25 / 39
丁度良い焼き加減だったらどんな味?
2話
しおりを挟む
タクマさんのところからの最寄り駅。
根川市でも端っこの位置にあたる駅のホームに降り立ってから小さな改札をくぐる。
その数は私も入れて十人ほど。
これでも金曜の夕方だから、まだ人数は多い方だ。
すううー。はあ。
久しぶりに嗅ぐ濃い緑の匂いに、深呼吸を繰り返す。
夜が近くなり、都会よりも温度の低い風が頬を撫でる。
ホーム沿いにまでボサボサ伸びた背の高い雑草からは、物怖じしない虫の音が聴こえて。
……自分の体の細胞が喜んでるような、そんな感じ。
やっぱりいいなあ、ここって。 そう思う。
「────綾乃ちゃん」
タクシー乗り場の近くで車を止めて車窓から顔を出してるのはタケさんだ。
こんな場所とはあまりそぐわない様相の男性。
彼は明るいけどチャラいという歳でもないからか、落ち着いていて話しやすい。
タクマさんが精悍かつ絶妙に繊細なタイプとすると、タケさんは甘く色気のあるタイプのイケメンになるのだろうか。
─────否
「……綾乃ちゃーん、相変わらずでなによりだけど」
私としては、『色気』という言葉はタクマさんの、時おり垣間見える、可愛らしさや危うさにこそ捧げたいと思っている。
「いちおここ、ロータリーだから。 早く車乗ってくれたら助かるよ」
「っあわ! ご、ごめんなさい!」
クスクスと笑いながら私が助手席に乗るのを待って、お天気良くてよかったねー、疲れた? などと気遣ってくれる。
彼の少し大きめの瞳から目尻に流れる曲線は細まると垂れがち。
柔らかそうで、綺麗な口元。
タクマさんの友だちというのもあるけど、きっとこの人は良い意味で、人を油断させやすい外見なんだなと思う。
車に乗って三分も経てば、まるで近所に住んでるお兄さんみたいな感覚で、彼と話している自分に気付く。
「少し体調崩してたんだよね? 見かけによらず拓真って心配性だから、ウザかったんだよねえ」
「拓真さん、普段からよくお店に行くんですか?」
「こんなトコだから、テキトーに飲める店も少なくってね。 あ、最近は秋から出す店のメニューとかの話しててさ。 奴、昔からオレより料理ウマいから。 知ってる?」
はい、少し複雑ですけど。 何ともいえない表情でそう言うと、「だよねーでも、アレいい嫁になるよ、オススメ」なんて明るい返事をしてくる。
……あ、潮の香り。
そう思うと共に、窓からは夏と秋の間の、夕方の海の景色が飛び込んできた。
この時期にここに来たのは何年ぶりだろう。 と改めて思った。
光の帯を境に水平線を遠くのぞんで、空と同じに褪せた海の色が広がる。
窓の外を眺めていると、タケさんが独り言みたいに話してくる。
「ここって周りにもいくつか大きい浜あるでしょ。 だから観光にも半端でさ。 でも、入り江の静けさとか、もうなんにもなさすぎて、逆にそれが好きなんだよね」
いつもタクマさんが歩いている浜辺だ。
私も、そう思います。 車窓から目を離さず私も頷いた。
ここの浜と隣の大きな浜辺との間の公道沿いにタケさんのお店がある。
シンプルな色のないライトで浮かび上がるお店の、ダークブラウンの看板。
以前に来た朝と違って、シックな雰囲気がある。
車でしか来れない場所だし、夜は観光客向けではないのかもしれない。
お店の裏の駐車場に車を停めたタケさんが鍵を開けて中に入れてくれた。
音楽もかかっていて開店の準備はあったが、誰も居ないようだった。
「途中でお店抜けてきてくれたんですか? わざわざありがとうございます」
この時間はまだヒマだからね、大丈夫だよ。 タケさんが言ってくれた。
「拓真ならあと一、二時間したら来ると思うから。 色々見るものあるし、ゆっくりしてってよ」
厨房らしき店の奥へタケさんが入っていく。
高い天井を見上げると、ファンがゆったりと回っている開放的なスペースで、上のロフトにテーブル席もある。
温かみがあるけれど古臭くもない。
