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8章
魔術師の本当の姿
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「デリーさん!」
私が茂みから飛び出すと、フードを深くかぶった魔術師はハッと顔を上げた。
「……デリーさんですよね?」
もう一度、試すように言うけど、答えてくれない。
シュッ。
私は手に持っていた青い玉を投げた。
思い切って投げた玉は大きな弧を描くように宙を飛び、炎の中に入った。
瞬間、高く燃えていた炎が消えたのかと錯覚するくらい、小さくなった。
「……何をしたのですか?」
デリーさんがフードを少し上げて静かにきいてきた。
切れ長の瞳、落ち着いた低い声。
やっぱり、デリーさんだ。
「雨の宝玉を入れたの。雨を凝縮させたものと鎮火成分を含んでる苔が入ってるから、火には効果バツグンなの。オーシュランの人なら知ってるでしょ?」
「雨の宝玉ですか……珍しい物をお持ちだ。さすがリアムのお嬢さん。ですが……」
デリーさんがフードを払って、私をにらみつけた。
「この炎はあなたに消せるものではありません」
いつものデリーさんだけど、氷みたいに冷たい声。
それに同調するように、再び炎が高く上がってきた。
負けずに私は心をふるいたたせる。
「デリーさんだったんだね。前にうちの店に侵入して、お兄ちゃんに魔法をかけたのも。魔術の力で人を操ろうとしてるのも」
「何のことですか? ってしらばっくれてもしょうがないかな?」
デリーさんは炎に目をやって、フフッと笑った。
「どうしてこんなことするの? オーシュランをもっと良くするって言ってたじゃない!」
言うと、デリーさんがフンと鼻を鳴らした。
「そんなことも言いましたね。そう。もっと良くするんですよ。今のオーナーもすでに私の言いなり。これからは私の思い通りのオーシュランにするのです」
今のオーナー? それって、ミレイのお父さんのことだよね。
ミレイのお父さんも魔術にかかってるの?
「オーシュランだけではありません。この町も人もすべて私のものだ。町の住人は一生私のしもべとして生きていくのです」
「なにそれ……そんなくだらないことのために魔術を使ってるの?」
「くだらないこと? 素晴らしいことですよ。すべてが自分の思い通りになるのですから」
「自分の思い通りって……そんな世界、本当にいいと思ってるの? デリーさん、おかしいよ!」
「おや? なかなか反抗的なことを言いますね。あのパウダーはとれてしまったのかな?」
「パウダー?」
「ええ。初めて会った時、君の耳の後ろにつけさせてもらったんですがね。私に夢中になるカジカジの樹のパウダーを。一種のほれ薬みたいなものです。セアラさんならご存じでしょう?」
カジカジの樹!
その幹から出る樹液は、特殊な成分が含まれていて、ほれ薬にも使われるんだ。
まさかそんなものをつけられてたなんて!
そっか。だから、デリーさんのことを思ったらやけに胸が高鳴ったり、お兄ちゃんに早く薬草を届けなきゃいけないのに、デリーさんが頼んできたことを優先しちゃったりしたんだ。
お兄ちゃんが不審に思ってとってくれなきゃ、私、ずっとデリーさんに夢中になってたってこと?
ぞくりとして、思わず耳の後ろに手をやった。
そんな私を見て、デリーさんが目を細める。
「セアラさんは特別です。あなたには魔術を使わず、眠らせて人形のように私のそばにいてもらおうと考えたんですよ。だから、キッシィというやつに連れてくるように頼んだのですが、使えないヤツでした」
「キッシィ……あのスクト山にいた……」
あのニオイを思い出して、うっと気持ちが悪くなる。
「あなたがスクト山に向かっているのを見てね。まぁ、そんなことはどうでもいいです」
デリーさんが私の方へ一歩つめてきた。
銀色の髪がサラリと流れ、切れ長の瞳が私をじっと見つめてくる。
「それと、君は目利きができる。君ならシャランの魔法石も探すことができるかもしれないと期待をしてるんですよ」
「シャランの魔法石まで手にしようとしてるの……」
「そう。莫大な富を得て、いずれはこの世界をすべてを私のものにするんです」
「そ、そんな世界、本当に楽しいと思ってるの? 幸せになれると思ってるの? デリーさん、まちがってるよ」
「ふふっ、君は父親と同じことを言うんですね」
「お父さんと同じ?」
「えぇ。君の父親が崖で不死鳥の卵を見つけた時のことです。私がそれを奪い取って魔術をかけようとした時に今と同じ話をしたんですよ。そしたら言ったんです。『お前はまちがってる』ってね」
デリーさんがギリッと奥歯をかみしめたら、顔の真ん中がひび割れた。
それから、自らその裂け目をつかみ、ビリリッと顔を破った。
現れたのは、ボコボコの鼻と尖った目、裂けた口。
これがデリーさんの……魔術師の本当の姿!
