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3章 新たな器編

37新たな魔王と切り札

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 クラリシス王国へ帰還したイオと騎士団は、アーシア陛下との謁見を終える。騎士団はまた会議へ趣き、イオは一度屋敷へ戻る事になる。エオルと一緒に先にメリュジーナ侯爵家へ足を運ぶと、いつから待っていたのか玄関には執事のティオドールとメイドのロゼットが迎えてくれた。

「お帰りなさい、イオさん。そして、エオル。メリュジーナ侯爵家の使用人としての務めを無事に果たせたようでなにより」
「お帰りなさい、二人とも。長旅ご苦労さまでした」
「ただいま、ティオドールさん。ロゼットさん」
「ただいま」
「今日は二人ともゆっくり休んでください。また明日からビシビシ鍛えますからね」
「うっ・・・はい」
「ふふ、はい」

 優しくも厳しいティオドールは相変わらずだが、二人の無事の帰還を安堵したようだ。ロゼットも二人のために食事と風呂を用意してくれた。夜になる頃に使用人用の食卓で、暖かいお茶を飲みながらティオドール達に旅の事を報告した。ヴェルジークは今夜は騎士宿舎に泊まるようで帰って来ない。

「・・・そうでしたか、本当にご苦労さまでした。ちなみに旦那様と奥様の事は内密にお願いします」
「はい。あの、奥様は?」
「奥様は別宅へ一度お戻りになりました。折を見てこちらへ来れるよう手配致しましょう。まだやる事はあるようなで」
「そうですね。多分、聖剣降臨の儀式中は何が起こるかわからないし全部終わったら呼びましょう」
「そういえば、セムルエルさんってどうやって王国へ運ぶんですかね?天使様なら多分自力で移動出来るとは思うんだけど・・・」
「荷台に乗せて運ぶのかな?うーん、老体に響きそう」
「おそらくは、その風の天使の魔力で運んで来るとは思いますが」
「あ、そうか。風の魔法でセムルエルさん移動させてたなぁ」
「さて、そろそろお休みなさい。明日からはまた忙しいですよ」
「はい、お休みなさい」

 その夜は久々の自分のベッドに横になると、旅の疲れなのかいつの間にか寝てしまったイオだった。


 それから2週間後の事である。城から一向に戻って来ないヴェルジークから、使いとしてガラルイが屋敷へ迎えに来た。急を要するのかイオを急がせるように、城へと連れて行った。
 そのまま控室に連れて行かれると、ハルバースタム団長にヴェルジークとフリエスも控えていた。皆、真剣な顔で危機感を感じる。各々が椅子に座ると、ヴェルジークが話を切り出す。アーシア陛下は多忙の為不在だ。

「単刀直入に言うと、ある街で聖剣降臨を行ったが失敗し魔王ファルドレイが新たな魔王に敗れた」
「ええっ!?」
「話し伝いなので真意はわからないが、あのファルドレイを倒すほどの魔族が今後どのような動向を見せるという事だが・・・」
「新たな魔王は今のところ動きを見せないようだなぁ。各地の魔族の動きが活発化しているようだけど、各地の騎士や兵士でまだ抑えられてはいるよ」
「あの、降臨に使われたのってまさかセムルエルさんとエレスタエルですか?」
「いや、違うようだな。魔力のある人間が犠牲になったようだ」
「・・・・そんな」
「やはり早く我々も儀式を準備した方がいいのではないか!」
「お待ち下さい。ハルバースタム団長。もしその新しい魔王にこちらの動きを悟られた場合、壊滅した街の二の舞いです。ここは慎重にいきましょう」
「うーむ、なるほど!」
「・・・・新しい魔王」

 話を整理すると、ある街が内密に聖剣降臨を行ったが阻止されたらしい。そして街は壊滅し、その際に竜王ファルドレイと激突した魔族が新しい魔王となったようだ。これ以上の経緯は不明だが、やはり新しい魔王の出方次第では聖剣が再び必要になるだろうとアーシア陛下は判断を下していた。
 不穏な空気の中、騎士団は待機となりヴェルジークも一度屋敷へ戻る事になった。


 その夜、ヴェルジークは自室へとイオを招き入れると今後について話し合う。

「私はまた暫く城に駐在する事になるが、大丈夫か?」
「うん、オレは大丈夫だよ。屋敷の皆が居るし、ケンさんだって防衛くらいは出来るから。それより、ヴェルジークが疲れないか心配だ」
「ふふ、俺なら心配ない。人より丈夫だからな」
「ヴェル・・・」

