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第四章 暗雲
第30話 アリスの決意
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翌朝。アリスは目を覚まし身を起こした。
「体が痛い……」
昨日はウィリアムが退室後ソファで泣き続け、いつの間にかその場で眠っていたのだ。
アリスは痛む肩をぐるぐると回してほぐすと、鏡の前に立った。
「ひどい顔ね」
鏡に映るのは見慣れない顔だった。目の周りが赤く腫れている。アリスは今まで生きていて、昨日ほど泣いた日はなかった。
この顔を誰にも見せたくない。こんな日は部屋に引きこもっていたいが、書斎で子供たちが待っている。アリスは朝食を断り身支度を済ませた。そして部屋を出る直前まで目元を濡らしたハンカチで冷やし続けた。
「おはようございます。アリス奥様」
「おはよう、ピエールさん」
書斎に着いたアリスは節目がちにピエールや子供たちに挨拶した。冷やして少しはマシになったものの、昨日泣いたのは一目瞭然だったからだ。
その努力も虚しく、ピエールの視線がアリスに突き刺さる。
「ウィリアム様と何かあったのですか?」
「黙秘するわ」
アリスがそっぽを向いて返事すると、ピエールがふうと息を吐いた。
「大方、避妊薬でも飲まされかけましたか?」
「なんでわかったの?」
アリスは腫れた目を無理やり見開き、食い入るようにピエールの顔を覗き込んだ。迫力がありすぎたのか、彼は圧倒され一歩後ろに下がる。
「我が王が『ウィリアムはアリスの妊娠を恐れて薬を作るかもしれない』と仰っておりました」
「そう。けど私は嫌。一体どうしたらウィルを説得できるのかしら」
アリスが宙を見つめ呟く。ウィリアムの気持ちは理解できたが、やはりこちらにも譲れない思いがあるのだ。正反対の意見をどう変えられるのか。何と言えばいいのか。アリスにはわからなかった。
「そうですね、難儀なことだと思います。彼は気弱ですが、こうと決めたことには一途です。そしてそれはときに頑固とも言えましょう。考えを覆すのは難しいかもしれません」
ピエールが眉根を寄せ苦笑した。おそらく夫と長い付き合いの彼が言うのだ、かなり難しいのだろう。けれど簡単に諦められる問題でもない。それに、全く希望がないわけでもないはず。アリスはグッと拳を握り、弱気になった自分を静かに奮い立たせた。
「だとしたら、やっぱり納得できるまで話し合うしかないわね」
「ウィリアム様のお考えを変える自信があるのですか?」
ピエールの問いかけにアリスは小さく、だが力強く頷く。目を見開き、まだ腫れて重たい瞼を持ち上げた。
「ええ、きっと。ウィルは領民への気持ちにも変化が生まれて彼らの生活を立て直すと言った。子供のことだって時間をかけて話し合えば気が変わるかもしれない」
「アリス奥様は思ったよりお強いのですね。この屋敷に来た時はもう少し控えめな方に見えておりました」
「実際にそうだったのよ。以前は婚約者のハリーの言いなりだった。彼や彼の家に役立つ人間でいられるよう、それだけを考えて行動していたの。けれど私はアラービヤに来て、自分の意思でウィルと生きていくと両親にも宣言して、変わった。私とウィルは夫婦よ。生涯をともにすると誓ったの。だから彼の不安を取り除いて前向きになれるように、先のことはふたりで話し合って決めたいわ」
アリスの決意溢れる言葉にピエールは微笑み、手を胸元に添え深々と頭を下げた。
「微力ながら私もお力になれればと思います、アリス奥様」
「ありがとう、ピエールさん。ウィルとはまた夜話してみる。それから領地のことも話を進めたいわ」
「かしこまりました」
アリスはピエールに笑顔を返してから領地の地図を取り出した。そして子供たちの世話の傍、改めて領地改革について話し合いを始めた。
>>続く
ここまで読んでいただきありがとうございます!
