fの幻話

ちゃあき

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14. ルーツ

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 エリ嬢が……今のフィオナの継母がダナン家に来た頃、ヒンスはまめに彼女を訪ね、継母にも挨拶を欠かさないようにした。

 エリは元々大きな劇場の歌姫で、父男爵よりフィオナと歳が近い。

 フィオナの母親というには若過ぎるとヒンスにも察しがついた。彼女は母親ではなく花嫁だ。

 しかし、彼女はフィオナを憎んでも嫌悪してもいなかった。

 ヒンスはエリの容姿の美しさや愛想のよさを抜きにしても、彼女のフィオナへの思いをそう解釈していた。

 ただその立場と出自の違いが仮初の母子の間の埋まらない溝となった。

 エリはエクシール・エリ・ダナンと名を変えてもその辿った人生の貧困と苦労と屈辱を忘れなかった。

 だから、フィオナへの突然の求婚を退けることをしなかったのだ。

 ダナン男爵の凡庸さと、フィオナを恋するヒンスの持てる物の少なさを理解してシノムを選んだ。

 継母エリ夫人は馬鹿でも意地悪でもない。

 ただ冷静で現実的なのだ。彼女は知的で、安息や安定を重視した。

 ヒンスが心配したのはそこだった。

 ……しかし、心配の種だったシノムでさえ望む以上の好人物だったのだ。

 ヒンスは好きな女とその夫の前に立ちはだかる問題をできるかぎり解決してやりたいと思う。

 まだ今より子どもだった昔……美しいエリに、女の子へ献身的過ぎるのも考えものだけれど、それは決して悪点ではないと……——なんでもない事のように見透かされ、言われた日をヒンスは鮮明に思い出す。
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