青が溢れる

松浦どれみ

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第6話 初めての教室

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 夏休みが明け二学期初日、美蘭はついにこの日が来たかと重たい足取りで学校へ向かった。電車で三駅、降りてからは徒歩十五分。今日はいつもよりゆっくり歩いたはずなのに、いつもより早く学校が見えてきた気がした。
 
「おはよう! 美蘭」
「おはよう、空」

 校門の前では待ち合わせしていた空が先に到着しており、美蘭を見つけるとにこやかな表情で手を振っていた。彼に駆け寄り、軽く手を上げて挨拶する。そして、並んで校舎へと歩きだした。

「僕、昨日ドキドキして寝るの遅くなっちゃった」
「わかる。私も」

 玄関で上履きに履き替えながら話す空は、保健室にいる時と変わらない調子でその声色は明るかった。美蘭は先ほどからすれ違う生徒たちの、チラチラと自分達を向く視線が気がかりで会話に集中できない。

「僕、緊張してきた」
「…………」

 一歩一歩、教室に近づくにつれ美蘭は顔や体が固まってくるような感覚になりる。このまま立ち止まって、回れ右をして自習室へ向かいたい気持ちが込み上げてきた。美蘭からは身長差で表情までは見えないが、空も少し歩き方がぎこちない気がした。

 そして、二人は教室の前に辿り着いた。
 美蘭は緊張で指先が冷えてきているのを感じた。初めての大会でもこんなことはなかった。

「行こう!」

 美蘭の冷たかった指先が右手だけ温まる。視線を向けると、空がぎゅっと美蘭の手を握り、顔を見上げ小さく頷いた。
 
「おはよう」

 ドアを開け、二人は手を繋いだまま教室に入った。空が挨拶するとクラスメイトの視線が一気に集中する。席替えをしたようで元の席には違う生徒が座っていた。空は近くの男子生徒に声をかけた。

「あの、青柳と青山なんだけど、席どこかわかるかな?」
「ああ、この列と隣の列の一番後ろだよ」
「ありがとう! ええと……」

 席を教えてくれた男子生徒は、少し困った顔をした空に「俺は松本《まつもと》」と自己紹介した。

「僕は青柳空、こっちは青山美蘭。よろしくね、松本くん!」

 空が可愛らしい笑顔で松本に自己紹介を返した。緊張して言葉が出ない美蘭は松本に軽く会釈をするにとどまった。松本は「お、おう……」と空の笑顔に頬を赤らめて軽く頷いていた。

「ええと、どっちが僕でどっちが美蘭だろう?」

 廊下側とその隣の列の一番後ろの席にたどり着き、空が空いた二つの席を見比べていると、今度は一つ前の座っていた女子生徒が返事をした。

「あ、青柳くんこっちだよ。青山さんがそっち。ちなみに私は坂井《さかい》、よろしくね!」

 坂井は二人の席を指差してから笑顔で挨拶をした。小柄で髪の毛はふんわりとしたボブカット。目がぱっちりとした少し幼さの残る彼女を見て、美蘭は明るそうな子だなと思っていた。

「ありがとう、坂井さん。よろしくね!」

 空が礼を言って、美蘭は坂井に軽く頭を下げた。二人は自分の席に着席し鞄を机の横に掛けた。

「美蘭、いい人たちでよかったね」

 空が嬉しそうに美蘭に笑いかける。美蘭はぎこちない笑顔で「うん……そうだね」と返事をした。

 この日は始業式とホームルームだけで終わった。ホームルームの時間は、担任の計らいで改めて自己紹介の時間となった。クラスに歓迎されている空を見て嬉しい反面寂しい気持ちにもなり、美蘭は子供じみた自分のことが恥ずかしくなった。

「ただいま」
「おかえり、美蘭。新学期どうだった?」
「席替えした。空の隣だったよ」
「あら、よかったじゃない! けどいいかげん他の友達も作るのよ」
「うん」

 帰宅し、母と軽く会話をしてから自室へ戻る。
 着替えをしてベッドにうつ伏せに転がると、美蘭は大きく息を吐いた。午前中だけだというのに、久しぶりの教室に疲れ果てていた。それでも教室に行くことができたのはよかった。空がいなければ今日も自習室登校だったかもしれない。

 空は数日でクラスの中に溶け込むだろう。自分はそのときどうなっているのか、また教室内で空気になるのかと不安な気持ちが湧いてくる。
 美蘭は空に今日のお礼だけでも伝えようと、スマートフォンを手に取ってメッセージアプリを開いた。

「わっ!」

 アプリを開いた途端、空からの連絡があり美蘭は驚いてスマートフォンから手を離す。慌てて拾いメッセージに目を通し返信した。

『美蘭、今日はありがとう!』
『ううん。こっちこそありがとう』
『美蘭が隣の席でよかった』
『そうだね。本当によかった』
『美蘭は僕の隣だと嬉しい?』

 空のメッセージに質問の意図がわからなかったが、美蘭は教室での様子を想像してみた。右隣を見ると、きっと空は笑顔で自分を見ている。たまに小声で話をしたり、お昼も一緒に玉子焼きを食べるはず。居心地の悪かったはずの教室が、きっと昼休みの保健室のように優しい場所になると思うと、心が奥が温まり、先ほどまでの不安な気落ちは吹き飛んだ。

『うん。嬉しいよ』
『よかった! 明日も一緒に教室に行こうね!』

 空からの返信を見た美蘭は、嬉しそうに笑う彼を想像しながらスマートフォンに優しく微笑み掛けた。





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