青が溢れる

松浦どれみ

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第5話 空の決意2

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「こんにちは」
「美蘭! 来てくれたんだ」

 夏休みに入ってすぐ、美蘭は術後二日経った空のいる病院へ見舞いに訪れていた。病室のベッドを起こし座っている彼は、約束通りやってきた友人を笑顔で出迎えた。

「うん。調子はどう?」
「まだ分かんないけど、心配事が一つ減ったのは良かったかな」
「そう。よかった」

 特に見た目が変化したということではないが、美蘭は空が本心からそう言っていることを察して安堵した。
 しかし、次の瞬間、空は少し硬い表情で重たそうに口を開く。

「ねえ美蘭。僕……」

 何か悪いことでもあったのだろうか。心配に思った美蘭は「どうしたの?」と言って空の顔を覗き込んだ。返ってきたのは思いもよらない言葉だった。

「二学期から、教室に行こうと思って」
「え?」
「体育は初めは準備体操だけになると思うけど……少しずつ、慣らして体力がつけば喘息も軽くなるみたいなんだ」
「そ、そうなんだ……」

 美蘭は自分が思いの外動揺し、顔が強張ってしまっていることを感じていた。教室に登校しクラスに合流することはいいことなのに、置いていかれるような不安感に襲われる。

「でね、美蘭。お願いがあるんだ」
「うん……何?」

 空が明らかに動揺している自分を気遣い、なるべくゆっくり言葉を選んでいることは美蘭にもわかった。その先の言葉も想像できる。

「一緒に教室に行かない?」
「え、と……」

 想像した通りの言葉に、美蘭はうまく返事ができないでいた。口の中が渇く。返事を言い淀んでいると、空が両手で美蘭の手を握り、真剣な眼差しを向けた。

「一人じゃ心細いし、美蘭についてきてほしい。お願い」
「うん……わかった」

 たった一人の友人の願いを断れるはずはなかった。
 美蘭が頷くと「本当? ありがとう美蘭!」と空は握った手をもう一度握り直しにっこりと微笑んだ。

◇◆◇◆

「ただいま」
「おかえり美蘭! 空ちゃん、どうだった?」

 美蘭が帰宅すると、母が玄関先に出てきて様子を伺った。空をすっかり気に入った彼女は手術の話をとても心配していたのだ。

「空ね。元気そうだったよ。夏休み明けは体育とかも出られるみたい」

 やんわりと訂正し、説明する。母には空は体調が悪い日と体育の時だけ保健室にいると話していた。二人は入学後、座席が前後だったことをきっかけに仲良くなったということになっている。

「そう! 良かったわね!」
「うん」

 安心し目を細める母に小さく頷き、美蘭は自室へ向かった。

「ふう……」

 ベッドに転がり、ゆっくりと息を吐く。

 このままではいけない。

 それは美蘭も理解していた。誰に何をされたわけではないが、一週間だけ通った教室は、思い返すと胸焼けがするほどの居心地の悪さだった。
 美蘭は手を顔の前にかざして見つめた。ざわつく心を落ち着かせるため、病室で空に握られたときの温もりを思い出していた。
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