清潔なキッチン、そこに照明が加わるといつも私が見ていた憧れのキッチンがそこにあった。エプロンをした棗がいて、白い世界に立っている。

「翠ちゃんは包丁、得意?」
「アーミーナイフなら」
「うん、十分だね」

 キッチンの棚を開ける棗を凝視してしまう。いつもは映っていないバックヤード的な部分。

「デーツとオレンジピール……よりもベルガモットの方が良いかな。少しほろ苦いの」
「何の仕込みですか」
「フルーツケーキ。パウンドケーキが丸くなった、みたいな?最後、お砂糖のグレーズかブランデーシロップを塗る素朴なやつ」

 それの仕込みを手伝って欲しい、と。
 棚の中には使いかけのドライフルーツやナッツが入っているみたいで私に話しかけながら悩んでいる。

「ベルガモットなら香りが良いから少量にして、あとはラズベリーを中心にしようか。翠ちゃん、ベリー系好きだよね」

 今日もストロベリージェラートを食べていた私。
 チョコレートジェラートとストロベリージェラートの組み合わせが好き。だからチョコレートのお菓子を買う時は自然とベリー系を選んでいる節がある。

 棗は私に大体これくらいで、と用意した大きなドライフルーツを刻んで欲しいと見本を残して自分はまた別の作業をしている。
 この収まりの良いペティナイフも動画の中で見たことがあった。
 とんとん、と音はあまり立たないけれど普段、調理など一切しない私は彼の理想通りになるように仕事中のように慎重になってドライフルーツを刻む。

「っふふ、翠ちゃんヒトゴロシしてる時の目をしてる」
「は……いや、だって」

 推しの邪魔はしたくない。
 ナメた真似なんて出来ない、と言おうと思ったけれど既に棗はナッツ類を用意していて「刻み終わったら弱火で乾煎りお願い」と指示をする。

「この仕込み、いつも一人でしているんですか」
「そうだよ」

 ふうん、と問いかけておきながらそんな反応しか出来なかった。

「忙しい時は手が掛けられないから……ゼリーとかプリンとかの日、あったでしょ」
「たまごプリン」
「そう、良い食材だけ揃えておけばあまり仕込み時間は必要ないから」

 言われた通りに仕込みの手伝いをしていると「夕飯もどう?私が作るからそんなに凝ったモノじゃないけど」と言う。

(推しの、夕飯……?)

 靡いてしまう自分が悲しい。
 この男、わざとらしさとさり気なさの使い分けが本当に上手い。
 人の心を掌握する事に長けている者の中でも棗はどちらかと言えば天然モノだろう。そう言う素質を持ち合わせていた人間の中でもこの男は“上手に悪用”している人間だ。

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