fの幻話

ちゃあき

文字の大きさ
上 下
35 / 73
15. ゲノム

1

しおりを挟む


□□□

 シューベルグ一族がおさめた土地は、広大で実りのうすい北の森林と金山だった。

 身分をさずかり、金で人を雇ってそこを守っても一族は所詮非力なはみ出し者のよそ者だ。

 財産を盗み土地を侵す狼藉者は後を立たず、祖先は困り果てた。

 そこで……実態以上にその存在を大きくみせることを思いついた。元々狡賢い一族なのだとはシノムの談だ。


「この土地を治めるのは何か得体の知れない強力な魔物だと思わせればいい。

同じ名前の同じ男が……例えば千年その地を治めれば、それは人智を超えた立派な悪魔に違いない。

相手が悪魔と思えばそうそう手出しをする者もいないはずだ」


 神より悪魔が怖い。それは慈悲がないからだ。

 シューベルグ一族の特徴は黒い髪には珍しい緑の目だった。

 その形質を出来るだけ変わらないよう受け継ぐ事を祖先は考えた。その代々の名を変えずに。

 同じ人物が生き続けていると思わせるためだ。

 はじめ、一族の中で子孫を残しさえすればそれはいとも容易い事だった。しかしいつしかそれは難しくなった。


「子どもが育たなくなった……もしくはその外面、内面、心理的なもののどこかに何か問題が起こったんでしょう?」

「その通りですよ、ラ・リドラム先生」


 シノムはザラの言葉に頷いた。

 ザラは先ほどその名はザラ・ラ・リドラムで、おそらくはアンネースの妹の甥であること……——そしてヒンスの従兄弟で、伯爵家に生まれた医師だと身分を明かしていた。

 ヒンスはザラにどういう事なのか尋ねた。


「ヒトにはそれぞれが持ってる遺伝子というものがる。

それがそのヒトの容姿や能力の一端を決める……あくまで一端だ。

それには優勢と劣勢があって、優の方が勝って次世代へ受け継がれる。

勿論、優劣は受け継がれる優先順位に過ぎず、物の良し悪しや人間の貴賤に一切関係はない」


 顕(はで)な方と潜(もぐ)る方に過ぎないとザラは言う。

 それも大体確実ではなく、言われるのは俗説や一例に過ぎないことを前提に彼は語る。

 概論はあれど奇跡や明かされない神秘はいつだってそこにある。

 親と子は似るだろう。シューベルグの祖先はただそれだけの常識を頼りに近親婚を続けた。

 多分それは従兄弟や叔父姪に限らず、もしかしたらもっと親しく……

 親子孫まで似た容姿と黒髪が受け継がれるのは分かる、しかし緑の目は恐らくかなり難しい。


「あまり見た事がないだろ? 僕もシノム伯爵とあと数人と、それから……——フィオナ嬢しか見たことがない。そんなに綺麗な緑の目はね」


 フィオナは珍しい緑の目に黒髪の令嬢だ。

 ヒンスがはじめてシノムに会った時、すぐに親しみを覚えた理由はその容姿にもあった。

 フィオナとシノムは縁もゆかりもない。けれどその見た目にどこか既視感の伴う夫婦だった。

 黒髪の二人は澄んだ緑の目を見合わせた。


「花嫁を探すようになったんですね? ……一族と同じ黒い髪に緑の目の」


ザラはシノムへ向けそう言った。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

【完結】「父に毒殺され母の葬儀までタイムリープしたので、親戚の集まる前で父にやり返してやった」

まほりろ
恋愛
十八歳の私は異母妹に婚約者を奪われ、父と継母に毒殺された。 気がついたら十歳まで時間が巻き戻っていて、母の葬儀の最中だった。 私に毒を飲ませた父と継母が、虫の息の私の耳元で得意げに母を毒殺した経緯を話していたことを思い出した。 母の葬儀が終われば私は屋敷に幽閉され、外部との連絡手段を失ってしまう。 父を断罪できるチャンスは今しかない。 「お父様は悪くないの!  お父様は愛する人と一緒になりたかっただけなの!  だからお父様はお母様に毒をもったの!  お願いお父様を捕まえないで!」 私は声の限りに叫んでいた。 心の奥にほんの少し芽生えた父への殺意とともに。 ※他サイトにも投稿しています。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 ※「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※タイトル変更しました。 旧タイトル「父に殺されタイムリープしたので『お父様は悪くないの!お父様は愛する人と一緒になりたくてお母様の食事に毒をもっただけなの!』と叫んでみた」

【完結】結婚前から愛人を囲う男の種などいりません!

つくも茄子
ファンタジー
伯爵令嬢のフアナは、結婚式の一ヶ月前に婚約者の恋人から「私達愛し合っているから婚約を破棄しろ」と怒鳴り込まれた。この赤毛の女性は誰?え?婚約者のジョアンの恋人?初耳です。ジョアンとは従兄妹同士の幼馴染。ジョアンの父親である侯爵はフアナの伯父でもあった。怒り心頭の伯父。されどフアナは夫に愛人がいても一向に構わない。というよりも、結婚一ヶ月前に破棄など常識に考えて無理である。無事に結婚は済ませたものの、夫は新妻を蔑ろにする。何か勘違いしているようですが、伯爵家の世継ぎは私から生まれた子供がなるんですよ?父親?別に書類上の夫である必要はありません。そんな、フアナに最高の「種」がやってきた。 他サイトにも公開中。

【完結】最後に微笑むのは…。

山葵
恋愛
義妹から、結婚式の招待状が届く。 結婚相手は、私の元婚約者。 結婚式は、私の18歳の誕生日の次の日。 家族を断罪する為に私は久し振りに王都へと向かう♪

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

王家も我が家を馬鹿にしてますわよね

章槻雅希
ファンタジー
 よくある婚約者が護衛対象の王女を優先して婚約破棄になるパターンのお話。あの手の話を読んで、『なんで王家は王女の醜聞になりかねない噂を放置してるんだろう』『てか、これ、王家が婚約者の家蔑ろにしてるよね?』と思った結果できた話。ひそかなサブタイは『うちも王家を馬鹿にしてますけど』かもしれません。 『小説家になろう』『アルファポリス』(敬称略)に重複投稿、自サイトにも掲載しています。

婚約破棄の場に相手がいなかった件について

三木谷夜宵
ファンタジー
侯爵令息であるアダルベルトは、とある夜会で婚約者の伯爵令嬢クラウディアとの婚約破棄を宣言する。しかし、その夜会にクラウディアの姿はなかった。 断罪イベントの夜会に婚約者を迎えに来ないというパターンがあるので、では行かなければいいと思って書いたら、人徳あふれるヒロイン(不在)が誕生しました。 カクヨムにも公開しています。

処理中です...