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誓い

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ガリバルドの力を持ってしっても
後先、考えないで、法を破って、魔法を使い
公爵という爵位どころか
王族の宮殿を破壊しようと、暴れてしまった
次の巫女の、不始末を、かばうことは
大変だったのを、今でも強く覚えているので
やはりあれは、事実でしかない。

「戦いで人が、死ぬのは受け入れねばならぬが……」

「公よ、あきらめるのは、まだかと」
「助かる見込みはまだあるのです」
「騎士団長が、間に合いさえすれば、希望は……」

「……」

ガリバルドと貴族達も
ソフィアを失うことは、精霊教会の長としての
巫女が不在となるだけとは、受け止めていないようだ。

「しかし、風の巫女は、人ではなかったのだ」
「人が、あれを、見事に退けてしまうとはな」
「やはり、ありえん、実におしい!」

「……」

今回の決戦での人を超えていた
風の巫女との対決での勝利もそうだ。

とんでもないことだとしても
ソフィアがいることで、引き起こされてきた
何かの夢物語をみている気分にさせられるような出来事が
もう、これからは、なくなってしまうのかと思うと
どうしても、あきらめきれないのだ。

「まさか、相打も覚悟の上で、あったとは」
「なんたる、勇ましさ」
「騎士たるもの、かくありたい…… もとい、騎士ではないが……」

「……」

ラッセルは考えている、常に大事なものとは何かと。

「ベルナルドの気が済むようには、してやりたいのだ……」

「公、騎士団長は必ず、帰ってきます」
「ここは、騎士団長を信ずるべきかと」
「諦めて後で、後悔はしたくない」

「……」

ぎりぎりの事を決断したとしても、
特別な地位にあるとはいえ、助かる見込みの無い者を
最優先してしまう、矛盾は指揮官としては、合理性を欠いている。

後に非難はまぬがれないし、受け入れるしか仕方はない。

「巫女殿をここで、あきらめる事はどうしても、許されぬ気するのだ」

「騎士団長が、王を無視してまで、走り去った理由がこれとは……」
「巫女さまが、いなくなれば、火が消えたように、国中が寂しくなる」
「いかにも、ソフィアさまらしいが、なんとも……」

「……」

ラッセルの失った左目が、うずく時がある。

ガリバルドの話を聞きながらも
ずっと諦めず、考え続けていたラッセルは
先ほど話題になった、長槍の訓練を、思い出していた。

槍を使うために訓練をして、見事に役に立ったのだが
結局は、何かの運命で定められた偶然と言えば、そうでしかない。

今ある結末は、初めから決められた運命だったのか?

それとも、決められていた運命を変えたものだったのか?

運命とは考えれば、考えるほど矛盾している。

しかし、自分の考えを信じて
ついて来てくれた、兵士達が、いなければ成りたたなかった結果だ。

なぜ、兵士達は自分を信じて、ついて来てくれたのだろうか
その答えはベルナルドの決意と同じところにあるのではないか、ならば!

「ガリバルドさま、今できることを、精一杯やるべきですぜ」

「ラッセル殿の言うとおりだな…… それはもっともだが……」

ガリバルドは、うつむけていた顔なんとか
あげようとしたが、やはり釈然としない。

逆境で、精一杯がんばれとだけ言うのは
繰り返されるだけの、誰でも、出来る、平凡すぎるほどに、虚しい励ましだ。

だが、そこはさすがラッセルだ。

余計な事をいうのを忘れない。

「王太子さまの受け売りで、すいやせんがね
こういうときこそ、理想って奴が、大事かもしれませんぜ」

「!?」

はっとして、うつむいてた
顔を上げたガリバルドは
王から引き継いだ、役割をまずは
精一杯、果たすべきだと言う
当然の忠告に、納得はしていた
だが、それは何の為だったか
そこまでは、考えてはいなかったのだ。

「理想か……」
「夢物語って、やつかもしれません、月並みでやすがね」

王弟として、常に日陰となり
貴族達を纏めて、兄である王との間を
取り持ち支えてきた、ガリバルドは
兄王が、今の自分と同じ心境の時にこそ
誓いの大事さを語るべきだったが
今まで、出来なかった事を
騎士でもない、庶民のラッセルに気付かされてしまった。

「そうか、夢…… たしかにそうだ」

「へえ」

王から、この場を任された以上、全力を尽くさなければならない。

それは何のため、だったのか?

甥であるベルナルドは、たった一人で、駆けて行った。

それは何のため、だったのか?