階段から上に登ってロフトを見渡してみた。
壁に沿って並んだ本棚には、海外の海やカラフルな熱帯魚の写真集、サーフィンの雑誌。 色々な書籍があり、クッションにもたれてその中何冊かをパラパラとめくる。
『美味いキャンプ飯 百選』これ、タクマさんが買ってそうっぽい。
「上手くいってるかとは思うんだけど、拓真とはどう?」
階下から聴こえてきたのはお店の料理の下ごしらえをしているのだろうか。 トン、トンとなにかを切っている様子のタケさんの声。
良い人だし、タクマさんと仲がいいんだなあ。
そんなことを思うと顔がほころぶ。
親近感というか仲間意識というか。
「ホントは構いたがりの癖にさ」特に馬鹿にする様子もなく小さく笑う彼に、それも分かります! と格子の間から顔を出して同意した。
「だから学生の時も……ああ、これは綾乃ちゃんはまだ小さい時だったね」
私がまだ小さい時。
お父さんがあの夜に話してくれた辺りだろうか。
以前私に話してくれた、父とタクマさんが親交のあった頃の話。
根川市でも端っこの位置にあたる駅のホームに降り立ってから小さな改札をくぐる。
その数は私も入れて十人ほど。
これでも金曜の夕方だから、まだ人数は多い方だ。
すううー。はあ。
久しぶりに嗅ぐ濃い緑の匂いに、深呼吸を繰り返す。
夜が近くなり、都会よりも温度の低い風が頬を撫でる。
ホーム沿いにまでボサボサ伸びた背の高い雑草からは、物怖じしない虫の音が聴こえて。
……自分の体の細胞が喜んでるような、そんな感じ。
やっぱりいいなあ、ここって。 そう思う。
「────綾乃ちゃん」
タクシー乗り場の近くで車を止めて車窓から顔を出してるのはタケさんだ。
こんな場所とはあまりそぐわない様相の男性。
彼は明るいけどチャラいという歳でもないからか、落ち着いていて話しやすい。
タクマさんが精悍かつ絶妙に繊細なタイプとすると、タケさんは甘く色気のあるタイプのイケメンになるのだろうか。
─────否
「……綾乃ちゃーん、相変わらずでなによりだけど」
私としては、『色気』という言葉はタクマさんの、時おり垣間見える、可愛らしさや危うさにこそ捧げたいと思っている。
「いちおここ、ロータリーだから。 早く車乗ってくれたら助かるよ」
「っあわ! ご、ごめんなさい!」
クスクスと笑いながら私が助手席に乗るのを待って、お天気良くてよかったねー、疲れた? などと気遣ってくれる。
彼の少し大きめの瞳から目尻に流れる曲線は細まると垂れがち。
柔らかそうで、綺麗な口元。
タクマさんの友だちというのもあるけど、きっとこの人は良い意味で、人を油断させやすい外見なんだなと思う。
車に乗って三分も経てば、まるで近所に住んでるお兄さんみたいな感覚で、彼と話している自分に気付く。
「少し体調崩してたんだよね? 見かけによらず拓真って心配性だから、ウザかったんだよねえ」
「拓真さん、普段からよくお店に行くんですか?」
「こんなトコだから、テキトーに飲める店も少なくってね。 あ、最近は秋から出す店のメニューとかの話しててさ。 奴、昔からオレより料理ウマいから。 知ってる?」
はい、少し複雑ですけど。 何ともいえない表情でそう言うと、「だよねーでも、アレいい嫁になるよ、オススメ」なんて明るい返事をしてくる。
……あ、潮の香り。
そう思うと共に、窓からは夏と秋の間の、夕方の海の景色が飛び込んできた。
この時期にここに来たのは何年ぶりだろう。 と改めて思った。
光の帯を境に水平線を遠くのぞんで、空と同じに褪せた海の色が広がる。
窓の外を眺めていると、タケさんが独り言みたいに話してくる。
「ここって周りにもいくつか大きい浜あるでしょ。 だから観光にも半端でさ。 でも、入り江の静けさとか、もうなんにもなさすぎて、逆にそれが好きなんだよね」
いつもタクマさんが歩いている浜辺だ。
私も、そう思います。 車窓から目を離さず私も頷いた。
ここの浜と隣の大きな浜辺との間の公道沿いにタケさんのお店がある。