私が茂みから飛び出すと、フードを深くかぶった魔術師はハッと顔を上げた。
「……デリーさんですよね?」
もう一度、試すように言うけど、答えてくれない。
シュッ。
私は手に持っていた青い玉を投げた。
思い切って投げた玉は大きな弧を描くように宙を飛び、炎の中に入った。
瞬間、高く燃えていた炎が消えたのかと錯覚するくらい、小さくなった。
「……何をしたのですか?」
デリーさんがフードを少し上げて静かにきいてきた。
切れ長の瞳、落ち着いた低い声。
やっぱり、デリーさんだ。
「雨の宝玉を入れたの。雨を凝縮させたものと鎮火成分を含んでる苔が入ってるから、火には効果バツグンなの。オーシュランの人なら知ってるでしょ?」
「雨の宝玉ですか……珍しい物をお持ちだ。さすがリアムのお嬢さん。ですが……」
デリーさんがフードを払って、私をにらみつけた。
「この炎はあなたに消せるものではありません」
いつものデリーさんだけど、氷みたいに冷たい声。
それに同調するように、再び炎が高く上がってきた。
負けずに私は心をふるいたたせる。
「デリーさんだったんだね。前にうちの店に侵入して、お兄ちゃんに魔法をかけたのも。魔術の力で人を操ろうとしてるのも」
「何のことですか? ってしらばっくれてもしょうがないかな?」
デリーさんは炎に目をやって、フフッと笑った。
「どうしてこんなことするの? オーシュランをもっと良くするって言ってたじゃない!」
言うと、デリーさんがフンと鼻を鳴らした。
「そんなことも言いましたね。そう。もっと良くするんですよ。今のオーナーもすでに私の言いなり。これからは私の思い通りのオーシュランにするのです」
今のオーナー? それって、ミレイのお父さんのことだよね。
ミレイのお父さんも魔術にかかってるの?
「オーシュランだけではありません。この町も人もすべて私のものだ。町の住人は一生私のしもべとして生きていくのです」
「なにそれ……そんなくだらないことのために魔術を使ってるの?」
「くだらないこと? 素晴らしいことですよ。すべてが自分の思い通りになるのですから」
「自分の思い通りって……そんな世界、本当にいいと思ってるの? デリーさん、おかしいよ!」
「おや? なかなか反抗的なことを言いますね。あのパウダーはとれてしまったのかな?」
「パウダー?」
「ええ。初めて会った時、君の耳の後ろにつけさせてもらったんですがね。私に夢中になるカジカジの樹のパウダーを。一種のほれ薬みたいなものです。セアラさんならご存じでしょう?」
カジカジの樹!
その幹から出る樹液は、特殊な成分が含まれていて、ほれ薬にも使われるんだ。
まさかそんなものをつけられてたなんて!
そっか。だから、デリーさんのことを思ったらやけに胸が高鳴ったり、お兄ちゃんに早く薬草を届けなきゃいけないのに、デリーさんが頼んできたことを優先しちゃったりしたんだ。
お兄ちゃんが不審に思ってとってくれなきゃ、私、ずっとデリーさんに夢中になってたってこと?
ぞくりとして、思わず耳の後ろに手をやった。
そんな私を見て、デリーさんが目を細める。
「セアラさんは特別です。あなたには魔術を使わず、眠らせて人形のように私のそばにいてもらおうと考えたんですよ。だから、キッシィというやつに連れてくるように頼んだのですが、使えないヤツでした」
「キッシィ……あのスクト山にいた……」
あのニオイを思い出して、うっと気持ちが悪くなる。
「あなたがスクト山に向かっているのを見てね。まぁ、そんなことはどうでもいいです」
デリーさんが私の方へ一歩つめてきた。
銀色の髪がサラリと流れ、切れ長の瞳が私をじっと見つめてくる。
「それと、君は目利きができる。君ならシャランの魔法石も探すことができるかもしれないと期待をしてるんですよ」
「シャランの魔法石まで手にしようとしてるの……」
「そう。莫大な富を得て、いずれはこの世界をすべてを私のものにするんです」
「そ、そんな世界、本当に楽しいと思ってるの? 幸せになれると思ってるの? デリーさん、まちがってるよ」
「ふふっ、君は父親と同じことを言うんですね」
「お父さんと同じ?」
「えぇ。君の父親が崖で不死鳥の卵を見つけた時のことです。私がそれを奪い取って魔術をかけようとした時に今と同じ話をしたんですよ。そしたら言ったんです。『お前はまちがってる』ってね」
デリーさんがギリッと奥歯をかみしめたら、顔の真ん中がひび割れた。
それから、自らその裂け目をつかみ、ビリリッと顔を破った。
現れたのは、ボコボコの鼻と尖った目、裂けた口。
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