ねむの木の咲く頃に

たんぽぽ。

文字の大きさ
上 下
4 / 7

娘③

しおりを挟む
 私は中学校を卒業し、県立の高校へと進んだ。もう森さんについて考えることも、ほとんどなくなっていた。

 二年生の初夏のある日、クラスのある男子が登校するなり他の男子と騒いでいた。
 私はクラス替えで友人皆と離れてしまい少しふてくされていて、後ろの方の席から冷めた目で彼らを見ていた。

 騒ぐ男子達の会話が嫌でも聞こえてくる。その中に「公園の裏」「平屋の家」「幽霊」という単語が出てきたので、ハッとして聞き耳を立てた。
 どうやら近所にある平屋の家を取り壊す途中で、床下から白骨死体が出たという話だった。話題を提供している男子の出身中学はA中で、森さんの家も確かその校区内だ。

 私は彼につかつかと歩み寄った。
「それ、森っていう人んち?」
その男子とは会話をしたことがなかったので彼は驚いていたけれど、丁寧に答えてくれた。
「そういえばそんな名前だったかも。住んでた男の人がずっと前に行方不明になったって聞いてたけど、その人の弟だか妹だかがやっとその家を壊すことにしたって。で、床下から白骨が出たらしいよ」
「幽霊って何?」
「俺が小学校入る前から、その家の周りで半分骸骨で血塗れの男が出るって噂があったんだよ。俺は霊感ないから見たことないけど」
「……その家の前の公園、まだねむの木ある?」
「ねむの木ってどんなんだっけ?」
「夏にフサフサのピンクの花が咲く木だよ、多分今が咲き始めた頃じゃない? 公園の端っこに昔あったんだけど」
男子は目玉を上を向け考える仕草をして答えた。
「あぁ、あの木ね、今もあるよ。でも何で興味あんの?」
「えーと、それ多分知り合いの知り合いの家の近くで、昔たまに行ってたから」
「ふーん」
私はあいまい過ぎる理由を急いで捏造して、怪しまれる前に会話を終わらせた。

 放課後、図書館にわざわざ足を運んで数日分の夕刊を調べると、昨日の地方版に目当ての記事が小さく載っていた。



─────────────────────

F町の住宅に白骨化遺体 12年前不明の住人か

某日午後2時頃、Y市F町にある住宅の解体工事中に、作業員の一人が床下で白骨化した遺体を発見した。遺体の頭部には損傷があったという。Y署は遺体が住宅の持ち主だった男性とみて、身元の確認を急いでいる。同署によると男性は12年前から行方がわからなくなっていた。

─────────────────────



 記事を三回読み、やっぱりね、と思った。千ピースのパズルを完成させた瞬間みたいな達成感。

 夢の中の母の悲鳴、母の虚ろな目、森さんの裸の脚、「森さんは頭が痛い」というセリフ、真夜中の帰宅、十二年前。

 母がやったのだと私は確信した。恐らく衝動的に死なせて床下に隠したのだろう。

 昔母が父に暴力を振るわれていたのを、私は知っている。同じ家にいて、父の大きな怒鳴り声や母の悲鳴に気づかないはずがない。あの日の仏間で、多分母の悲鳴のせいで見た夢の中で、母は父に殴られていた。妙にリアルな夢。夢の外でも母は森さんに同じことをされていたのではなかろうか。

 私の導き出した結論は根拠に乏しいかもしれないが、私には十分だった。私は自分の勘を信じた。

 重要だったのは長年のもやもやを自分なりに解決させた爽快感と、母に対する優越感である。

 母娘というのはなかなかややこしい関係で、親子でありながらもお互いに競い合うところがある。それにまだその頃は例の眠り薬の件による母への鬱屈が消えておらず、「母の悪事を知っている」ことは母より優位に立っているのだという快感を感じさせた。

 そして母の秘密をいざという時のための「切り札」にしようと決めた。

 私はあなたの秘密を知っている──それ以来、些細なことで叱られる度に、そう思いながら母の小言を聞き流した。

 母が警察に捕まるという恐怖は全く感じなかった。時効まで後十三年、その頃私はもう三十歳になっているのかと余裕で計算してさえいた。母は強いし何でも一人で出来る、きっと逃げおおせるだろう。私はまだ幼く母の強さばかりが目に付いていて、母を含めた大人達の不完全さを知らずにそう信じていた。

 そして実際、今に至るまで母は捕まっていない。もしかしたら母の職場に警察が来たのかもしれないが、少なくとも母は森さんに関する話を私の前では一切しなかった。

 ただ小学二年生の時に見た、例の生きていない森さんの姿は夢ではない可能性が高くなったのだが、そのことについては深く考えないようにした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

今まで尽してきた私に、妾になれと言うんですか…?

