深紅の花火

たんぽぽ。

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花火大会

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 三年生の八月も終わりに近づいた、俺の住む町の花火大会が開催される日のこと。誰が言い出したかは忘れてしまったが、こっそり学校に残って教室から花火を見ようという話が出た。その話はクラス中に広がった。ダメ元で誘うと驚いたことにYさんも残ると答えた。Yさんだけでなく、悪事を働きそうに無い大人しい男子も数人参加すると言っていた。そして最終的に参加人数はクラスの三分の一近くに上った。

 その年の夏は平日と土曜は補習、日曜も模試で潰れ、まとまった夏休みなんて四日間しかなかった。俺達受験生は先の見えない不安で皆ストレスを溜め込んでいたから、何でも良いから高校生活最後の青春を味わって気分転換したかったのだと思う。加えて、共に受験戦争を乗り越えなければならないという奇妙な連帯感みたいなものがクラスには漂っていたのだ。

 補習が終わり親には適当に連絡し、見回りの教師をやり過ごすために教室の廊下側の窓から見えない場所に巧妙に隠れ、皆で夜を待つ。誰かが配った飴を舐めたり小声で雑談したりしていると、ポンポンと音が聞こえてきた。ついに打ち上げが始まったのだ。学校は海の見える土地に建っていて、花火大会の会場はその海辺。海上で点火され空高く打ち上げられる花火は、教室の窓から遮るものなく良く見えた。

 俺達は窓際に鈴なりになって、次々と打ち上がる花火を眺めた。空腹も忘れてただ眺めていた。先刻までと違って皆ほとんど無言だった。俺はちゃっかりYさんの隣に陣取った。

 やがて花火大会もラストに近づき、深紅一色の大玉の花火が上がった。遅れて来たドンと言う音と共に深紅の火はだらりと垂れ下がり、四階の校舎の窓から見える夜空、及び遠くの海面を埋め尽くした。打ち上げ場所からは離れていてしかも俺達は室内にいるのに、頭上に降って来そうなくらい巨大な花火だった。

 その紅を見て思い出すのはやはりYさんと行った炎色反応の実験だ。すると俺の頭の中を読んだ様に、
「あれはストロンチウムだね。一番鮮やかな色」
とYさんは理系あるある発言をして笑った。決してロマンチックでは無いが、彼女らしいセリフだった。俺は何だか嬉しくなって聞いてみた。
「一年の時の実験覚えてる? 炎色反応の」
「私も今思い出してたよ。田辺先生のテキトー班分けとかね」
彼女の笑顔はあの日と同じで、夜空を見上げる眼の中に深紅の火がある所も同じ。そのせいか二年前の実験で使ったガスバーナーのガス臭さや折り曲げたろ紙のザラザラとした感触、小さな木の椅子の座り心地の悪さまでがリアルに蘇る気がした。

 最後の一発が煙と消え去るまで隣にYさんの気配を感じながら、俺は一心に花火を見つめていた。夜の校舎、見つかったら叱られるという吊り橋効果的状況ゆえか、俺はYさんと離れたく無いと強烈に思った。だからかすかに手が触れた瞬間、前を向いたままその手をぎゅっと握った。意外と骨ばった手だと感じたのを覚えている。

 しかし俺の手は即座に強い力で振りほどかれた。単に驚いたのでは無い。嫌悪、軽蔑。そんな意志を感じさせる、断固とした振りほどき方だった。

 拒絶された──俺はその場に硬直し、友人から「帰るぞ」と促されるまで動けなかった。

 そんなことがありながらもYさんは変わらず俺に話し掛け続け、女というものは不可解なものだと俺は思い知った。大きなショックを受けた俺が素っ気ない態度を取り続けたせいで、Yさんは俺に話し掛けてこなくなった。そしてそのまま俺達は卒業することとなる。

 花火大会の夜を忘れるため受験勉強に真剣に取り組んだからか、俺は第一志望だった地元の大学の理工学部になんとか合格した。一方、建築士志望のYさんは建築学科のある関東の大学に受かったと人伝てに聞いた。

 Yさんに関する苦い思い出によって、俺はその後も時々大声で叫びながら走り出したい衝動に駆られたが、大学の講義についていくのとバイトで忙しい日々を送る内にその頻度も少なくなっていった。俺の奥手な性格も色々な体験を重ねる内に改善され、Yさん以外の女性とも身構えずに会話出来る位には成長していった。
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