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死を見届ける為
政府への恨み
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「それで? どうなの?」
「素直に言ったらどうだ? 今回の違法麻薬騒動……私は政府を疑っていますとな」
「うーん、そうだね。私は政府を疑っています」
詩音は人差し指を口元に当て、煽るように声色を弾ませた。言葉とは裏腹に、次なる言葉を待つ彼女の瞳は射抜くような圧を放つ。
「何も知らず目先の情報だけで物を言うとは、貴様も相変わらず愚かだな」
「へえ、それは肯定? それとも図星だから言葉も出ない? さっきの変異した青年に対する“貴様は既に用済みだ、消えろ”って言葉、何か勘繰っちゃう」
更に煽るような声色で、矢継ぎ早に紡ぎ出される言葉の応酬。上段で霞の構えをとった吉瀬は、一切の感情を消失させた表情で顎を引いた。
「あれあれ? 私を殺して口止めでもするつもり? それって非を認めるのと同義だよねえ。もしかして……何処かで大麻の栽培でもしてるの?」
「さあな。事ある毎に我々に牙を剥く貴様は昔から目障りだった。此処で死ね、四咲 詩音」
靡く外套は風によるものでは無い。身体から抽出されるように漏れ出す魔力が、歪な粘り気を以てして吉瀬を縁取る。雨で冷えた空気の中に、目には見えない明白な殺意が混ざり始めた。
「あらら、結局話し合いじゃ解決しないか。ほんと、レイスは血の気が多くて嫌になるよ」
左右のショートブーツの先端と後端から飛び出る湾曲した刃。三日月を履いていると形容しても差し支えのない刃が、降り頻る雨に濡れて雫を宿す。体勢を低く落とした詩音が不敵に笑った。
「いいよ? 吉瀬君。私と殺ぼっか」
意外にも先に飛び出したのは詩音。直線距離で間合いを埋めて肉薄寸前で地に手を付き、その手を軸に足払いを繰り出す。機動力の要である脚を狙った攻撃だった。擦れ擦れで当たらない位置へと下がった吉瀬は上段より神速の袈裟斬りを放つ。刀が通過した軌跡が目で追えないほどの速度に、詩音の黒髪が数本はらりと宙を舞う。だが詩音は確かに反応する。身体を歪に捻りながら振り上げられた左脚。即座に刃同士が衝突し、雨の中でくぐもった音が弾けた。
「下らん」
吉瀬が吐き捨てると同時に、刃に触れた左脚が異常を主張する。それは瞬く間に全身へと至り、詩音は即座に後方へと下がると膝をついた。好機と見た吉瀬は追撃を試みる。眼前に迫った刀に歯を食い縛る詩音。だが切り裂かれる寸前、ちろりと可愛げに舌が突き出される。併せて急激に魔力を帯びる地面。地を突き上げて湧いた刺々しい純黒の氷塊が吉瀬を後退させた。まさに一進一退。距離を有し互いを牽制し合う二人の元へ來奈が駆け付ける。
「來奈……? 変異した青年はどうしたの?」
「身動きが取れないよう、倉庫内の鎖で縛り付けて来ました」
両手に三本ずつ握るナイフを眼前でチラつかせた來奈は、純黒の氷塊から逃れた吉瀬を睨み付ける。詩音の能力で場の気温は急激に下降しているものの、惰性で吐き出された吐息は熱を孕んでいた。
「それよりも……チビと罵った代償を支払っていただきましょうか。もちろん、その命を以て」
鼻で笑った吉瀬は薄ら笑いを浮かべる。
「チビ、貴様の隣にいる女が誰だか解っているのか? 我々に牙を剥く反政府の女だぞ」
「それが何か?」
「この国では反政府の思想を掲げた瞬間から処罰の対象となる。等しく齎される結末は死だ。それくらいは知っているだろう?」
「もちろん存じていますよ。それを理解した上で貴方の部下を鏖殺しましたから」
浮かぶは不敵な笑み。掲げたナイフが静かに下ろされ、だがそれでいて、警戒を解くことなく臨戦態勢が取られた。
「なるほど。我々に対する宣戦布告と受け取ろう」
「はい、是非とも。黒瀬 來奈と申します。いつでもおいで下さいませ」
