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最終章 魔王をその身に宿す少年

149.旅の終わりと別れ

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 皆、呆気に取られた。

 一番驚いたのは対峙していたノルトだろうが。

 やがてリドの体がゆっくりと足元から崩れ落ちるように床に転がった。

 その背後でふたりの男女が剣を振り切った姿で静止していた。

「あれは……?」

 ネルソが首を捻る。

 男の方は見知った顔だが女の方は誰も知らなかった。

 男が剣を下げ、ノルトに向かって言った。

「ノルト。見事だった」
「……! あなたは、ユークリア、さん」

 それはテスラと戦い、後一歩という所まで追い込んだ挙句、魔神化したマクルルの一撃を受けて失神してしまったユークリアだった。

「少し前から隠れて様子を見ていたのだが、あのリリアとかいう魔神の力で交わされた契約があり、手を出せなかった。いや、最悪の場合は差し違えてでもとは思っていたのだが」

 ネルソ達が3人の所に集まってきた。

「私も同じ。でもリリアが消えたと感覚でわかったから今度こそリドを殺そうと思ったら……なんか君と一対一みたいに雰囲気になってさ」

 頰を膨らませる女性はよく見るとまだ少女と大人の間くらいか。短髪で愛らしい顔をしていた。

「はあ」
「それでも行こうとするこいつを私が止めたのだ。決闘は見届けるべきだと思ってな」
「はあ」

 ユークリアはノルトを含め、全員が事情が全く分からないといった表情なのに気付き、頭をポリポリと掻く。

「一体何から話せば良いのやら……謝罪も必要だし……ま、まず、こいつはアリスといってリドを殺しに来た女なのだ」

 アリスは首を少し傾けてウインクする。

「……でも結局は負けちゃって契約させられて手下になってたんだけど。でもあなた達が攻めに来たどさくさに紛れて塔に監禁されていたヘイネを助ける事が出来たよ。ありがとう」
「は、はあ」

 身に覚えのない事で感謝されても反応に困るものだ。

 皆、一様にむず痒い顔となった。

 ユークリアがバツ悪そうに口を挟む。

「私の方は……ロゼルタと姉さんに全てを聞かされ、ここに来た」
「ロゼルタに?」
「姉さん?」

 一斉に言われ、またも頭を掻く。
 ノルトはいつも堂々としていたユークリアの珍しい姿を見た気がした。

「私の姉はハルヴァラと言って……」
「ハ……ハルヴァラ!? 君、ハルの弟なの!? い、いや、そもそもハルは生きているの!?」

 取り乱したのはエキドナだった。

「はい。私も死んだとリドから聞かされていました。が、生きていた。それどころかこの数十年、姉は月の塔の地下に監禁されてリドに屈辱を味わされていた、のです」

 エキドナは口を押さえ、絶句した。ネルソも俯いて首を振る。

「先程地上にいた2人に偶然出会った私はそれを聞いてリドを殺す事を決め、忍び込み、今に至ります」

 そこまで言ってユークリアは剣を地面に置き、丁寧に座って魔王達に頭を下げた。

「私の目的は果たしました。30年前のことを謝罪したい。許して貰えるとは思ってはいないし、言い訳もしません。この首が必要なら喜んで差し上げましょう」
「ふーむ」

 ネルソが考え込む様に唸る。

 ノルトはどうなるのかとふたりの顔を交互に見ていた。

「まあ……別にいいんじゃない? と余は思うけど」
「は、は?」

 驚いたのはユークリアだった。

「い、いや、私は……あなた方の国の多くの魔族を殺しましたし、生き返ったとはいえ一度テスラを殺したのも私です」
「知ってるよ? でもなあ、それはお互い様だしなあ。それ言い出したら……」
「まあ、そうだね」

 相槌を打ったのはランティエだった。

 不意にバンッとユークリアの背中をアリスが叩く。

「よかったね、優しい魔族さん達で」
「い……いや、そういう訳には……」
「うるせえな。いいって言ってんだからいいんだよ。いつまでもグチグチ言ってると殺すぞお前」

 突然キレ出したのはオーグだった。

「ほれ、早くどっか行きな。蛮族がお冠だぜ」

 茶化す様にランティエが言う。

「わかりました。では最後にロゼルタとテスラに会わせて貰えませんか。テスラには個人的な恨みがありますが……それとは別にしっかりと謝りたい」
「2人とも死んだ」

 ノルトを気遣い、オーグがあっさりと言い放った。

 ユークリアとアリスのふたりが同時にまさかといった顔つきになる。

「死んだ……あいつが……」

 ユークリアが自分に言い聞かせる様にもう一度言う。アリスも驚きを隠せず、口が開いたままだった。

「なんてこと……マクルルは?」
「死んだ」

 またもあっさりと言い放つ。

 明らかに衝撃を受けていたが、やがて顔を伏せ、

「……そう」

 それだけ短く言うとアリスはくるりと踵を返した。

「もうここにいる必要もない。私はヘイネを連れてラクニールに戻る」

 そう言い残し、彼女は去って行った。


 ◆◇

『セントリアを守る山々』でロゼルタ達と出逢ってから半年以上に渡り続いた旅はその目的を果たし、遂に終わりを迎えた。

 だが全くノルトの心は晴れない。

 彼だけではない。アンナも、サラも、ドラックも同じだ。
 30年間、恨みと屈辱を耐え忍んだ魔王達でさえ、笑顔を見せる者はいない。

 それもこれも失ったものが大き過ぎるせい。


 その日のうちにエキドナはスルークを去った。

 ユークリア、アリスと別れた後、ノルトは次の部屋で横たわるクリニカとメニドゥラの命乞いを必死にする。

 だがユークリアとは事情が違う事もわかっていた。

 リドの部下だった彼と違い、クリニカはどちらかといえば首謀者寄りだったからだ。現にエキドナも最後はクリニカのせいでリドに殺されたと言っていい。

 にも関わらず、案外誰も反対せず、その身柄はエキドナ預かりとなった。

 メニドゥラを起こし、クリニカには深い催眠の魔法を唱え、ひとり大人しく待っていたサニュールとハルヴァラを加えた5人は、いまだ内乱が続くメルタノへと急いで帰って行ったのだ。


 その日、魔王城で体を癒したノルト達は翌朝城を出る。

 城門を越え、山道を歩き、何度か転移をし、ラクニールとロトス、それぞれの方向への分かれ道となったその時。

「さて、ここで私は別れる。縁があればまた会うだろう」

 そう言ってドラックはひとり、ラクニールの方へと去って行った。

 それから暫く草原を歩く。
 既に日は沈みかけていた。

「余も……見送りはここまでとしよう」

 遂にネルソが言い出した。

 スルークはネルソの国だ。

 いつネルソがそれを言い出すか、ノルトは内心、それを恐れていた。

 ノルトが振り返る。

「そのような顔をするでない。余には魔界復興の責があるからな。リドが死んだ事が伝われば、おいおいスルークの魔族達も戻って来よう。その時に余がいないと話にならぬ」
「わかってます。わかって……」

 またも涙が頰を伝う。

 別れるのが寂しい、テスラ達はもういない、色んな感情がごちゃ混ぜになった涙だった。

 それを咎める者もいない。

 最後にもう一度ネルソと抱き合い、そして別れた。

 ネルソはノルト達の姿が見えなくなるまでその場に立っていた。

 ―――
 最終章 魔王をその身に宿す少年(完)

















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