黒い空

希京

文字の大きさ
上 下
11 / 49

キス

しおりを挟む
あれからどうやって部屋まで戻ってきたのかよくおぼえていない。

頭がふわふわして、考えがまとまらない。

「姫さま…」
不安げに顔を覗いてくる律も、今はうっとおしい。
脇息に体を預けて静はぼんやり座っていた。

今は余計な口はきかないほうがいい。

アルノから話を聞いた時咄嗟に思ったのはそれだった。

すでに日が暮れて、昨夜のように庭は篝火で明るく灯されている。
部屋の中まで照らされて影が長い。

「姫さま、殿が」
律が言い終わる前にアルノが現れた。
淡黄色の狩衣に単は黒で、動きやすい軽装で静の前に座った。

「歩き疲れたでしょう。ごめんなさい」
あの後も総帥に説教されたのか、顔色の悪い静を心配そうに見つめる。

「…」
上体を少し浮かせて、静は何も言わず首を振った。

「これから参るのでございますか」
かわりに律が問いかける。

「うん」
「どこまで」
「知ってるかな。神泉苑て所」
「え…」

御所の近く、普段は使われない場所。
そんな所を使えるのか。どういうつてがあるのだろう。
「先に休んでいてください。なるべく早く帰ってきます」

アルノの言葉に、まぶたを動かして答えた。
篝火の強い光りに照らされたアルノの影がゆらりと動く。

静の左目のふたつのほくろが見えるように髪を梳いて、そこに軽く唇を重ねた。

「もう夫婦なのですから、いいでしょう?」

「いきなりずるいです…」
恥ずかしさで赤くなった顔を隠そうと扇を探したがさりげなく取り上げられてしまう。
うつむく静の髪をなでて、すっと部屋を出ていった。

「大人な方ですねえ…」
アルノがいなくなってからぽつりと律が呟く。

庭ではまるで出陣のような騒ぎだったが、その喧騒もだんだん遠のいて、やがて静寂が訪れた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

怪異探偵の非日常

村井 彰
ホラー
大学生の早坂奏太は、ごく普通の学生生活を送りながら、霊媒師の元でアルバイトをしている。ある日そんな彼らの事務所を尋ねてきたのは、早坂にとっては意外な人物で。……「心霊現象はレンズの向こうに」 霊媒師である井ノ原圭の元に持ち込まれたのは、何の変哲もない猫探しの依頼だった。それを一任された助手の早坂奏太は、必死に猫を探すうち奇妙な路地裏に迷い込む。……「失せ物探しは専門外」 その幽霊は、何度も何度も死に続けているのだという。 井ノ原の事務所を訪ねたのは、そんな不可解な怪異に悩まされる少女だった。……「落ちる」

私が体験した怖い話

青海
ホラー
 生きていると色々不思議なことに出会ったりします。  ありえない事に遭遇すると、もしかしたらいるのかもしれないと思ってしまいます。    今生きているときに感じる喜びや悲しみ、憎しみや怒り…。  死んだ瞬間に色々な感情が一瞬で何も消えて無くなるのでしょうか…。  何十年も抱えた恨みも消えるのでしょうか?  ほんとうに?

#彼女を探して・・・

杉 孝子
ホラー
 佳苗はある日、SNSで不気味なハッシュタグ『#彼女を探して』という投稿を偶然見かける。それは、特定の人物を探していると思われたが、少し不気味な雰囲気を醸し出していた。日が経つにつれて、そのタグの投稿が急増しSNS上では都市伝説の話も出始めていた。

JOLENEジョリーン・鬼屋は人を許さない 『こわい』です。気を緩めると巻き込まれます。

尾駮アスマ(オブチアスマ おぶちあすま)
ホラー
ホラー・ミステリー+ファンタジー作品です。残酷描写ありです。苦手な方は御注意ください。 完全フィクション作品です。 実在する個人・団体等とは一切関係ありません。 あらすじ 趣味で怪談を集めていた主人公は、ある取材で怪しい物件での出来事を知る。 そして、その建物について探り始める。 あぁそうさ下らねぇ文章で何が小説だ的なダラダラした展開が 要所要所の事件の連続で主人公は自殺未遂するは性格が変わって行くわ だんだーん強くうぅううー・・・大変なことになりすすぅーあうあうっうー めちゃくちゃなラストに向かって、是非よんでくだせぇ・・・・え、あうあう 読みやすいように、わざと行間を開けて執筆しています。 もしよければお気に入り登録・イイネ・感想など、よろしくお願いいたします。 大変励みになります。 ありがとうございます。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

【一話完結】3分で読める背筋の凍る怖い話

冬一こもる
ホラー
本当に怖いのはありそうな恐怖。日常に潜むあり得る恐怖。 読者の日常に不安の種を植え付けます。 きっといつか不安の花は開く。

心霊体験の話・エレベーター

恐怖太郎
ホラー
これは私の知り合い霊子(仮名)から聞いた話です。 昔から霊が見えるという霊子です。 本当かどうかは私にはわかりません。 ------------- この投稿は、200話以上アップしてあるブログ「霊子の日記」からの抜粋です。 https://reinoburogu.hatenablog.com/ YouTubeにも「霊子さんの心霊体験」として投稿しています。 https://www.youtube.com/@kyoufutarou

処理中です...