雨に濡れたプリーツスカートをメイドさながらふわりと摘むと、腰を落としてお淑やかな会釈をする。「似合わないよ?」と茶々を入れた詩音に、半目に近いジト目が向いた。
「黒瀬 來奈……? そして鎖のチョーカー……これは面白い。思わぬ収穫だ」
誰にも届かない吉瀬の独白。刹那、落雷が迸ったような稲光が起こる。反射的に目を逸らした二人は、即座に収まった稲光を不思議に思いつつも状況を探った。
「逃げられましたね」
既に吉瀬の姿は無い。場に残されたのは雨と混じり合う死臭と、來奈により引き裂かれ絶命した大量の死体。雨水により血液が広範囲に流れており、凄惨な光景が広がっていた。
「分が悪いから退いたか、それとも戦略的撤退か……彼の考えは本当に読めないよ」
「貴女の考えもね」
「そんなことないよ? 來奈姫って結構きついこと言うよね」
「その下らない呼び方を今後しないのであれば、きついことは言わなくなるかもしれませんね」
「ほらきた。むしろ癖になっちゃいそう」
「……この変態」
あっけらかんな表情で「それはご褒美です」と微笑むと同時に、膝を付いていた詩音は無意識に倒れ込む。身体の自由が効かなくなり、雨と血に塗れた地面に身を預けた。
「四咲さん!? 大丈夫ですか!?」
「名前は覚えないって言ってたくせに、覚えてくれてるじゃん。詩音ちゃんとても嬉しいな」
「そんなことを言っている場合ですか?」
呆れのため息。起こそうと身体に触れた來奈は即座に手を引っ込める。静電気のように迸った蒼白い電流が、細い手を拒絶するように瞬いた。
「これは……電流?」
「あらら、してやられたねえ。刃を交えた時に流し込まれたみたい。身体がミシミシして動かないよ。あの電気ウナギめ」
「ビリビリの間違いでは?」
「まあそれはともかく、ちょっとこのまま放置しておいてくれる? すぐに治るから」
苦しげに紡いだ詩音の首根っこが雑に掴まれる。そのまま座らされ、かと思えば肩を貸される形で來奈に身を委ねた。再び迸る電流。弾けるような音が幾つも重なって、短い光が何度も瞬く。気にした様子もなく歩く來奈は、詩音に肩を貸したまま化け物を縛り付けた倉庫へと視線を向けた。
「あ、ありがとう……痛くないの? 何か凄く光っているけれど……」
「貴女の電流を半分引き受けているんです、もちろん痛いですよ? でも、これ以上雨に濡れるのは嫌なので倉庫内へ連れて行きます」
倉庫までは少し距離があり、二人三脚のような緩徐な足取りが続く。迷惑を掛けたくないと両脚に力を込めるも、詩音は未だ自由の効かない身体に辟易した。
「さっきの人と何の話をしていたのです?」
「ああ、吉瀬君のことね」
約二ヶ月前から促進剤と呼ばれる違法麻薬が出回っている件について話していたと、包み隠すことなく打ち明ける詩音。自身の考察も交えながら話は続けられた。
「私からも質問していいかな?」
「どうぞ」
「來奈は政府に恨みであるの?」
「……あるから、皆殺しにするだとか口走ったつもりですが」
「なら、それはどうして?」
一度立ち止まった來奈は至近距離で視線を合わせる。濡れた髪より覗く紺色の瞳が鈍い煌めきを発した。
「まさに、その違法麻薬です。恐らく政府は無差別に促進剤を配布していた。それが麻薬だと悟られないよう、食べ物やお菓子に混ぜて」
「詳しいね。私の持っている情報と大差ない」
「必死こいて嗅ぎ回りましたから。ちょうど二ヶ月前、義理の両親が促進剤で化け物に変えられましてね。いざ尻尾を掴んだらまさかの政府だった。そこからですよ、私が政府を恨んでいるのは」
小さく浮かんだ微笑み。その微笑みの奥に途轍も無い悲しみを垣間見た詩音は、無意識の内に目を逸らし視線を落とした。
「もしかして……」
「はい、二人とも殺しました。未だに当時の夢を見ますし、手には肉を裂いた感触が残っています」
訥々と紡がれた言の葉には感情の抑揚すら存在しない。終わりのない荒れた胸中を代弁するように、律動的な雨音だけが響いていた。
「辛かったね。せめて……ご両親のご冥福をお祈りします」