シンプルな色のないライトで浮かび上がるお店の、ダークブラウンの看板。
以前に来た朝と違って、シックな雰囲気がある。
車でしか来れない場所だし、夜は観光客向けではないのかもしれない。
お店の裏の駐車場に車を停めたタケさんが鍵を開けて中に入れてくれた。
音楽もかかっていて開店の準備はあったが、誰も居ないようだった。
「途中でお店抜けてきてくれたんですか? わざわざありがとうございます」
この時間はまだヒマだからね、大丈夫だよ。 タケさんが言ってくれた。
「拓真ならあと一、二時間したら来ると思うから。 色々見るものあるし、ゆっくりしてってよ」
厨房らしき店の奥へタケさんが入っていく。
高い天井を見上げると、ファンがゆったりと回っている開放的なスペースで、上のロフトにテーブル席もある。
温かみがあるけれど古臭くもない。
階段から上に登ってロフトを見渡してみた。
壁に沿って並んだ本棚には、海外の海やカラフルな熱帯魚の写真集、サーフィンの雑誌。 色々な書籍があり、クッションにもたれてその中何冊かをパラパラとめくる。
『美味いキャンプ飯 百選』これ、タクマさんが買ってそうっぽい。
「上手くいってるかとは思うんだけど、拓真とはどう?」
階下から聴こえてきたのはお店の料理の下ごしらえをしているのだろうか。 トン、トンとなにかを切っている様子のタケさんの声。
良い人だし、タクマさんと仲がいいんだなあ。
そんなことを思うと顔がほころぶ。
親近感というか仲間意識というか。
「ホントは構いたがりの癖にさ」特に馬鹿にする様子もなく小さく笑う彼に、それも分かります! と格子の間から顔を出して同意した。
「だから学生の時も……ああ、これは綾乃ちゃんはまだ小さい時だったね」
私がまだ小さい時。
お父さんがあの夜に話してくれた辺りだろうか。
以前私に話してくれた、父とタクマさんが親交のあった頃の話。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~
ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。
2021/3/10
しおりを挟んでくださっている皆様へ。
こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。
しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗)
楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。
申しわけありません。
新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。
修正していないのと、若かりし頃の作品のため、
甘めに見てくださいm(__)m
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
お見合いから始まる冷徹社長からの甘い執愛 〜政略結婚なのに毎日熱烈に追いかけられてます〜
Adria
恋愛
仕事ばかりをしている娘の将来を案じた両親に泣かれて、うっかり頷いてしまった瑞希はお見合いに行かなければならなくなった。
渋々お見合いの席に行くと、そこにいたのは瑞希の勤め先の社長だった!?
合理的で無駄が嫌いという噂がある冷徹社長を前にして、瑞希は「冗談じゃない!」と、その場から逃亡――
だが、ひょんなことから彼に瑞希が自社の社員であることがバレてしまうと、彼は結婚前提の同棲を迫ってくる。
「君の未来をくれないか?」と求愛してくる彼の強引さに翻弄されながらも、瑞希は次第に溺れていき……
《エブリスタ、ムーン、ベリカフェにも投稿しています》
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる