短編まとめ

ちゃあき

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サキュバスのアリアドネⅡ(恋愛R18)男主

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※可愛いと言われると怒るちんちくりんサキュバスのアリアドネが、エロ大喜利?アイドルの小田島おだじま 青衣あおいの家に住み着いています。あおい目線のお話です。




「おだじまーージュースちょうだい」
「だめだよ、午前中飲んでるの見たよ」

 1日一本って約束したでしょ? と言うとリア……——僕の恋人、サキュバスのアリアドネは小さな羽根をぱたぱた言わせながら唇を尖らせた。

 サキュバスといってもアンジェリーナジョリーみたいなボンキュッボンの美女ではない。

 身長147cmのひらべったい身体、垂れ目にピンピン外に跳ねた黒い髪、おまけに小さな牙・羽・尻尾……どちらかというと彼女はむし歯菌に似ている。


 1ヶ月前のある夜、泥酔して帰宅した僕は窓から珍入してきたアリアドネと出会った。

 彼女は人間の男をドログチャにしたくて魔界から来たという。夢だと思った僕は一笑に伏してやりたい放題した。

 翌朝僕のベッドに隠れる彼女を引っ張り出してようやく現実を受け止めた。僕はつまようじみたいなサキュバスの処女をもらって、その恋人になったのだ。

 小田島 青衣、そこそこ名が知れたメジャーアイドル22歳の晩夏のことである。





「おだじま今日何するの?」
「今日は収録のあと多分また飲みにいかないといけないかなあ」

 夕方から歌番組の収録があって、15時には局に入りたい。リアと昼食を終えてもう1時間もすればタクシーを呼ぼうかと考えていた。

 彼女はふぅんとまたつまらなそうに唇を尖らせる。拗ねる様子が可愛くて、さみしいの? と聞くととんでもないことを言った。

「じゃあ他の人間の男でも狩りにいこうかな」
「…………それは何をどうするということ?」
「もちろん人間の男をドログチャにするということだっ」

 アリアドネは満面の笑みでドヤと平たい胸を張った。

 このサキュバスはアホか。僕はしばらく考えて、出かけるから準備してとリアに言った。



 今日は秋放送の歌謡祭の収録で、局は見覚えのるアーティストたちでごった返していた。

 どこからかアカペラの歌声が聞こえる。今日歌うのは懐メロのカバーだ。同じ事務所の複数のグループから数人ずつ呼ばれていて、僕の所からは僕とあと1人が出演予定だ。

 楽屋のドアを開けると、早速ジャージ姿でスマホをいじる見慣れたその黒髪の頭が目に入った。

「おはよう、志芳里しほり
「……おは………誰それ?」

 僕の腕に抱えられたアリアドネを見て、同じグループに所属するアイドル安在あんざい 志芳里しほりは眉を顰めた。

 アホを放っとくとえらい事になりそうだから、今日は僕の職場見学をさせる事にしたのだ。こういう現場に連れてくるのははじめてだった。

 アリアドネは物珍しそうに志芳里を見て、羽と尻尾をゆらゆら揺らしている。志芳里のほうはありがちな無表情で見知らぬ女の姿をじっと見つめた。

「志芳里、紹介する。僕の彼女のアリアドネ」

 挨拶してというと彼女はアリアドネだ、以後よろしくたのむと不遜に言った。志芳里は僕と同い年だ。135歳も年上なのだからまぁ仕方がないだろう。







「彼女……? 隠し子じゃなくて?」
「違うよ! 何言ってんの!?」
「だってそんな……なんつーかひらべったい……お子さんじゃんそれ。その子のことが好きなのお前?」

 せっかく挨拶したアリアドネに志芳里は不躾な言葉をぶつけてきた。それは浮いた話もなかった僕に突然恋人ができたなんて言えば動揺するのはわかる。しかし僕の恋人をお子さん呼ばわりは流石に無礼だ。

「酷いよ志芳里! アリアドネはそりゃちんちくりんだし、顔もちょっとブスだしバカだし、箸にも棒にもかからないけどいい所だってあるんだよ」
「…………」
「おだじま」
「なに?」

 いっそ殺せとアリアドネは言った。


□□□


「……でその偉大なサキュバスの娘のアリアドネがお前なの?」
「その通りだ」

 一通り説明を終えたリアは僕の膝の上で胸を張る。羽と尻尾は相変わらずゆらゆらしている。その尻尾を志芳里が掴もうとして、先端のやじるしでぴしゃりと手をはたかれた。

「無礼者っ」
「痛ぁ……凶暴じゃん、このむし歯」
「むし歯って言うな」

 イーっと牙を剥き出すリアに、志芳里も負けず眉間に皺を寄せてガンをつける。
 小さな白い顔に鋭い目つきの彼は、機嫌が悪いとヤクザ映画さながらの迫力がある……2人は相性が悪いみたいだ。っていうかリアは案外プライドが高い。子ども扱いを根に持ってるのかも。

 そんな時、ヘアメイクのスタッフが顔を出したから楽屋へ招き入れリアを膝から下ろした。

「リア、着替えるから座って待ってて」
「このお菓子食べてもいい?」

 長机に準備されていたお菓子をほしがったから、食べすぎないようにと注意してお茶を紙コップに入れて置いた。

「……やっぱお子さんじゃん」
「まぁ性格はね。でも157歳らしいよ」
「マジ……?」

 せんべいを頬張るリアをもう一度見た志芳里は、あの尻尾は本当に生えてるのかと聞いた。

 ちなみにメイクさんとスタイリストさんにもどなたのお子さんですかと意味深長に聞かれた。親戚の子がファンのアーティストに会いたいというから連れてきたと答えた(大嘘)。