 イオは真剣な眼差しをヴェルジークに向けると、彼の頬を撫でる。

「イオ?」
「ヴェル、人と魔族の子。オレの愛し子、必ず守ってやるからな」
「・・・ああ、期待している。そういえば、あの約束の時に本当は何をするつもりだったんだ?」
「あ、あぁ。もしセムルエルも天使も手に入らなかった時は、オレ自身が聖剣の媒体になるつもりだった。あの天使が大人しい方で助かったけどな」
「そんな事を・・・」
「本来神族は自分達の利益にならない事には無関心だからな。もしセムルエルが居なければ、逆に天使が敵になってただろう。人が思っているほど神族は慈悲深くはない」
「そうなのか」
「まぁ、結果的には上手くいったがあの天使の気が変わったら同じ事だけどな」
「その時は勝手にまた決めないでくれ。二人で考えよう」
「・・・・わかった。ヴェル」

 魔王バージョンのイオを優しい眼差しで見つめながら、頬を撫でる手を掴んで手の甲にキスを落とす。誓いのキスのように。それに満足した魔王バージョンなイオは、いつもの柔らかい雰囲気のイオに戻っていた。

「そういえば、アーシア陛下がこちらも切り札を用意したと言っていたな」
「切り札?」
「何かまでは知らされていないが、また城へ戻った時に教えてくれるようだよ。あのアーシア陛下の事だから、おそらく生半可なモノではなさそうだが」
「確かに。アーシア陛下、元気だった?」
「あぁ・・・まぁ、何というか。イオの武勇伝に拍車をかけてさらに面倒くさい事にはなっているな」
「う・・・・」
「安心しなさい、私が側に居るから」
「うん、ありがとう。ヴェル」

 イオの事を寵妃呼ばわりして気に入っているアーシア陛下の切り札が気になりながらも、今は陛下に近寄るのはやめておこうと思うイオだった。



✼•┈┈┈┈•✼•┈┈┈┈•✼•┈┈┈┈•✼



 しかし、1週間後そんな思いは木っ端微塵に吹き飛ぶ。まさかの王城からの恭しい迎えの白馬の馬車がメリュジーナ侯爵家の絵に停車してあったからだ。
 イオとヴェルジーク、そしてティオドールは白馬の白馬を白目で迎えた。特にティオドールは事前に知らされても居なかったので尚更だ。そして仕方なく白馬の馬車に乗り込み登城すると、あっという間に謁見の間に連行され満面の笑みのアーシア陛下とご対面した。

 アーシア陛下は相変わらずの様子で、椅子から立ち上がるとイオの元へ両手を広げて駆け寄った。

「おおっ!予の愛しの寵妃イオ、息災であったか」
「へ、陛下もお元気そうですね・・・あ」
「む?」

 イオを抱き締めようとしたアーシア陛下から守るように、ヴェルジークはさり気なくイオを身を引いて避けさせる。
 そのままアーシア陛下は二人を通り越して、後ろに控えていた騎士団と特にフリエスと目が合う。もちろんフリエスは目を逸らした。

「ヴェルジークよ、予とイオの抱擁を邪魔するとは貴様厳罰に処すぞ」
「この件に関しては後ほどじっくり話し合いましょうか、陛下。まずは目先の危機から王としての責務を果たして下さい」
「いいだろう、3日で片付けてやる。尻を洗って待っていろ、ヴェルジーク。イオ」
「何でオレまで・・・」
「大丈夫だ、イオ。君には変態になど指一本触れさせないから」
「さっきから不敬罪ばかりのヴェルの未来が心配なんだけど」

 確かに一国の王に対してのヴェルジークの振る舞いは、本来なら重罰に値するがアーシア陛下よりヴェルジークの方が物理的に強いからこそ許されるのだろうか。アーシア陛下は、強い者には寛大だ。
 気を取り直して玉座に着いたアーシア陛下は、これから先の魔族への対処と聖剣の再降臨の儀式について説明した。簡潔に言うと、魔族の動向を数カ月ほど様子を見ながら何も起きなければ予定通り聖剣の再降臨の儀式を行うという。

「そうであった、予の切り札が到着しておるぞ」
「切り札・・・ヴェルの言ってたやつかな?」
「私も何かまでは知らされていないから、気にはなるな」

 王の合図で控えの従者が下がり、ほどなくして出入り口の扉から誰かを連れてやって来た。
 その者は金髪碧眼の天使と見まごうほどの美形の青年で、アーシア陛下の前まで進むと恭しくお辞儀をする。

「陛下、ついに私の出番ですね」

 その切り札らしき青年は、声までも魅了するほどの美しさで振り返りイオを見据えるのだった。
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