瞑目して祈りを捧げた詩音。小さくお礼を述べた來奈は悟られないよう瞳を潤ませる。脳内で記憶を遡り辛い追体験した彼女は、今この瞬間だけは降り頻る雨に感謝を抱いた。
「日を追う毎に促進剤の効力が小さくなっている、まるで人が耐えられる限界値を探っているよう。その考察には私も至っていました」
「完成させたら秘密裏に販売して資金源にでもするつもりなのかな。飛び付く人は多いだろうね? 何せ、能力を持たない人でも文字通り化け物じみた力を得られるのだから」
「お金の為に人の命を使って実験し、拒絶反応で化け物となれば殺して証拠隠滅。そんなの……外道のやることです」
「落ち着いて? この話もまだ憶測の域を出ないから」
知らぬ間に熱くなっていた自身を恥ずかしく思う來奈は、バツの悪そうな顔で視線を逸らした。
「仇討ちだとはいえ、政府そのものを相手にしたら命がいくつあっても足りないよ?」
「そんなことは最初から承知の上です」
「だったら軽率な行動は慎むように」
「何故です? 貴女に言われる筋合いはありませんが」
小さなため息。僅かに回復し始めた身体を動かし、來奈の額を軽く小突く。「痛っ」と小さく仰け反った來奈は訝しむような視線を向けた。
「あのさあ、仲間に入れてと言ったのはあんただよ? 仲間に勝手に死なれたら、私はどうしたらいいの?」
痛いところを突かれたと言わんばかりに小さく唸る來奈。何かを思考しているのか前へと進む足取りが僅かに鈍る。その際、前のめりにつんのめった詩音が短い声を漏らして踏みとどまった。
「仲間という縛りが行動の枷になるのなら、その時は私を捨てて何処かへ行けばいい。でも仲間になる以上は一緒に居たいと思って欲しいな? 共に政府と戦うんでしょ? 私、來奈の為に頑張るからさ」
「子供みたいな発言をしてすみません」
「解ればよし。さすが來奈姫、話が早い」
「またその呼び方ですか……前言撤回です」
大袈裟に「えっ!?」と仰天する詩音を無視しながら歩みは進み、やっとの思いで化け物を縛り付けた倉庫へと辿り着く。鼻を突く埃の臭い。長い間使われていないであろう倉庫内は塵埃に塗れ、本来の役割を果たしていないのは明白だった。
「素直に言ったらどうだ? 今回の違法麻薬騒動……私は政府を疑っていますとな」
「うーん、そうだね。私は政府を疑っています」
詩音は人差し指を口元に当て、煽るように声色を弾ませた。言葉とは裏腹に、次なる言葉を待つ彼女の瞳は射抜くような圧を放つ。
「何も知らず目先の情報だけで物を言うとは、貴様も相変わらず愚かだな」
「へえ、それは肯定? それとも図星だから言葉も出ない? さっきの変異した青年に対する“貴様は既に用済みだ、消えろ”って言葉、何か勘繰っちゃう」
更に煽るような声色で、矢継ぎ早に紡ぎ出される言葉の応酬。上段で霞の構えをとった吉瀬は、一切の感情を消失させた表情で顎を引いた。
「あれあれ? 私を殺して口止めでもするつもり? それって非を認めるのと同義だよねえ。もしかして……何処かで大麻の栽培でもしてるの?」
「さあな。事ある毎に我々に牙を剥く貴様は昔から目障りだった。此処で死ね、四咲 詩音」
靡く外套は風によるものでは無い。身体から抽出されるように漏れ出す魔力が、歪な粘り気を以てして吉瀬を縁取る。雨で冷えた空気の中に、目には見えない明白な殺意が混ざり始めた。
「あらら、結局話し合いじゃ解決しないか。ほんと、レイスは血の気が多くて嫌になるよ」
左右のショートブーツの先端と後端から飛び出る湾曲した刃。三日月を履いていると形容しても差し支えのない刃が、降り頻る雨に濡れて雫を宿す。体勢を低く落とした詩音が不敵に笑った。
「いいよ? 吉瀬君。私と殺ぼっか」
意外にも先に飛び出したのは詩音。直線距離で間合いを埋めて肉薄寸前で地に手を付き、その手を軸に足払いを繰り出す。機動力の要である脚を狙った攻撃だった。擦れ擦れで当たらない位置へと下がった吉瀬は上段より神速の袈裟斬りを放つ。刀が通過した軌跡が目で追えないほどの速度に、詩音の黒髪が数本はらりと宙を舞う。だが詩音は確かに反応する。身体を歪に捻りながら振り上げられた左脚。即座に刃同士が衝突し、雨の中でくぐもった音が弾けた。
