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第3話 ジル・ドレ
ジル・ドレ
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灯火台に火をつけられて、太い丸太に縛られた少女が炎に包まれる。
激しい勢いの炎は、煙を巻き込んで天高く登っていく。それは昇竜のようだった。
激戦をふり切ってようやくここに到着した我があるじジル・ドレが目にした光景は、奇跡の少女が悪魔の使いとして処刑される所だった。
「領主さま!」
僕は乗ってきた馬の手綱をひいて急いで駆け寄る。
城の出入り業者が注文した酒を忘れていたので、急いで街まで買いにきた所で、処刑台が作られた広場に迷い込んでしまった。
「領主さま…」
甲高い悲鳴も、もう聞こえなくなった。炭化した体が崩れ始めて、野次馬が騒ぎだす。
馬上の騎士が、まさかオルレアンの奇跡と呼ばれたジャンヌ・ダルクの側近とは誰も気がついていない。そんなことより処刑の見物は庶民の娯楽のひとつだ。夢中になっている民衆が「死ね魔女が!」と叫んで楽しげに笑っている。
領主さまはただじっと見ていた。救出に間に合わなかった悔しさがのせいか顔に表情はなく、体は悲壮感が漂う。
「エリック、城に戻るぞ」
領主さまがようやく僕の存在を目にいれてくれた。
当座の酒は手に入った。片手で抱えられる大きさの樽をしっかり持って馬に跨った。
神の声とはどんなものだろう。
僕には聞こえない。戦場で左足を負傷して死を覚悟した時も、何も聞こえなかった。僕にとって神は領主さまだ。あの時助けてもらわなかったら死んでいた。そして戦場働きができなくなった僕を城で召し使ってくれている。
城に戻り、お湯を準備して領主さまの入浴の介添えをした。
土と埃、そして血の臭いを全て流す。戦場で役にたてなくなった僕に出来る事は、身の回りのお世話しかない。
「まあ領主さま。お戻りでしたらひと声かけてくださればよろしいのに」
女性ながら城を預かっていたアメリーが呆れた顔で、それでも着替えを持って立っていた。
胸を大きく見せるようにデザインされているドレスに、ウェーブのかかった髪を後ろにまとめている。若くして未亡人になった彼女はいつも黒いドレスを着ていた。
「変わりなかったか」
白いシャツを受け取りながら領主さまがアメリーに城の様子を聞く。
「何も。酒屋がワインを忘れたので叱りつけた所でしたの。エリックが買いに行ってくれて助かりました」
「そうか、ご苦労」
まだ乾いていない髪をかきあげながらねぎらいの言葉をかけるが、どこか心ここにあらずだった。
「今夜は少年歌唱団を領主さまの凱旋の祝いとして招きました」
「ふうん」
興味なさげに返事をして領主さまはその場を離れて自室へ向かう。
「エリック」
追いかけようとする僕の腕をアメリーが強い力で掴んだ。
「これから起きる事は誰にも言ってはだめよ」
「どういう事ですか?」
「領主さまをお慰めするにはこれしかないの」
アメリーの胸と壁に挟まれて押しつぶされそうになりながら、頷くことしかできなかった。
夜、あてがわれた部屋でひとり夕食をとっていると、綺麗な旋律が聞こえてきた。僕はミサで歌わされるのが嫌で、教会にあまり足を向けなかったので久しぶりに歌を聞いた気がする。
その歌声が突然悲鳴と怒号に変わった。
「…!」
驚いて立ち上がったが役にたたない足がもつれてその場に倒れた。
壁に手をついて立ち上がり、廊下を静かに進んで大広間にたどり着いた。
長いテーブルに領主さまとアメリーが座って食事をしている前で、領主さまの部下たちが少年達を無惨に殺していく。
「ひとり残せ。お前だ」
その夜は、城の地下室から耳を塞ぎたくような嬌声が響いていた。
激しい勢いの炎は、煙を巻き込んで天高く登っていく。それは昇竜のようだった。
激戦をふり切ってようやくここに到着した我があるじジル・ドレが目にした光景は、奇跡の少女が悪魔の使いとして処刑される所だった。
「領主さま!」
僕は乗ってきた馬の手綱をひいて急いで駆け寄る。
城の出入り業者が注文した酒を忘れていたので、急いで街まで買いにきた所で、処刑台が作られた広場に迷い込んでしまった。
「領主さま…」
甲高い悲鳴も、もう聞こえなくなった。炭化した体が崩れ始めて、野次馬が騒ぎだす。
馬上の騎士が、まさかオルレアンの奇跡と呼ばれたジャンヌ・ダルクの側近とは誰も気がついていない。そんなことより処刑の見物は庶民の娯楽のひとつだ。夢中になっている民衆が「死ね魔女が!」と叫んで楽しげに笑っている。
領主さまはただじっと見ていた。救出に間に合わなかった悔しさがのせいか顔に表情はなく、体は悲壮感が漂う。
「エリック、城に戻るぞ」
領主さまがようやく僕の存在を目にいれてくれた。
当座の酒は手に入った。片手で抱えられる大きさの樽をしっかり持って馬に跨った。
神の声とはどんなものだろう。
僕には聞こえない。戦場で左足を負傷して死を覚悟した時も、何も聞こえなかった。僕にとって神は領主さまだ。あの時助けてもらわなかったら死んでいた。そして戦場働きができなくなった僕を城で召し使ってくれている。
城に戻り、お湯を準備して領主さまの入浴の介添えをした。
土と埃、そして血の臭いを全て流す。戦場で役にたてなくなった僕に出来る事は、身の回りのお世話しかない。
「まあ領主さま。お戻りでしたらひと声かけてくださればよろしいのに」
女性ながら城を預かっていたアメリーが呆れた顔で、それでも着替えを持って立っていた。
胸を大きく見せるようにデザインされているドレスに、ウェーブのかかった髪を後ろにまとめている。若くして未亡人になった彼女はいつも黒いドレスを着ていた。
「変わりなかったか」
白いシャツを受け取りながら領主さまがアメリーに城の様子を聞く。
「何も。酒屋がワインを忘れたので叱りつけた所でしたの。エリックが買いに行ってくれて助かりました」
「そうか、ご苦労」
まだ乾いていない髪をかきあげながらねぎらいの言葉をかけるが、どこか心ここにあらずだった。
「今夜は少年歌唱団を領主さまの凱旋の祝いとして招きました」
「ふうん」
興味なさげに返事をして領主さまはその場を離れて自室へ向かう。
「エリック」
追いかけようとする僕の腕をアメリーが強い力で掴んだ。
「これから起きる事は誰にも言ってはだめよ」
「どういう事ですか?」
「領主さまをお慰めするにはこれしかないの」
アメリーの胸と壁に挟まれて押しつぶされそうになりながら、頷くことしかできなかった。
夜、あてがわれた部屋でひとり夕食をとっていると、綺麗な旋律が聞こえてきた。僕はミサで歌わされるのが嫌で、教会にあまり足を向けなかったので久しぶりに歌を聞いた気がする。
その歌声が突然悲鳴と怒号に変わった。
「…!」
驚いて立ち上がったが役にたたない足がもつれてその場に倒れた。
壁に手をついて立ち上がり、廊下を静かに進んで大広間にたどり着いた。
長いテーブルに領主さまとアメリーが座って食事をしている前で、領主さまの部下たちが少年達を無惨に殺していく。
「ひとり残せ。お前だ」
その夜は、城の地下室から耳を塞ぎたくような嬌声が響いていた。
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