「……かっこいいじゃん」
「ほんと?」

 もっかい言ってというと、アリアドネはなぜか不貞腐れてやだと拒否された。
 ヘアメイクを終えて、あとは歌パートのリハーサルからの本番だ。秋放映の番組だから衣装は僕がベージュのツイード、志芳里がブラウンの千鳥のスーツだった。着替えてアリアドネの元に戻ると今日の衣装を彼女も気に入ってくれたらしい。

 何だかさっきよりもじもじして近くに寄って来ない。メイクさん達も他のグループの所へ行ってしまったし、またリアをだっこしようとしたら今度は飛んで逃げられた。

「え!? そいつ飛ぶの!?」

 志芳里が興味深げな顔でリアを見上げた。
 ガン○ムみたいに言いやがる……羽は飾りだと思ってたんだろうか。この前32階まで飛んできたのこの子だよと教えると、ようやく思い出したようだ。あの朝の電話の相手は前の晩一緒に飲んでいた彼だった。






「アリアドネ、写真撮ろう」

 SNS用の写真を志芳里と撮り合ったあと、ぱたぱた飛んでるアリアドネを呼び寄せた。
 志芳里はまだ不思議そうな顔で彼女を見てる。一方のリアも綺麗な衣装の志芳里には攻撃してこない。お互いにお互いの存在が不思議で仕方ないんだと思うと、おかしくて笑ってしまいそうになる。

 大人しく降りてきたリアを間に挟んで、インカメに切り替えシャッターを切った。カメラの前では決めた顔をする志芳里と、少し口が空いてる半目のリアといつも通りの僕の写真が撮れた。


 間も無くリハーサルに呼ばれた。スタジオの隅にリアをすわらせて、ここでは絶対大人しくしててねと言うと素直に頷いてくれた。

「すぐ帰ってくる?」
「……ちょっと時間かかるけど、終わったらすぐ迎えにくるよ。僕も歌うから見ててくれる?」

 リアはまたこくりと頷く。
 周囲の慌しさや緊張感が伝わったのか、もうお菓子ともジュースとも言わなかった。

 ……——早くここにもどって来たい。
 この子が来るまでこんな思いにさせられた事は、正直ただの一度だってなかった。



 僕ははじめからメジャーアイドルをやってた訳じゃない。別に隠してないから知ってるファンは知ってるけど、10代の頃は地下をやってた。

 今の事務所は大きいからファンとの距離も当然遠い。でも以前はそんな訳なくて、ある程度ファン個人の顔と名前とか……貢献度とかを把握してた。

 一人一人の女の子について何とも思ってなかった訳じゃない。もっと突っ込んだ話をするなら当時繋がった末、メジャーに行くと同時に切れて黙っていてくれてる子もいる。

 以前所属していたグループも切ったと中傷されたけど……それも明確には否定できない。

 僕は元のメンバーとファンを切ってここにいる。卒業公演で戻ってくるよねと号泣したファンに、困らせないでほしいと思って曖昧な返事をした。

 下には戻らない。本音を言うならそういう考えだった。でも僕は僕が下だと思っていた場所でいかに愛してもらっていたのかは後から実感が追いついて来た。

 メジャーにきて気が付いた、僕にはとりたてて何の特別な魅力もないのだ。もっと出来る人だと思っていたとスタッフにも面と向かって言われた。

 地下時代はただ立ってるだけでもちやほやされて平気で生きてられた。たがら僕はずっとただの自惚れやの目立ちたがりに過ぎなかった。

 見た目が綺麗とか、歌が上手いとか、ダンスが上手いとか……全部当然の事でそれ以上の魅力がないと僕は埋もれて消えてしまうと自分でも分かった。

 ……——そこで捻り出したのが今のキャラクターなのだ。僕がここで死なないために手に入れた魅力というのがある。

「志芳里くんと青衣くんは今日はお二人ですけど、どうです? 心細かったりする?」
「……はい、そうですね。今日歌わせて頂く曲がそういう女性の独白のような形なのでちょうどいいかもしれません」
「そうねぇ! 青衣くんは?」
「はい! ○が○で○なので、いっそ○が○でよかったですね」
「う~ん、相変わらず放送できないっ! それではどうぞ」

 観客から悲鳴とも歓声ともつかないどよめきと笑いが起こる。期待されて期待した通りのコメントを残せたと思う。



 その日歌ったのは、僕が生まれた頃人気絶頂だった女性アイドルグループの派生ユニットの歌だ。

 女々しい歌詞だと思った。でも見えない終わりに向かう恐怖は僕にも少し理解できる。
 時代を感じるけど、メロディがドラマティックで美しく聴かせ甲斐のある曲だ。もちろん僕の曲じゃない。でも今日は貸して欲しい。

 照明の当たったステージからは、観客の向こう側にいるアリアドネの姿は見つけられない。あのアホはちゃんと聴いてるのか、僕は心配でもあり……ある意味楽しみでもあるのだった。
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