「下らん」
吉瀬が吐き捨てると同時に、刃に触れた左脚が異常を主張する。それは瞬く間に全身へと至り、詩音は即座に後方へと下がると膝をついた。好機と見た吉瀬は追撃を試みる。眼前に迫った刀に歯を食い縛る詩音。だが切り裂かれる寸前、ちろりと可愛げに舌が突き出される。併せて急激に魔力を帯びる地面。地を突き上げて湧いた刺々しい純黒の氷塊が吉瀬を後退させた。まさに一進一退。距離を有し互いを牽制し合う二人の元へ來奈が駆け付ける。
「來奈……? 変異した青年はどうしたの?」
「身動きが取れないよう、倉庫内の鎖で縛り付けて来ました」
両手に三本ずつ握るナイフを眼前でチラつかせた來奈は、純黒の氷塊から逃れた吉瀬を睨み付ける。詩音の能力で場の気温は急激に下降しているものの、惰性で吐き出された吐息は熱を孕んでいた。
「それよりも……チビと罵った代償を支払っていただきましょうか。もちろん、その命を以て」
鼻で笑った吉瀬は薄ら笑いを浮かべる。
「チビ、貴様の隣にいる女が誰だか解っているのか? 我々に牙を剥く反政府の女だぞ」
「それが何か?」
「この国では反政府の思想を掲げた瞬間から処罰の対象となる。等しく齎される結末は死だ。それくらいは知っているだろう?」
「もちろん存じていますよ。それを理解した上で貴方の部下を鏖殺しましたから」
浮かぶは不敵な笑み。掲げたナイフが静かに下ろされ、だがそれでいて、警戒を解くことなく臨戦態勢が取られた。
「なるほど。我々に対する宣戦布告と受け取ろう」
「はい、是非とも。黒瀬 來奈と申します。いつでもおいで下さいませ」
雨に濡れたプリーツスカートをメイドさながらふわりと摘むと、腰を落としてお淑やかな会釈をする。「似合わないよ?」と茶々を入れた詩音に、半目に近いジト目が向いた。
「黒瀬 來奈……? そして鎖のチョーカー……これは面白い。思わぬ収穫だ」
誰にも届かない吉瀬の独白。刹那、落雷が迸ったような稲光が起こる。反射的に目を逸らした二人は、即座に収まった稲光を不思議に思いつつも状況を探った。
「逃げられましたね」
既に吉瀬の姿は無い。場に残されたのは雨と混じり合う死臭と、來奈により引き裂かれ絶命した大量の死体。雨水により血液が広範囲に流れており、凄惨な光景が広がっていた。
「分が悪いから退いたか、それとも戦略的撤退か……彼の考えは本当に読めないよ」
「貴女の考えもね」
「そんなことないよ? 來奈姫って結構きついこと言うよね」
「その下らない呼び方を今後しないのであれば、きついことは言わなくなるかもしれませんね」
「ほらきた。むしろ癖になっちゃいそう」
「……この変態」
あっけらかんな表情で「それはご褒美です」と微笑むと同時に、膝を付いていた詩音は無意識に倒れ込む。身体の自由が効かなくなり、雨と血に塗れた地面に身を預けた。
「四咲さん!? 大丈夫ですか!?」
「名前は覚えないって言ってたくせに、覚えてくれてるじゃん。詩音ちゃんとても嬉しいな」
「そんなことを言っている場合ですか?」
呆れのため息。起こそうと身体に触れた來奈は即座に手を引っ込める。静電気のように迸った蒼白い電流が、細い手を拒絶するように瞬いた。
「これは……電流?」
「あらら、してやられたねえ。刃を交えた時に流し込まれたみたい。身体がミシミシして動かないよ。あの電気ウナギめ」
「ビリビリの間違いでは?」
「まあそれはともかく、ちょっとこのまま放置しておいてくれる? すぐに治るから」
苦しげに紡いだ詩音の首根っこが雑に掴まれる。そのまま座らされ、かと思えば肩を貸される形で來奈に身を委ねた。再び迸る電流。弾けるような音が幾つも重なって、短い光が何度も瞬く。気にした様子もなく歩く來奈は、詩音に肩を貸したまま化け物を縛り付けた倉庫へと視線を向けた。
「あ、ありがとう……痛くないの? 何か凄く光っているけれど……」
