相反する白と黒

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死を見届ける為

人の繋がりの終着点

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「先に言っておきますが、荒れているのは私のせいじゃないですよ。戦闘ではほとんど散らかしていませんから」

「別に疑ってないよ」

 散乱するコンテナ類や穴の空いたドラム缶。廃材やいかりがへし折れたような金属の残骸も転がっており、それ等を越え、最奥の壁面に化け物は縛り付けられていた。

「あらら、派手にやったねえ」
 
「殺すなと言ったからこんな回りくどいやり方になるのでしょう」

「約束守ってくれてありがとね。にしても……まだ若いのに悲惨だね」

 鎖を引き千切らんと試みる化け物。大木のように分厚く変異した真黒の両腕を除けば、普通の青年と何ら遜色はない。血走りあらぬ方向を映す眼球が、不規則に眼の内を駆け回っていた。

「何故殺してはいけなかったのです?」

「頼まれたからだよ」

 唐突に振り返った詩音は「そこに居るんでしょ?」と倉庫の入口に投げ掛ける。頭にはてなマークを浮かべた來奈もならって視線を流した。

「車で私達を尾行していたけれど、もう少し上手くやらないとバレバレだよ。間違いなくレイスの連中が居て危険が伴うから、合流は時間をおいてからと言ったのに」

「いても立ってもいられなくて」

 諦めたように姿を見せたのは一人の中年女性。雨に濡れた衣服と、外を通って来た際に付着したのか血のついた靴が痛々しさを晒している。外で引き裂かれた死体を目撃した為か、華奢な身体が僅かに震えていた。

「この人は?」

「私に依頼をくれた人だよ。促進剤に侵された青年は彼女の息子なの」

 言葉を噛み締めて悲観の表情を見せる來奈。遠慮がちに会釈をした女性は、変わり果てた息子の姿を目の当たりにし瞳を潤ませる。

「私はこの子が小さい頃から病弱で、よく入院を繰り返していました。ろくに構ってあげられず、それでも何一つ文句を言うことなく……立派に優しく育ってくれました」

 前へと出た女性は振り返ると儚げな笑みを見せる。それは掛け替えの無い息子を確かに愛した母親の顔。化け物と謳われた我が子を見てもなお慈愛の表情は消えない。

「ついこの間退院して、そのお祝いにとケーキを買ってくれました。一緒に食べる際、先に口にした息子が突然身体の異常を訴え……」

 そこから先は嗚咽おえつ混じりのため聞き取れない。浅く繰り返される呼吸だけが暫し続いた。

四咲よつさきさん……無理な依頼を受けて下さり、本当にありがとうございました」

「心苦しいけれど……それであんたが報われるのなら」

 深々と会釈した女性は変わり果てた息子へと近付く。鎖を引き千切ろうと小刻みに震える体躯。漏れ出る低い唸り声。腕以外は人の身形みなりをしていながら意識は既に無い。それでも愛した我が子に変わりは無い。そう言わんばかりに女性は大きく両手を広げる。

「近付いちゃ駄目です!!」

 次なる行動は恐らく抱擁。嫌な予感を察した來奈が声を張り上げる。小型ナイフを手に飛び出そうとする彼女を止めたのは詩音であり、後ろから腕を握ることで行動を制した。

「離して下さい!! このままじゃあの人が殺されます!!」

「いいよ、殺されても」

「え……?」

 驚きから無意識に漏れ出た間の抜けた声。怪訝そうな表情を浮かべる來奈と、あくまで冷静な詩音。無言で交わった視線が音も無く溶け合う。時間的概念を無くしたように時を刻む空間。知らぬ間に息子へと抱擁していた女性は満足げな表情で涙を零した。

「おかえりなさい」

 貴方の帰るべき場所は此処にある、そう語る瞳が深い優しさを宿していた。まるで、想いに応えるような青年の咆哮。力任せに引き千切られた鎖は重い音を立てて地に落ちる。自身を抱き締める者を母親と認識しているのか定かではないが、青年の瞳が一瞬だけ揺らいだ。

「何をしているのですか!! 依頼者が死んでしまいます!! 離して下さい!!」  

「來奈、勘違いしないで」

 未だ掴まれたままの腕。力は拮抗しているのか互いの腕が小刻みに揺れる。二人の眼前では変異した青年が大木のような腕を突き出す。腹部を貫かれた女性は大きく目を見開くと、詩音に視線をやり「ありがとう」と囁くような声で投げ掛けた。

「依頼遂行。あの世で……お幸せに」

 來奈の胸元を軽く突き飛ばした詩音。そのまま地を蹴り刃を宿すブーツを振り上げる。対象は変異した青年。喉元を的確に蹴り抜いた詩音は、更に力を込め首をね千切った。女性は貫かれたことによりほぼ即死であり、首を無くした青年を護るような形で倒れ込む。永遠に進むことの無い時間は、親子が抱き合ったまま時を止めた。

「何を……しているんですか……!!」

 鼓動を跳ね上げた來奈は激情のままに詩音の胸倉に摑み掛かる。瞳が孕むのは明白な怒りの感情。襟元が乱れ息苦しさを誘発するも、詩音は微塵も抵抗を見せなかった。

「何とか言ったらどうです!! どうして女性を見殺しにしたんですか!!」

「勘違いしないでと言ったはずだけれど」
 
 目を細める來奈。先を急かすように瞳の奥が揺らぐ。

「私が受けた依頼は、彼女が息子に殺されるのを見届け、そして見届けた後に青年を殺すこと。変異した息子であれど永遠に家族で居たい、そう願う彼女が取った選択肢は共に死ぬことだったから」

「全部彼女の願い通りだったと……?」

 頷いた詩音は、自身の胸元を掴む腕を振り払いながら続ける。予想だにしなかった終わりに虚をかれたのか、振り払われた來奈の腕は力無く垂れ下がっていた。

「誰しもに幸せの定義は異なる。だから、歪んだ愛って言うの? こういう形の愛もあるんだよ。人の繋がりの終着点、それは必ずしも共に生きることだけじゃない」

「そんな……」

 小さく息を吐いた詩音は、そのまま來奈の横を素通りすると足を止める。今一度、寄り添うように絶命する親子に視線をやった彼女は瞑目して祈りを捧げた。

「解ったでしょ? これが私のやり方。あんたが思っているほど私は良く出来た人間じゃない」

 次いで視線は來奈へ。彼女は葛藤しているのか俯いており、何を言う訳でもなく薄汚れた地面を眺めていた。

「貴女は、青年を一度もと呼ばなかった。それは望まずして促進剤に侵された青年に対する優しさですか」

「さあ? どうだろうね」

「答えて下さい」

「そうかもしれないし、そうでないかもしれない」

 濁すように誤魔化した詩音は「まあ、それはともかく」と仕切り直すと乱れた胸元を正す。流れるような動作で髪を耳にかけた詩音は凍るような冷たい表情を見せた。

「私は四咲よつさき 詩音しおん、政府直属掃討部隊レイスに対するアンチテーゼ。次は……覚えておいて」

 來奈を残して去り行く詩音。「ごめんね、さようなら」と吐き捨てながら遠ざかる背には未練など微塵も存在しない。外から響く雨音に混じり、靴底が鳴らす軽快な音が律動的に続いた。
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