豆柴彼女。

ちゃあき

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4話 幻じゃない子犬

3.脱走

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「さゆりさーん、いいかい?」

 呼ばれた木蓮さんははぁいと返事をしてちょっとごめんねと席を外した。

 おじいさんの注文を取ってる間にもお客さんが来て結構忙しそうだ。

 ……——というか木蓮さん一人で回すには席数が多すぎるような気がする。

「ごめんね、ええと……」
「小宮です。すみません、忙しい時に来ちゃって」
「小宮くんって言うのね。こっちこそ招待しといてろくに話もできなくてごめんなさい」

 手短にコーヒーとパンケーキ、あずきに鳥とりんごのソテーをお願いした。

 新しいお客さんとおじいさん、僕たちの注文作りにてんやわんやで電話まで鳴り出した。木蓮さんは大変そうだ。

 出してくれたパンケーキは白く柔らかで、鮮やかな数種類のベリーが品よく添えられていた。何だか食べるのが勿体ない。

 フォークを入れると上に乗せられたチーズと蜂蜜がとろりと溶けていい香りがした。

 あずきの分は許可をとってココアちゃんと食べさせた。りんごのかけらを二匹で追いかける様子は流石に可愛くて笑った。


 ……——僕の食事が終わる頃、奥さまたちはすでに出かけていた。あとはおじいさんと新しいお客さんで、思い思いに本を読んだりスマホをいじってる。

「パンケーキちゃんと中も焼けてた?」
「はい、美味しかったです。忙しかったですね」

 いつもはもうちょっと余裕あるんだけどねと木蓮さんは髪を結び直して苦笑いした。


 木蓮さんが出してくれたコーヒーに口をつける。

 これもいい匂いでカップを離して香りを嗅いでしまった。木蓮さんはそれを見て笑った。

「いい匂いでしょ?」
「はい……ほんとに、僕全然コーヒーくわしくないんですけど」

 だけど不思議と落ち着く味と香りがする。

 木蓮さんも自分の分を淹れて小休止をするようだ。じゃれあっていた2匹も足元でフニャフニャ言いながら気怠げに転がってる。

 店内にはスローテンポのジャズがかかってる。ガラス張りの向こうは今日も晴れて、青空が光っていた。

 落ち着く。この店にお客さんが多いのも分かる。

「いつオープンしたんですか?」
「先月末に。私こういうのはじめてだから、まだ分かんない事ばっかり」
「元々料理人さんとかじゃなかったんですか?」
「ううん。MRって分かる? 去年までそれやってたの」

 MRは製薬会社の営業さんで、花形だけど激務な上に転勤の多い仕事だ。ふと自分の人生を見返した時、これから先もこれでいいのか考えてしまったのだと木蓮さんは言う。

「死ぬまで続けられる仕事って何かなと思ったのよね。ココアとももっと一緒にいたかったし……この子ももう見た目より年取ってるから、後悔したくないしね」

 ボス犬ココアの耳がぴくりと震える。言葉はおおよそ伝わっているのだ。
 木蓮さんにも教えてあげたいけど、そうですねとだけ相槌を打った。

「ココアが死んだら私も死のうかなと思ってた……まぁ物の例えだけど、でもそれくらい好きよ」
「あ、それ分かる」

 思わずタメ口が出てしまった。謝ろうと思ったけど、ほんと? と木蓮さんは興味深そうに顔を上げた。


 ……とその時、カウンター後ろのガラス張りの向こうを何かが横切った。

 正体を見極めるより早く僕の足元を小さな足音が走り抜けていく。ドアが無人で開き、そして閉じた。

「あっ! いない!」

 木蓮さんの声にハッとして今まで二匹がいた場所を見下ろすともぬけの殻だった。

 チワワと豆柴が脱走した……ココアちゃんってよく逃げます? と無礼を承知で尋ねてしまった。

 木蓮さんは神妙な顔で頷いた。


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