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3つの渦に導かれ……

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 思えば4歳の頃すでに、ヒロシのつむじ好きは片鱗へんりんを覗かせていた。

洗濯の度に二層式洗濯機の渦を凝視してなかなか離れず、母親を困らせていたからだ。

「もっと、もっと」とせがむヒロシを無理やり洗濯機から引き剥がし、母親は(この子は何処かおかしいのかしら?)と悩みさえした。

インスタントラーメンに入っているナルトにも目が釘付けになった。彼はそれを後生大事に机の一番上の鍵付きの引き出しにしまったりしたものだ。

――ぐるぐる、ぐるぐる。何て素敵な渦巻き模様!



 小学生の頃、図工の授業で隣の席の児童の顔を描くというものがあった。

ヒロシは隣の子に頼み下を向かせ、あろう事が真正面からではなく頭頂部の表情を活き活きとリアルに描き上げた。

モデルの子は泣き出し、担任教諭に「大変良く描けましたね、でももはや誰だかわかりませんね」と言われた程である。



 他にも、新聞に載っている天気図や気象衛星画像に好感の持てる渦を見つけてはスクラップしたり。

とぐろを巻き鎌首をもたげる蛇から離れられず周囲を慌てさせたり。

新体操のリボンを自作しひたすらくるくる回してみたりと、彼の渦探求活動は止まることを知らなかった。



 駅の跨線橋から人々のつむじを見下ろしては知らないお爺さんに「何があったか知らないけど、人生捨てたもんじゃないよ」と優しく肩を叩かれた事も一度や二度ではない。

彼のリクエストに応え、初めての家族旅行では鳴門の渦潮を見に行った。



 ヒロシは冬が嫌いだ。人々はせっかくのつむじをニット帽に隠しがちとなるからだ。

――何故に人々は美しいそれを奥深くに隠匿するのだろうか。

彼には理解不能だった。



 美容師になったのは、だからヒロシにとっては必然の事であった。

彼は年長サンの時には既に、「ぼくのゆめは、とこやさんになって、つむじをおもうぞんぶんたんのうすることです」と周囲に宣言していた。

「とこやさん」つまり理容師になるという夢を美容師へと変更したのは、理容師ならば男性ばかりを散髪する事になるからだ。高齢になると、つむじ自体が消失している場合もある。

一方美容師ならば男女のつむじ、特に女性のそれをたくさん観察する事が出来るのだ。



――俺はつむじで結婚相手を決める。

ヒロシはそう決めていた。



 理想のつむじに出会えぬまま、いつの間にか彼は39歳になっていた。



 3つの台風が渦巻く日、ヒロシのテンションは高ぶった。

その3つの渦は、ヘクトパスカルこそそこまで低くはなかったが、穏やかで友好的な印象を彼に与えた。

その3つに感銘を受け、新しい何かをやらなければ、と唐突に彼は思った。

彼の同僚に献血マニアがいた。献血カードをドヤ顔で見せつけてきたり、景品でお猪口を貰ったなどと自慢してきたりするのをふと思い出し、ヒロシは「そうだ、献血に行こう!」と思い立つ。



 そして3つの渦に導かれ訪れた献血ルームで、彼は白衣の天使ならぬ、つむじの女神に出会った。

ミユキの頭には、左巻きのつむじが3つもあるのだった。

彼らは夫婦間で、完全に世界が完結しているのだ。

変態同士が出会った、それは実に天文学的確率であった。

割れ鍋に綴じ蓋。世界はたまに、よく出来ているのである。
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