水垣するめ
恋愛
主人公伯爵家のメアリー・キングスレーは公爵家長男のロビン・ウィンターと婚約していた。 メアリーは幼い頃から公爵のロビンと釣り合うように厳しい教育を受けていた。 そして学園に通い始めてからもロビンのために、生徒会の仕事を請け負い、尽していた。 しかしある日突然、ロビンは平民の女性を連れてきて「彼女を正妻にする!」と宣言した。 そしえメアリーには「お前は妾にする」と言ってきて…。 メアリーはロビンに失望し、婚約破棄をする。 婚約破棄は面子に関わるとロビンは引き留めようとしたが、メアリーは婚約破棄を押し通す。 そしてその後、ロビンのメアリーに対する仕打ちを知った王子や、周囲の貴族はロビンを責め始める…。 ※小説家になろうでも掲載しています。

生まれたときから今日まで無かったことにしてください。

はゆりか
恋愛
産まれた時からこの国の王太子の婚約者でした。 物心がついた頃から毎日自宅での王妃教育。 週に一回王城にいき社交を学び人脈作り。 当たり前のように生活してしていき気づいた時には私は1人だった。 家族からも婚約者である王太子からも愛されていないわけではない。 でも、わたしがいなくてもなんら変わりのない。 家族の中心は姉だから。 決して虐げられているわけではないけどパーティーに着て行くドレスがなくても誰も気づかれないそんな境遇のわたしが本当の愛を知り溺愛されて行くストーリー。 ………… 処女作品の為、色々問題があるかとおもいますが、温かく見守っていただけたらとおもいます。 本編完結。 番外編数話続きます。 続編(2章) 『婚約破棄されましたが、婚約解消された隣国王太子に恋しました』連載スタートしました。 そちらもよろしくお願いします。

死んだ兄と子育て始めます!幽霊兄の子育て指南

ほりとくち
ライト文芸
兄夫婦が事故で死んだ。 一人息子を残して。 頼れる親戚がいない中、俺は幼い甥を引き取ることを決めた。 でも……現実はそんなに甘くはなかった。 初めての育児に悪戦苦闘し、落ち込む俺を慰めてくれたのは―――死んだはずの兄ちゃん!? 『これから俺が育児を教えてやる!』 しかし、甥には兄は視えていないようで……? 俺と甥と、幽霊になった兄ちゃんの共同生活が始まった。 そのときの俺はまだ、兄がどんな想いを抱えて俺の前に姿を現したのか、わかっていなかった。 ※ ブックマーク・いいね・感想等頂けたら歓喜します! 短期連載のため、1ヶ月ほどで完結予定です。 当初半月ほどとお知らせしていましたが、まとまりそうになく、連載期間を延ばすことになりました(汗)

婚約者が王子に加担してザマァ婚約破棄したので父親の騎士団長様に責任をとって結婚してもらうことにしました

山田ジギタリス
恋愛
女騎士マリーゴールドには幼馴染で姉弟のように育った婚約者のマックスが居た。  でも、彼は王子の婚約破棄劇の当事者の一人となってしまい、婚約は解消されてしまう。  そこで息子のやらかしは親の責任と婚約者の父親で騎士団長のアレックスに妻にしてくれと頼む。  長いこと男やもめで女っ気のなかったアレックスはぐいぐい来るマリーゴールドに推されっぱなしだけど、先輩騎士でもあるマリーゴールドの母親は一筋縄でいかなくて。 脳筋イノシシ娘の猪突猛進劇です、 「ザマァされるはずのヒロインに転生してしまった」 「なりすましヒロインの娘」 と同じ世界です。 このお話は小説家になろうにも投稿しています

常世真相究明課

青山翔
ミステリー
あの世で死んだ本当の真相を明らかにする真相究明課。自分の名前が若干コンプレックスな鈴木太郎と上司の長瀬芽唯で真相を究明します。

散々許嫁の私を否定にしたくせになぜ他の人と結婚した途端に溺愛してくるのですか?

ヘロディア
恋愛
許嫁の男子と険悪な関係であった主人公。 いつも彼に悩まされていたが、ある日突然、婚約者が変更される。 打って変わって紳士な夫に出会い、幸せな生活を手に入れた彼女だったが、偶然元許嫁の男と遭遇し、意表を突かれる発言をされる…

しっかり者がダメ男に惹かれる法則(1)

坂田 零
恋愛
できた女のコは、何故かダメ男にひっかかる。 なんでだろうな~? いくら考えたって、答えなんてわかんね。 だから君も… 金なし地位なし名誉なし、人生に対してまるでやる気の無い男「哲」 スーパー天然だけど必死に仕事を頑張る看護師「きなこ」 音楽界の頂点へと駆け上がろうとする実力派女性シンガー「あおい」 カテゴリちくはぐな一人の男と二人の女の連立方程式三角関係コメディ こんな男がモテる訳ないだろうよ(´・ω・`) でもそうだったらいいな的な自分の願望的何かを詰め込んだ話。 「SilkBlue」の主人公とカテゴリがかぶるこの話の主人公ですが、まったく別者です・・・ そして、これはぬるく更新予定なんで、むしろ、続き読みたいから書いてくださいとか言ってもらえると書く気が起きるかもw 表紙イラスト 碧雪なしこ

駆け落ちの果てに

認認家族
現代文学
親兄弟に反対されても貫いた愛。 けれど、それは簡単なことではなかった……。 嫁姑の確執を知っておきながら嫁も姑も取れないマザコン男。 救いの無い話です。 バッドエンドです。 ざまぁもありません。

処理中です...