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第九章 幕引き
220、クリストフ・ラピスラズリ
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「では証人は宣誓を!」
「はい。私、クリストフ・ラピスラズリは嘘偽りない事実のみ証言することを、ジュエリトス王国国法と創造神クロノスに誓います」
証言席で前を見据え、ラピスラズリ侯爵が宣誓した。オリビアはその様子を周りの人間と同じように傍観していた。青みがかった黒髪、黒い瞳、白い肌にはしわが少なく、五十をとうに過ぎているはずなのに四十半ばのオリビアの父よりずっと若く見える。
恐ろしい。会ったことも、言葉を交わしたこともない相手に失礼だが、彼が得体の知れない生き物のように思えた。
「ラピスラズリ侯爵、被告人ジョルジュ・ペリドットは事件を起こしたことを認めている。原告の求刑は極刑である。情状証人として、彼の妻の養父として、極刑を避けるべき理由を話してほしい」
「はい」
優しい声色の言葉端から、オリビアには国王が極刑を避けたがっているように感じた。ラピスラズリが返事をして証言を始める。
「まず今回の事件、私には情状酌量の余地はないと思います。彼らには極刑が相当でしょう」
傍聴席が騒然とした。情状証人が極刑を肯定したのだから当然だろう。ラピスラズリは全く意に介さないという様子で涼しげな表情だ。副裁判官が強い口調で周りを諌める。
「静粛に!」
「ほう。ラピスラズリ侯爵、なぜそう思うのかね?」
国王が問いかけると、ラピスラズリは口角を上げた。裁判官席を見上げ答える。
「私の養女でもあるエヴァ・ペリドットですが、彼女は貧しい家に生まれ口減しのため当時身売り同然に追い出されるところでした。私は彼女を引き取り、娘として愛情を注ぎ、衣食住を整え、自分の養女として迎えました。しかし、エヴァの貧富の差から生まれたジュエリトス王国王族や貴族への恨みは消えず、このような事態となってしまいました。命を奪わないでほしいと、養父としては思いますが……反省を促し彼女の気持ちを変えることは、今生では難しいと思います」
「なるほど。では、彼女の夫でもあるペリドット伯爵についてはどうだ?」
「はい。私の父の代からペリドット伯爵家と親交があり、ご両親を亡くした後、彼は懸命に領地を運営していました。私も輸入の仕事をお願いするなど微力ながら協力して、弟のように接してきたつもりです。エヴァのことも彼ならばと思い嫁がせました。しかしここ最近は領地運営が危ういと言っては私に金の無心をするようになり、困っておりました」
ラピスラズリが困ったように眉を下げた。オリビアにはその姿が本心には見えなかった。まるで茶番。彼ははじめからペリドットが捕まったときにこうして切り捨てようとしていたのではないかと疑ってしまう。今のところ彼の話は辻褄が合っているのだが。
オリビアは自分から証言席を挟んで反対側の被告人控え席を見る。そしてペリドットに視線を移した。先ほどまで青ざめていた顔は赤らみ、ただひたすらにラピスラズリを睨んでいた。だが相手はそれに気づかず、息を吸って再び証言を始める。
「さらにペリドット伯爵は無理な増税をしたり、自衛のためと言ってよからぬ連中と付き合うようにもなってしまいました。誰かに相談しようと思っていた矢先、このような事態となり私は後悔しております。金や仕事を与えることではなく、彼に人としてどうあるべきか、領主として領民を守り、ジュエリトスの国民として愛国の心を持って生きていくことを説いていくべきだったと。彼もまたここまでのことをして、軽い罰ではその罪を償えないでしょう。私から申し上げたいことは以上でございます」
「そんな! ラピスラズリ様っ! 私はあなたのためにここまでしたのに!」
証言が終わった直後、被告人席から甲高い叫び声が飛んだ。ペリドットだ。立ち上がり、真っ赤な顔でラピスラズリを見上げている。食ってかかりそうなほど怒り心頭の彼を、被告人側にいた騎士団員が取り押さえ制止する。それでもジタバタと暴れ、他の騎士団員も駆けつけ彼を押さえつける事態となった。
「被告人は黙りなさい!」
副裁判官の声にも従わず、ペリドットは床に押さえつけられたまま喚く。
「違う、私の計画ではない! 彼が、ラピスラズリ様が指示した! マルズワルトと組んで王都を襲撃せよと!」
「いい加減にしなさい、被告人!」
「おおおお願いだ、死にたくない! 全部話す! そ、そうだ、証人もいるんだ……。そこの、クリスタル家の令嬢が知っているんだ!」
ふいに名を呼ばれ、オリビアの肩がぴくりと引きつった。そしてどんなに周りが騒々しく、呼ばれても前しか見ていなかったラピスラズリが横に視線を移す。漆黒の瞳に捉えられたオリビアの背筋は凍りついた。