「貴女の電流を半分引き受けているんです、もちろん痛いですよ? でも、これ以上雨に濡れるのは嫌なので倉庫内へ連れて行きます」
倉庫までは少し距離があり、二人三脚のような緩徐な足取りが続く。迷惑を掛けたくないと両脚に力を込めるも、詩音は未だ自由の効かない身体に辟易した。
「さっきの人と何の話をしていたのです?」
「ああ、吉瀬君のことね」
約二ヶ月前から促進剤と呼ばれる違法麻薬が出回っている件について話していたと、包み隠すことなく打ち明ける詩音。自身の考察も交えながら話は続けられた。
「私からも質問していいかな?」
「どうぞ」
「來奈は政府に恨みであるの?」
「……あるから、皆殺しにするだとか口走ったつもりですが」
「なら、それはどうして?」
一度立ち止まった來奈は至近距離で視線を合わせる。濡れた髪より覗く紺色の瞳が鈍い煌めきを発した。
「まさに、その違法麻薬です。恐らく政府は無差別に促進剤を配布していた。それが麻薬だと悟られないよう、食べ物やお菓子に混ぜて」
「詳しいね。私の持っている情報と大差ない」
「必死こいて嗅ぎ回りましたから。ちょうど二ヶ月前、義理の両親が促進剤で化け物に変えられましてね。いざ尻尾を掴んだらまさかの政府だった。そこからですよ、私が政府を恨んでいるのは」
小さく浮かんだ微笑み。その微笑みの奥に途轍も無い悲しみを垣間見た詩音は、無意識の内に目を逸らし視線を落とした。
「もしかして……」
「はい、二人とも殺しました。未だに当時の夢を見ますし、手には肉を裂いた感触が残っています」
訥々と紡がれた言の葉には感情の抑揚すら存在しない。終わりのない荒れた胸中を代弁するように、律動的な雨音だけが響いていた。
「辛かったね。せめて……ご両親のご冥福をお祈りします」
瞑目して祈りを捧げた詩音。小さくお礼を述べた來奈は悟られないよう瞳を潤ませる。脳内で記憶を遡り辛い追体験した彼女は、今この瞬間だけは降り頻る雨に感謝を抱いた。
「日を追う毎に促進剤の効力が小さくなっている、まるで人が耐えられる限界値を探っているよう。その考察には私も至っていました」
「完成させたら秘密裏に販売して資金源にでもするつもりなのかな。飛び付く人は多いだろうね? 何せ、能力を持たない人でも文字通り化け物じみた力を得られるのだから」
「お金の為に人の命を使って実験し、拒絶反応で化け物となれば殺して証拠隠滅。そんなの……外道のやることです」
「落ち着いて? この話もまだ憶測の域を出ないから」
知らぬ間に熱くなっていた自身を恥ずかしく思う來奈は、バツの悪そうな顔で視線を逸らした。
「仇討ちだとはいえ、政府そのものを相手にしたら命がいくつあっても足りないよ?」
「そんなことは最初から承知の上です」
「だったら軽率な行動は慎むように」
「何故です? 貴女に言われる筋合いはありませんが」
小さなため息。僅かに回復し始めた身体を動かし、來奈の額を軽く小突く。「痛っ」と小さく仰け反った來奈は訝しむような視線を向けた。
「あのさあ、仲間に入れてと言ったのはあんただよ? 仲間に勝手に死なれたら、私はどうしたらいいの?」
痛いところを突かれたと言わんばかりに小さく唸る來奈。何かを思考しているのか前へと進む足取りが僅かに鈍る。その際、前のめりにつんのめった詩音が短い声を漏らして踏みとどまった。
「仲間という縛りが行動の枷になるのなら、その時は私を捨てて何処かへ行けばいい。でも仲間になる以上は一緒に居たいと思って欲しいな? 共に政府と戦うんでしょ? 私、來奈の為に頑張るからさ」
「子供みたいな発言をしてすみません」
「解ればよし。さすが來奈姫、話が早い」
「またその呼び方ですか……前言撤回です」
大袈裟に「えっ!?」と仰天する詩音を無視しながら歩みは進み、やっとの思いで化け物を縛り付けた倉庫へと辿り着く。鼻を突く埃の臭い。長い間使われていないであろう倉庫内は塵埃に塗れ、本来の役割を果たしていないのは明白だった。
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