上 下
39 / 50
最終章 サウード夫妻よ永遠に

第35話 寝室にて

しおりを挟む
 手を繋ぎベッドに連れられたアリス。ウィリアムが腰掛けたので自分も並んで隣に座った。彼は絡ませていた指をほどいて妻の手の上にそっと重ね、蜂蜜色の目を細めた。

「アリス、また抱きしめてもいい?」
「もちろんよ」

 アリスは両手を広げ夫に体を向けた。同じく自分を向いているウィリアムの腕にすっぽりと包まれる。ローブが無いので先ほどより彼の体が温かい。

「ねえアリス。キスしてもいい?」
「え、ええ。それももちろんいいわ」

 一体彼はどうしたのだろう? そう思いながらアリスは目を閉じた。顔にかかっていた髪の毛が肩の後ろに流される。その手が頬を包み、顔がやや上を向く。そして唇に触れるウィリアムの唇。

「アリス、僕は君を愛してる」
「私もよ、ウィル」

 唇が離れ目を開けると、自分を愛おしそうに見つめるウィリアムの姿が。彼はアリスの髪を撫でながら、少し眉尻を下げ、困ったように笑う。

「まだ見ぬ命と君を天秤にかけるなんて、できやしないんだ」
「ウィル……」
「わかってる。この前も言ったけど子供が嫌いということじゃないんだ。アリスと自分の子供なんて、愛おしいに決まってる。けど、やっぱり僕にはアリスの方が大切だ。君の命は何よりも、自分の命よりも重たいんだよ」

 アリスは気の利いた返事ができずに黙るしかなかった。彼は今日一日、いや昨夜この部屋を出てからずっと考えてくれていたに違いない。それでも答えは変わらず、今、苦しそうに言葉を紡ぐしかないのだ。

「ウィル、ありがとう。きっと一生懸命考えてくれていたのね」

 夫の艶やかな髪を撫でながら、彼の顔を覗き込む。その目には涙がにじんでいた。

「アリスのことが大好きなのに、君の願いを叶えると言えないことが辛いんだ。でもアリスだけは、絶対に失いたくない」

 まるでその命にすがりつくように、ウィリアムにきつく抱きしめられる。アリスは彼の背中をポンポンと優しく叩いて彼をなだめた。

「ウィル、私はあなたに前から消えたりしない」
「本当は、一時だって離れたくない。ピエールがいなければ屋敷の外になんて出さなかった」
「大丈夫よ、ウィル。私は必ずあなたの元へ帰るわ」

 ウィリアムが深い呼吸ののち、アリスから身を離した。そして両手を妻の小さな肩に乗せ、エメラルドの瞳をまっすぐに見つめる。

「ねぇアリス。僕の提案を聞いてくれる?」
「なにかしら?」
「君が子供をのではなく、どこかから養子として迎えるのはどうかな?」
「養子を……」

 予想外の夫の言葉に、アリスは目を丸めた。問いかけると「うん」と言って頷き、ウィリアムは話を続ける。

「そう。僕のように。それなら君が出産で命を落とす心配もない。何人かいてもいいよ。ふたりでその子を大切に育てるんだ」

 アリスは返事に悩んだ。やはり自分の子がほしい。しかし養子を否定すると、サウード家の養子として育ったウィリアムを否定してしまうことになりかねない。小さく唸り、口を開く。

「ウィル、いい提案だと思うわ。もし、私たちの間に子供を授かることが叶わなかったときは、養子を迎えることも考えたい。けれど今はまだ、決断できない」
「アリス……」
「子供を授かることを、はじめから諦めたくない。可能性の芽を摘み取る選択はしたくないわ」

 見つめ合いウィリアムとの間には沈黙が流れた。ふたりの意見は完全に反発しあっている。けれどお互いに、昨夜のようにケンカ別れはしたくなかった。

 ふうと息を吐き、沈黙を破ったのはウィリアムだった。

「なんとなく、こうなると思ってた。アリス、今日話したことをお互いの意見を踏まえてもう一度考えてみよう」
「わかったわ」
「それじゃ今日はもう休もう。手を繋いで眠ってもいい?」
「ええ、もちろん」