>>続く
「はい。私、クリストフ・ラピスラズリは嘘偽りない事実のみ証言することを、ジュエリトス王国国法と創造神クロノスに誓います」
証言席で前を見据え、ラピスラズリ侯爵が宣誓した。オリビアはその様子を周りの人間と同じように傍観していた。青みがかった黒髪、黒い瞳、白い肌にはしわが少なく、五十をとうに過ぎているはずなのに四十半ばのオリビアの父よりずっと若く見える。
恐ろしい。会ったことも、言葉を交わしたこともない相手に失礼だが、彼が得体の知れない生き物のように思えた。
「ラピスラズリ侯爵、被告人ジョルジュ・ペリドットは事件を起こしたことを認めている。原告の求刑は極刑である。情状証人として、彼の妻の養父として、極刑を避けるべき理由を話してほしい」
「はい」
優しい声色の言葉端から、オリビアには国王が極刑を避けたがっているように感じた。ラピスラズリが返事をして証言を始める。
「まず今回の事件、私には情状酌量の余地はないと思います。彼らには極刑が相当でしょう」
傍聴席が騒然とした。情状証人が極刑を肯定したのだから当然だろう。ラピスラズリは全く意に介さないという様子で涼しげな表情だ。副裁判官が強い口調で周りを諌める。
「静粛に!」
「ほう。ラピスラズリ侯爵、なぜそう思うのかね?」
国王が問いかけると、ラピスラズリは口角を上げた。裁判官席を見上げ答える。
「私の養女でもあるエヴァ・ペリドットですが、彼女は貧しい家に生まれ口減しのため当時身売り同然に追い出されるところでした。私は彼女を引き取り、娘として愛情を注ぎ、衣食住を整え、自分の養女として迎えました。しかし、エヴァの貧富の差から生まれたジュエリトス王国王族や貴族への恨みは消えず、このような事態となってしまいました。命を奪わないでほしいと、養父としては思いますが……反省を促し彼女の気持ちを変えることは、今生では難しいと思います」
「なるほど。では、彼女の夫でもあるペリドット伯爵についてはどうだ?」
「はい。私の父の代からペリドット伯爵家と親交があり、ご両親を亡くした後、彼は懸命に領地を運営していました。私も輸入の仕事をお願いするなど微力ながら協力して、弟のように接してきたつもりです。エヴァのことも彼ならばと思い嫁がせました。しかしここ最近は領地運営が危ういと言っては私に金の無心をするようになり、困っておりました」
ラピスラズリが困ったように眉を下げた。オリビアにはその姿が本心には見えなかった。まるで茶番。彼ははじめからペリドットが捕まったときにこうして切り捨てようとしていたのではないかと疑ってしまう。今のところ彼の話は辻褄が合っているのだが。
オリビアは自分から証言席を挟んで反対側の被告人控え席を見る。そしてペリドットに視線を移した。先ほどまで青ざめていた顔は赤らみ、ただひたすらにラピスラズリを睨んでいた。だが相手はそれに気づかず、息を吸って再び証言を始める。
「さらにペリドット伯爵は無理な増税をしたり、自衛のためと言ってよからぬ連中と付き合うようにもなってしまいました。誰かに相談しようと思っていた矢先、このような事態となり私は後悔しております。金や仕事を与えることではなく、彼に人としてどうあるべきか、領主として領民を守り、ジュエリトスの国民として愛国の心を持って生きていくことを説いていくべきだったと。彼もまたここまでのことをして、軽い罰ではその罪を償えないでしょう。私から申し上げたいことは以上でございます」
「そんな! ラピスラズリ様っ! 私はあなたのためにここまでしたのに!」
証言が終わった直後、被告人席から甲高い叫び声が飛んだ。ペリドットだ。立ち上がり、真っ赤な顔でラピスラズリを見上げている。食ってかかりそうなほど怒り心頭の彼を、被告人側にいた騎士団員が取り押さえ制止する。それでもジタバタと暴れ、他の騎士団員も駆けつけ彼を押さえつける事態となった。
「被告人は黙りなさい!」
副裁判官の声にも従わず、ペリドットは床に押さえつけられたまま喚く。
「違う、私の計画ではない! 彼が、ラピスラズリ様が指示した! マルズワルトと組んで王都を襲撃せよと!」
「いい加減にしなさい、被告人!」
「おおおお願いだ、死にたくない! 全部話す! そ、そうだ、証人もいるんだ……。そこの、クリスタル家の令嬢が知っているんだ!」
ふいに名を呼ばれ、オリビアの肩がぴくりと引きつった。そしてどんなに周りが騒々しく、呼ばれても前しか見ていなかったラピスラズリが横に視線を移す。漆黒の瞳に捉えられたオリビアの背筋は凍りついた。
>>続く
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