ソフィアは命がけで、皆に勝利を齎(もたら)した。

それは何のため、だったのか?

たしかに、今できることを精一杯やる
その先にしか、得られる最上の結果などない。

しかし、それは何のため、だったのか?

それが、運命というものに立ち向かうことなのだと
これまで何度も、そう思わされてきたはずだ。

「夢か、久々に聞いたような気がするな」
「騎士に、なることを目指していらいか」
「だが、いつも供に、あったことはたしかだ」

湧き上る感情を指し示してくれる
誓いを、大事な時に忘れてしまっていた。

誓いの言葉の意味は、いかなるときも
夢を見失うなという事だと解釈されている。

夢とは理想に、他ならないのだ。

「ラッセル、私は、すでに誓っていたという訳だな」

「王太子さまを見ていれば、そうだと思いますぜ」

ソフィアをどうしても、失いたくない理由に
ガリバルドは、ようやく気付いた。

皆が見たいと思う、夢物語を描いて
理想のあり方を示してくれるからだ。

公爵、しかも王族の宮殿を
街中での使用を禁じられている
魔法を使って、破壊しようとしたような
とんでもない事を引き起してしまったのだ。

なのに処罰すべきと定めた法さえ、敵に回して
許すべきだと思って、強く、かばってしまったわけだ。

「巫女殿、いや、あの小娘に、並み居る貴族が、してやられてしまったわけだな」

「公、我らはまだ、大切なものを見失ってはおりません、しかし」
「我ら、貴族は何の為にいるのか」
「ここでこそ、皆に、はっきり示さねば」

普通なら、通らぬはずの不法が
騎士でもあった貴族の皆が
賛同して、結局、通ってしまったのはなぜなのか。

それは騎士の誓い、そのものだったからだ。

皆が誓い、命を捨てても惜しくはないと思える
夢物語を、否定して、王国が栄えることなど
決して、ありはしないのだ。

王国は、遥か以前、はじまりにあった、闇というべき現実を
否定し続けてきた、理想を描いた、夢物語の先にあるものでしかない。

今、目の前にあるのが現実だと
勘違いしているものには、これがわからない。

王国は、いつも夢物語の存在で
幻でしかない、理想そのものとしてしか、なりたたない。

物語に、手で触れたりできるような、姿などは、ありはしない。

「我らは幻でしかない、夢物語を見せ続けねばならん」

「多くの犠牲に、報いる方法はそれしかありませぬな」
「皆の夢だったのであれば、犠牲になった者達も、無意味でない」
「捨てれば、犠牲になった者達からの、責め苦から、逃げたも同然」

定められた法という、現実の鉄の檻で
夢としてしかないはずの、王国そのものを、処罰するなど
あきれるほどに、馬鹿げているのだ。

大勢の兵士の手当てを、優先するのは現実的な法だ。

しかし、その大勢の皆を救うため犠牲となった
ソフィアを優先して救うのは、法がある目的で、理想そのものだ。

「戦いには犠牲はつきものだ、だがーー」

「たった一人の英雄の夢を叶える為に、大勢が死ぬのも戦いですな」
「これまで、皆は何の為に傷つき、死んでいったのか……」
「兵士達の、心の奥底に秘められた想い…… 夢か…… たしかに一番大事だ」

兵士達が気付いてさえいない
心の奥底に秘められている、大事な想い……。

もし、ここでソフィアを、簡単に見捨てれば
もう、先頭に立ち、犠牲になって
戦おうとするものは、誰も、いなくなってしまうだろう。

その結果はどうなるのだろうか、全て、廃墟となり、滅ぶのだ。

「ラッセル殿……
いや、失礼、今後はラッセルと呼ばしてもらうぞ」

「私も、公と同じく、今後は友として、ラッセルと呼ばせてもらうぞ」
「そうだな、それしかないか…… ラッセル」
「これからも、我らと、供に戦ってくれ、ラッセル」

貴族達も、自分達がしていた
騎士の誓いの重さに、あらためて気付いたのだろう。

「うむ、そろそろ、行かねばな……」

「公、行きましょう」
「全力を尽くしますぞ、我らの理想が為」
「ですが、誓いを、ここで立てましょうぞ!」

去り際に、ガリバルドと貴族達は腰の剣を鞘から
抜くと、ラッセルの前で、剣の先端を
皆で、突き合わせて、ラッセルの目の前に差し出した。

「さあ、勇士ラッセルも、我らとの誓いを!」

エリサニア帝国の騎士達が
馬上で交わしたという、戦場で、生死を供にする誓いだ。
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