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単話『ハロウィーンのその前に』

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 司の肩の墨色に唇を寄せる。
 愛しい、の想いをちゅ、ちゅ、と吸って痕にしてみようにも上手く行かずに……しかしながら司は本当に余裕がないようでその間も緩く揺れ動いていた。

 千代子はどうやら色のない肩口の牡丹の入れ墨に淡いうっ血の赤さを残したいようだけれど上手くいかない。単純に吸うのが弱いと言うのもある。

 そしてその行為にいつも司が耐えらえないと言うのも、大いにあった。
 練習云々の前に堪えきれずに止めさせてしまうからだ。

「ふ、うっ……」

 名残惜しそうにベッドに押し付けられて身を竦める千代子。
 ウエストから胸の下、するりと上がって胸の膨らみに触れる司の手。

 柔らかくて温かい千代子。
 司は千代子の悩みを知らない筈なのに丁寧に体を撫でて、そのゆるやかな輪郭を記憶に残しているようだった。

「司さん」
「うん?」

 もっと、触ってくれますか。
 千代子の願いに応えるように、律動をやめた司がどこかマッサージをするように手のひらや親指の腹を使って押し上げたり、少し掴んでみたりとしていれば目を閉じて――恥ずかしさの中に女性の艶を持った千代子の表情があった。気持ちよさそうに集中して、触れる手のぬくもりを感じているようだった。

 きゅ、と胸の先を摘まんでしまえば反応して竦むまっさらな肩。
 可愛くて、美しい人。

 でも、そろそろ限界だな、と司は思う。
 千代子も多分気づいている。

 手を取って、重ねて、握り込む。
 そうすれば千代子も握り返して……きしきしとほんの小さく軋みだすベッドの音の中に混じっていた吐息だけの声が、色を持ち始めた。それは司も同じで、吐息が強くなる。

「千代子」

 呼ぶ声に千代子の背がひく、と浮く。
 どんな風に呼ばれても、営みの最中のこれだけは絶対に慣れる事はない。
 司が体重を乗せるように屈みこんで密着しながら深く――抱き込まれた千代子は耳元で囁かれる自分の名前に膝の震えが止まらずに、掴まれた手に喘ぐ声を塞ぐことも出来ないで必死に司の手を握り返す事しかできないでいる。

「千代子……ちよちゃん」

 腕の中で小さく喘ぎ続ける身を抱き潰してしまいそうになる。
 そして司が気が付いた時には自分の欲の深さに、千代子が溺れていた。

「ふ、あッ」

 もたらされる愛情の快楽が千代子の瞳のふちに涙を溜めさせて、司はそれを指先で拭う。余裕ないかも、と言っていたのに思っていたよりも長く愛されている気がしてならない千代子は開放された手で司の背に爪を立てる。

「もう、や……っ」

 絶え間なく、何度も甘く果て続けている。
 何をされても、囁かれても、体のすべてが司そのものに感じている。
 ひくひくと震えてしまう体を少し力むように止めようとしても気持ちよさが跳ね返って来て、深く愛される衝撃に涙が込み上げてしまう。

 ずく、と奥の方を抉るように探った司に息を飲んだ。

「あ、ぐ」
「ここかな」

 とろけるようだった二人だけの時間を割るように穿つ熱の塊。
 これでも今夜は司が加減をしていたのだと知ってしまった千代子は閉じる事が出来なくなってしまった口で短く呼吸をし続ける。

「ちよちゃん、痛くない?」

 深く、深く、優しく揺り動かされたお腹の奥。
 悲鳴はあまりにも小さく、司も自らの背にきつく爪を立てられている鋭い痛みすら快楽に変わっていた。自らの昇り切った熱情を搾り取ろうとするうねりにぐ、と堪えても自分の腹の底に持つ獰猛さが千代子に甘い悲鳴を上げさせてしまう。

「ここ、ね」
「い、や……っひ、あ」
「ちよちゃん可愛い……どんなちよちゃんでも私は」

 愛しくて、たまらなくなる。

 耳元で囁かれた言葉が千代子のお腹に響く。
 体の事とか不安とか、抱いていた心配などすべてがその言葉に弾けて消えて、もう思考がぐるぐると掻き乱されて白み、爪を立てている事すら出来なくて。
 互いに愛し合う純粋な欲望に身を任せて、お腹の奥で爆ぜたいと腰を進め続ける司に揺さぶられ続ける。