 ふたりでベッドに入り、手を繋ぎ、キスをして目をつむる。ああ、この手を離したくない。彼とずっと一緒に幸せに暮らしたい。けれど自分の気持ちを簡単に変えることもできない。思い悩みながら、アリスは眠りについたのだった。

>>続く
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢はお断りです

あみにあ
恋愛
あの日、初めて王子を見た瞬間、私は全てを思い出した。 この世界が前世で大好きだった小説と類似している事実を————。 その小説は王子と侍女との切ない恋物語。 そして私はというと……小説に登場する悪役令嬢だった。 侍女に執拗な虐めを繰り返し、最後は断罪されてしまう哀れな令嬢。 このまま進めば断罪コースは確定。 寒い牢屋で孤独に過ごすなんて、そんなの嫌だ。 何とかしないと。 でもせっかく大好きだった小説のストーリー……王子から離れ見られないのは悲しい。 そう思い飛び出した言葉が、王子の護衛騎士へ志願することだった。 剣も持ったことのない温室育ちの令嬢が 女の騎士がいないこの世界で、初の女騎士になるべく奮闘していきます。 そんな小説の世界に転生した令嬢の恋物語。 ●表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_) ●毎日21時更新(サクサク進みます) ●全四部構成:133話完結+おまけ(2021年4月2日 21時完結)  (第一章16話完結/第二章44話完結/第三章78話完結/第四章133話で完結)。

国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。

ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。 即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。 そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。 国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。 ⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎ ※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。 シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。 緊張しながら迎えた謁見の日。 シエルから言われた。 「俺がお前を愛することはない」 ああ、そうですか。 結構です。 白い結婚大歓迎! 私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。 私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

お兄様の指輪が壊れたら、溺愛が始まりまして

みこと。
恋愛
お兄様は女王陛下からいただいた指輪を、ずっと大切にしている。 きっと苦しい片恋をなさっているお兄様。 私はただ、お兄様の家に引き取られただけの存在。血の繋がってない妹。 だから、早々に屋敷を出なくては。私がお兄様の恋路を邪魔するわけにはいかないの。私の想いは、ずっと秘めて生きていく──。 なのに、ある日、お兄様の指輪が壊れて? 全7話、ご都合主義のハピエンです! 楽しんでいただけると嬉しいです! ※「小説家になろう」様にも掲載しています。

【完結】酔い潰れた騎士を身体で慰めたら、二年後王様とバトルする事になりました

アムロナオ
恋愛
医療費が払えず頭を抱えていたアニーは、ひょんな事から浮気されヤケ酒で潰れていた騎士のダリウシュを介抱する。自暴自棄になった彼は「温めてくれ」と縋ってきて……アニーはお金のためそして魔力を得るため彼に抱かれる。最初は傷つけるようにダリウシュ本位の行為だったが、その後彼に泣きながら謝罪され、その姿に絆されてしまったアニーは、その出来事をきっかけにダリウシュが気になり始める。 しかし翌朝、眼が覚めるとダリウシュはお金を残して消えていたーー。 ーー二年後、力に目覚めたアニーはそれを利用しイカサマしてお金を稼いでいたが、悪事が放置されるはずもなく、とうとう逮捕されてしまう。 国王の前で裁かれたアニーは再びダリウシュと再開し、彼のおかげで軽い罰で済んだ……のだが、アニーを助けたダリウシュは「一緒に国王を倒そう!」と言ってきて!? 愚直なマイペース好青年ダリウシュ×コミュ障一匹狼アニーのエロありのサクセスストーリーです! 途中重いテーマも入りますが、楽しんで頂けると嬉しいな♬ ※えち描写あり→タイトルに◆マークつけてます ※完結まで毎日更新

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

処理中です...