野生のチューリップ

【妖滅官養成学校時代】

水沢の「森田さんノート」より一部抜粋①

　以下に、水沢による「森田さんノート」の内容の一部を転載した。

　彼がユキに会った、あるいは監視や目撃をした日には、必ずこのように何かしらの情報を記録しているのである。



　＊



　5月某日　晴れ


　気候も穏やかになり、森田さんの上着が完全に半袖に移行した。
　観察の結果、三着を着回しているようである。

①薄水色の地に枇杷びわと馬鈴薯の絵の入ったTシャツ

　地元である長崎の土産物売り場で購入したらしい。

②椎茸が胞子を飛散させている柄のTシャツ

　とても前衛的で、胞子の勢い良く飛ぶ様子は見ていてくしゃみが出そうだ。
　ディスカウントストアを冷やかしている時に見つけ、衝動買いしたそうだ。

③虹色の地に明朝体で「一網打尽」と書かれたTシャツ

　上京してすぐの頃、アパートのベランダに椎茸を干していたら、隣の爺さんに「とても良い椎茸だねぇ」と言われたので、少し分けてあげたらお礼に貰ったらしい。



　5月某日　快晴


　今日は幸運にも、寮の屋上で椎茸を干す森田さんに偶然会った。

　俺は屋上のコインランドリーから洗濯物を取り込んで干していた。

　彼女は俺を見て「最高の椎茸日和だね」と言ってにっこり微笑んだ。

　頑張って溜まりに溜まった二週間分の服を洗濯した甲斐があった。



　5月某日　晴れ時々曇り


　学校で会う。今日の森田さんは元気がなかった。

　寮の屋上の私的利用を管理者に叱られたそうだ。

「椎茸が全人類からもっと寛容に受け入れられる日がくれば良いのに」と彼女は言った。全くその通りだと俺は思った。

　彼女の左側頭部の毛髪が直角に曲がっていた。
「寝癖がついていますよ」と言うと、彼女は「ただの水素結合だからノープログラムよ」となんでもない風に言った。

　あまりにも爽やかな口調だったので、俺は「それを言うならノープロブレムです」と言うことが出来なかった。

　そして濡らした手で、その水素結合を解いて差し上げたいと思った。
　 


　5月某日　曇り


　三限目の妖物基礎化学で、森田さんと実験班が同じになる。
　妖物発生の実験だ。

　妖物の研究者が偶然発見した方法で、特殊な条件下で妖物を人工的に発生させる世界初の実験法である。

　実験の手順はこうだ。

　①三人一組で手を繋ぎ輪になる
　②中央に練り消しゴムを置く
　③練り消しゴムを見つめながらマイムマイムを踊る
　④その際、脳内にはアカスジキンカメムシの姿を思い描く
　⑤練り消しゴムが妖物化する。つまり、独りでに蠢うごめき様々な形態に変化する

　妖物化した後は、害は無いのですぐに駆除せず観察し、動きや色の変化などをレポートにまとめ提出するという講義内容だ。

　森田さんは配布されたアカスジキンカメムシの写真を見て「とても綺麗なカメムシだね」と言った。

　俺が「森田さんの方がよっぽど綺麗ですよ」と褒めると、もう一人のメンバーの村尾さんに「比較の対象がカメムシってどうなの」と突っ込まれた。

　この実験の良いところは、三人なのでどんな順番で輪になっても彼女と手を繋げることだ。

　結局、俺がカメムシでなく森田さんのことを考えていたせいで、実験が終わるのがクラスで一番遅くなった。


　追記:村尾さんは出来たばかりの彼女とのデートに遅れ、振られたらしい。



　5月某日　晴れ


　夜、椎茸栽培キットとおもちゃの太鼓を抱えて寮を出る森田さんに出くわした。

　寮の裏手の雑木林に行くらしい。許可を得て俺もついて行った。

「満月の夜に椎茸に振動を与えると、成長が促進されるんだって」

　そう言って林の中に五代目椎茸栽培キットを置き、小一時間太鼓を叩いていた。

　月の光に照らされて楽器を奏でる森田さんのシルエットは、美と音楽を司る女神と呼んでも過言ではないくらい神々しかった。



　6月某日　雨のち曇り


　午後からの講義で救命講習があった。

　順番に人形に心肺蘇生を行う練習をした。

　森田さんの番の時、人形と場所を代わりたかった。心なしか人形の顔がにやけて見えた。



　＊



　以上、部分的に抜粋したものである。

　読んでいて相当気持ち悪いと感じたかもしれないが、書いている方だって相当気持ち悪いと思っているのだから、お互い様であるのだ。