「千代子、顔を見せて」

 強い快楽に泣き濡れている愛しい人。

「明日はゆっくり寝てて、ね?」

 喘ぎ泣くなめらかな頬に唇をすり寄せれば籠った熱でシャンプーの花の香りが立つ。優しい千代子の甘い匂いが男の性根に芯を持たせてさらに、膨張する。

「ひ、あ……っ、やだ、もうや……ッ、おかしく、なる」

 それは、司の持つ執念の片鱗が見えた時だった。
 痛がっていないのなら、と。

「や、やっ、またいっちゃ、う!!もういくのやなのに……ッ、ぁあ!!」
「うん……そうだね、私も……もう」
「んんんッ……ひ、ぅ…あ、あ――ッ!!」

 ぴく、ぴく、と跳ねるような痙攣に逆らえず千代子のお腹の奥深くに濁った熱情を吐き出す。ひ、とまだ喘ぐその身を抱き込んで最後の一滴まで注ぎ込むような腰つきは千代子の瞳からはらはらと快楽の涙をこぼさせてしまっていた。


 ――翌朝。
 ソファーに横になってまるで動けないでいる千代子は毛布を抱いてじと目でミネラルウォーターの入ったグラスを持ってきてくれた司を見る。一応、先ほどシャワーを浴びて来たがそのまま新しい寝間着のワンピースに着替えてまた横になっていた。

 ベッドで寝た方が、と勧められたが千代子の部屋にあるベッドも司の部屋の物と同じメーカーのベッドとマットレス。そんな所で横になったら昨夜のあまりにもだった激しさを思い出してしまいそうだと千代子自ら、大きなソファーまで毛布を持ってきていた――が、それはいじらしくも司のベッドの方の毛布だった。
 猫みたいに丸くなってて可愛いな、と思う司だったが流石に反省はしていた。擦れたかかとのケアをしていた筈だったのに、千代子の足に触れたらもう欲が抑えられず。

「今日、お昼と……夜も何かデリバリーしよっか」

 謝り倒したのは一時間ほど前。

「夜は……作ります。きのこの焚き込みごはんと蕪のお吸い物と」

 でも、と千代子は自らのスマートフォンの画面を司に見せる。
 お昼はこれが食べたいです、と。
 オマール海老のトマトクリームスープとパンやサラダが付いたおしゃれなお店のランチセット。千代子の考える外食費用としては高い方にあたるメニューかつ、作った事のない部類。千代子にとっての食事は司と一緒に楽しく共にできればそれで良かったのだが今回ばかりはいつもと違って我が儘をする。

 司の稼ぎからすれば小さな我が儘でも、千代子にとっては大きな事。

「食べたこと、ないので」
「うん」
「他にも、冷凍パウチとか通販していいですか」
「もちろん」

 のそのそと体を起こしてソファーの上に座る千代子はまだ毛布を抱いていた。自分のあの杞憂は何だったのか、昨日の夜の激しさは一体何だったのか。思い出すだけで顔が熱くなる。

 どれにするの?と隣に座った司の方に力の入らない体が傾いてしまって――なし崩しに司の腕の中、と言うか司が毛布ごと千代子を引き込んでしまう。

「ちよちゃん温かい」
「司さんは薄着すぎます」
「そう?普段がスーツだから休みの日は、ね。ちよちゃんが温かいからこれで良い」

 抱き締めてくれる司がまるで寝かしつけるように優しくぽんぽん、とお腹の辺りを叩くものだから……二人はそのまま、朝食もとらずにまた瞼を閉じてしまう。

 ひと眠りすればすっきりする意識。
 何か軽い食事でも、と思っても毛布を踏まれていて抜け出せない。

「……わざとですね」
「バレちゃった?」

 もう、と身を捩って起き上がろうとする千代子を引き留める司のスキンシップ程度の唇が頬を掠める。
 それなのにひくん、と反応してしまった自分自身に瞳を丸くさせて驚いている千代子。

 まだ、愛されていた余韻が抜けていない体。

「やっぱり、もうちょっと寝ます」
「お腹が空いたなら少し早めに注文しておくよ。エビのやつだよね」
「おねがいします……」

 千代子を逃がさないように自らの体の間に置いている司は大人しくなった温かい体を抱いたままスマートフォンの画面を見せつつ「これも頼んじゃおうか」と優しく語りかければ頷いている頭が目の前で揺れる。
 そんなどさくさに紛れてそっと頬を寄せる司の口角はゆるやかに上がっていて、抱き締めていた片腕に力が入る。
 僅かなその仕草に気が付いた千代子もそっとその腕に毛布と自分の手を重ね、自らの親愛を伝えるように身を委ねた。


 おしまい。


 ・・・


 たまには司に営みの最中、余裕なさげにいつもより多めに名前を呼んだり喋って貰おうかなーと思ってちよちゃんは静かに激しく身悶えて貰いました。
 多分、ちよちゃんのことが好きすぎてとある瞬間から司は堰を切ったように多弁かつちょっと怖い人になりそうだな、と。

 さて、ハロウィーンが終わればクリスマスがやってきますね。二人はどんなクリスマス、年末を過ごすのか……お気に入りやしおりもありがとうございます。それらを噛みしめて次回の単話も頑張りたいと思います。
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