ここからアルファ限定で加筆をしています。
引き続きよろしくお願いします☺️
「体が痛い……」
昨日はウィリアムが退室後ソファで泣き続け、いつの間にかその場で眠っていたのだ。
アリスは痛む肩をぐるぐると回してほぐすと、鏡の前に立った。
「ひどい顔ね」
鏡に映るのは見慣れない顔だった。目の周りが赤く腫れている。アリスは今まで生きていて、昨日ほど泣いた日はなかった。
この顔を誰にも見せたくない。こんな日は部屋に引きこもっていたいが、書斎で子供たちが待っている。アリスは朝食を断り身支度を済ませた。そして部屋を出る直前まで目元を濡らしたハンカチで冷やし続けた。
「おはようございます。アリス奥様」
「おはよう、ピエールさん」
書斎に着いたアリスは節目がちにピエールや子供たちに挨拶した。冷やして少しはマシになったものの、昨日泣いたのは一目瞭然だったからだ。
その努力も虚しく、ピエールの視線がアリスに突き刺さる。
「ウィリアム様と何かあったのですか?」
「黙秘するわ」
アリスがそっぽを向いて返事すると、ピエールがふうと息を吐いた。
「大方、避妊薬でも飲まされかけましたか?」
「なんでわかったの?」
アリスは腫れた目を無理やり見開き、食い入るようにピエールの顔を覗き込んだ。迫力がありすぎたのか、彼は圧倒され一歩後ろに下がる。
「我が王が『ウィリアムはアリスの妊娠を恐れて薬を作るかもしれない』と仰っておりました」
「そう。けど私は嫌。一体どうしたらウィルを説得できるのかしら」
アリスが宙を見つめ呟く。ウィリアムの気持ちは理解できたが、やはりこちらにも譲れない思いがあるのだ。正反対の意見をどう変えられるのか。何と言えばいいのか。アリスにはわからなかった。
「そうですね、難儀なことだと思います。彼は気弱ですが、こうと決めたことには一途です。そしてそれはときに頑固とも言えましょう。考えを覆すのは難しいかもしれません」
ピエールが眉根を寄せ苦笑した。おそらく夫と長い付き合いの彼が言うのだ、かなり難しいのだろう。けれど簡単に諦められる問題でもない。それに、全く希望がないわけでもないはず。アリスはグッと拳を握り、弱気になった自分を静かに奮い立たせた。
「だとしたら、やっぱり納得できるまで話し合うしかないわね」
「ウィリアム様のお考えを変える自信があるのですか?」
ピエールの問いかけにアリスは小さく、だが力強く頷く。目を見開き、まだ腫れて重たい瞼を持ち上げた。
「ええ、きっと。ウィルは領民への気持ちにも変化が生まれて彼らの生活を立て直すと言った。子供のことだって時間をかけて話し合えば気が変わるかもしれない」
「アリス奥様は思ったよりお強いのですね。この屋敷に来た時はもう少し控えめな方に見えておりました」
「実際にそうだったのよ。以前は婚約者のハリーの言いなりだった。彼や彼の家に役立つ人間でいられるよう、それだけを考えて行動していたの。けれど私はアラービヤに来て、自分の意思でウィルと生きていくと両親にも宣言して、変わった。私とウィルは夫婦よ。生涯をともにすると誓ったの。だから彼の不安を取り除いて前向きになれるように、先のことはふたりで話し合って決めたいわ」
アリスの決意溢れる言葉にピエールは微笑み、手を胸元に添え深々と頭を下げた。
「微力ながら私もお力になれればと思います、アリス奥様」
「ありがとう、ピエールさん。ウィルとはまた夜話してみる。それから領地のことも話を進めたいわ」
「かしこまりました」
アリスはピエールに笑顔を返してから領地の地図を取り出した。そして子供たちの世話の傍、改めて領地改革について話し合いを始めた。
>>続く
ここまで読んでいただきありがとうございます!
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引き続きよろしくお願いします☺️
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